第506話 ささやかな欲望
ネクロガルドの陰謀を知った今だからこそ、色々と思い当たる節がある。
「死なずに天国に行く方法か……。なるほどね……」
それが故意であったのかは不明だが、なんだかんだ言いつつもケシュアはヒントを出してくれていたらしい。
「もしかしてお前達は、召喚障害の事を降臨の儀と呼んでいるのか?」
「……それがどうした? ケシュアから聞いたのか?」
「いや、アモンが残したメッセージにそう書かれてたんだよ。……降臨の儀が観測された。計画が漏れたかもしれないからダンジョンを捨てる。仇に相対する者が現れることを願う――だったか……」
神を殺すという計画が漏れた為、召喚障害が起きたのだとアモンが判断したのであれば、撤退するには十分な理由。
相手は勇者。勝算は皆無。ならば奪われる前に指輪を隠し、後をネクロガルドへと託した。そう考えるのが自然だろう。
「アモンは……お主のダンジョンにいたのか?」
「いいや。別の場所だ。教えてはやれないがな」
品定めをするかのような視線を向けるエルザだが、事情を知った今となっては、疑いの目を向けられるのも理解出来る。
「……信用しても、良いのか?」
「ここで嘘をついて何になる? それとも、まだビビってんのか?」
「当たり前じゃろ。お主ならワシを殺せるんじゃから……」
エルザの杖は未だ俺に向けられたまま。
確かにエルザの強化魔法は驚嘆に値するものであったが、それは自信の表れか、それとも強がっているだけか……。
「俺以外には殺せない――と、言っているように聞こえるんだが?」
「そう言っている。……死霊術師としてのお主なら、死の定義くらい知っていよう」
「あぁ、そういう事か……」
心の臓が鼓動を止め、身体が活動を停止する。そして肉体が魂を保持しきれなくなり、それが分離してしまうと完全なる死と位置付けられる。
俺はその過程を無視し、直接魂へとアクセスすることができるのだ。例えるなら車のバッテリーを抜き取ってしまうようなもの。
どれだけ強靭な肉体を持っていようと、魂を抜き取られたらそこで人生は終わりを迎える。
それを知っているからこそ、臆するのだろう。
「お前達は、俺のこの力で神殺しを手伝えと……そう言いたいんだな?」
「そうじゃ。お主の力がどれだけ貴重かは、言わずともわかるじゃろう? アモン風に言うなら、お主こそがワシ等の仇に相対する者なんじゃよ……」
神殺し……。正直想像も出来ないほど壮大な計画だが、俺から言わせてもらえば面倒臭いの一言に尽きる。
「理由はわかった。だが、諦めてくれ。俺は静かに暮らしていたいだけなんだよ。わかってるだろ?」
「何故じゃ!? お主は神を恨んではいないのか!? 手違いで殺され、この世界に投げ出されたんじゃろう!? それを許したとでもいうのか!?」
なるほど。それをケシュアから聞き、秘密を明かす気になったという事か……。
確かにそういう見方をすれば、俺が仲間になる可能性はあったのかもしれない。
「どうだろうな……。許したつもりはないが、それ以外に選択肢がなかったんだよ……」
エルザに言われ、ふとあの時の情景が頭に浮かんだ。
何故俺は神に抗わなかったのか……。相手が神様だったから? それともガブリエルに同情したから?
今思うと諦めが早かったようにも思うが、それを今更悔いたところで……。
「お主は元の世界に戻りたいと思ったことはないのか!? 両親や家族は? 親友や恋人とも離れ、お主はそれで満足なのか!?」
葬儀屋という暗いイメージの職場で働くおっさん。そして時々実家を手伝う生臭坊主。顔がいいわけでもなければ、稼ぎがいいわけでもない。
職場の先輩はそれなりに良い人だったが、親友と呼ぶにはほど遠く、かと言って恋人なぞいやしない。
「確かに両親は心配だ。未練がないとは言い切れないが……」
「そうじゃろう? ワシ等の野望が達成された暁には、元の世界へと帰る方法を探してやろう。どうじゃ? 悪い話ではあるまい」
この世界に投げ出された直後であったのなら受けて入れていたかもしれないが、現状においてそれは交渉条件にはなり得ない。
「その申し出はありがたいが、俺はもう諦めてるんだよ。あっちの世界では、俺はとっくに死んでる。今更帰ろうとは思わない」
既に俺の中では、元の世界を断ち切っている。帰れないのではない。帰る必要がないのだ。
確かに元の世界の方が文明レベルは上だ。電気、水道、ガス。馬車より早く頑丈な乗り物に、24時間開いているコンビニ。
インターネットで世界中に繋がり、わからぬことは何もない。
こちらの世界とは比べ物にならないほど利便性に長けていて、治安が良く、命を狙われる心配なぞ皆無だ。
それは確かに魅力的ではあるのだが、結局はそれだけ。寝て、起きて、仕事をして、また寝るだけの世界。
元の世界での生活に戻るか、今の生活を維持するのか。どちらを取るかなぞ、とうの昔に決まっている。
俺には大切なものが出来たのだ。ミアや従魔達を捨てることなぞ出来やしない。
俺の帰る場所はただ一つ。ミアの隣が俺の居場所なのである。
「ならば逆に問おう。どうすれば、お主はワシ等に力を貸してくれるのじゃ?」
まさか俺が条件を出す側に回るとは思わず、難しい問題に頭を抱える。
「それは……」
真っ先に思い描いてしまったのは、欲望塗れの理想の未来。
ミアや従魔達を連れ元の世界へと戻れるならば、それはそれで悪くない。
従魔達はどうしよう……。ただデカいだけの犬とキツネです――と言い張るには、少々無理がありすぎる。そもそも熊は飼育の許可が下りるのか?
それはそれとして、従魔達との生活を動画サイトにアップすれば、広告収入で暮らしていけそうな気もする。珍しいペット動画は、大人気間違いなしだろう。
その資金を元手に、宗教法人モフモフ教を……。
――そこまで妄想を爆発させたところで仏の教えを思い出し、我に返るとその考えを振り払う。
欲望があるから煩悩が生まれ、実現できなければ苦悩するのだ。故に欲を捨て去る事で感情の浮き沈みを無くし、安定した心の維持をする。
それこそ仏教が目指すさとり、
そもそもネクロガルドに入るつもりがないのだから無理難題を吹っかければいいような気もするが、エルザのことだ。それすらも実現しそうで、いい加減なことは口に出来ない。
きっぱりとお断りするのが、最適解だろう。
「すまんが、条件の問題じゃない。やっぱり俺の事は諦めてくれ」
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