第507話 関係改善?

 エルザにしてみれば、2000年近い時を経てようやく訪れた千載一遇のチャンスだ。諦めたくないという気持ちもよくわかる。

 とは言え、俺は神を恨んでなぞいないのだ。当てが外れ、次の一手を考えている。そんな悩ましい表情を浮かべるエルザ。

 強化魔法のおかげか威圧感はマシマシなのだが、それでも俺は腹を割って話せた事に、ある種の満足感すら覚えていた。


「はぁ……仕方がないのぉ。今日のところは引き下がろうか……」


 悔しそうな顔を見せながらも俺に向けていた杖を下げ、エルザから出たのは大きな溜息。

 一生引き下がっていてほしいところではあるが、今はそれで十分だ。

 色々と気になるところはあるが、それを知ったところで俺には何のメリットもなく、逆に知りすぎて後戻りが出来なくなったら目も当てられない。


「そうじゃ、今のうちに言うておくが、シルトフリューゲルには気を付ける事じゃ」


「それは、どういう……」


「そのままの意味じゃよ。詳しくはわからんが、お主に対して何やら不穏な動きを見せておる。ワシ等とてシルトフリューゲルは教会勢力が強く、思い通りにはいかんのじゃ」


 何故それを今言うのか? 今度は善行を積むことで、俺に恩を売る方針に転換したのだろうか?


「そんなに不思議か? なぁに、お主の不幸をワシ等の所為にされても困るからの。折角カガリがいるんじゃ。今のうちに疑いを晴らしておこうと思ったまでよ。……ちなみに今ネクロガルドに加入すれば、お主に対する不穏分子を全力で排除する特典が付くぞ?」


 急に勢いづいたと思ったら、深夜の通販番組並みの軽いノリで飛び出すいつもの勧誘。

 ブレないエルザに、乾いた笑いを見せながらも俺は肩を竦めた。


「シルトフリューゲルは、思い通りにいかないんじゃなかったのか?」


「不利は承知の上じゃ。それでもお主が仲間となるなら、我が組織の総力を挙げ全力で対処する――ということじゃよ。イッヒッヒ……」


 物は言いようである。


「忠告だけ、ありがたく受け取っておくよ」


「本当に良いのか? お主は我等といた方がいいと思うがの……」


「相変わらずしつこいな……。その根拠は?」


「根拠なぞないわ。ただ、お主は王族や貴族とも仲が良いみたいじゃからの。奴等は国の為とあらば、すぐにお主を裏切るぞ?」


 ネロも神に裏切られたのだ。それはネクロガルドの教訓として生きているのだろう。

 誰も信用していないと言わんばかりの鋭い眼差し。俺が何者であるのかを長い時間をかけ見極めたように、慎重に慎重を重ね疑ってかかる。

 もちろん悪い事ではないのだが、俺にその生き方は向かない気がする。気を張りすぎて疲れてしまいそうだ。


「わかってるよ。それが立場ってもんだろ?」


「その聞き分けの良さも、やはり異世界人という事か……。ならば何も言うまい……」


 その時だ。外の廊下からバタバタと聞こえてきた複数の足音。そして勢いよく扉が開くと、そこに立っていたのは息を切らしたケシュアと、ワダツミに跨ったミアだ。


「エルザ婆、大丈夫!?」「おにーちゃん、大丈夫!?」


 恐らくは、エルザのド派手な魔力を感じ取り戻ってきた――といったところか……。

 ワダツミとケシュア。同時に部屋に入ろうとすれば、どうなるかは想像に難くない。


「ぐえぇ……」


 ワダツミの巨体と扉の縦枠に挟まり、身動きがとれなくなるケシュア。

 その情けない声は、漂う緊張感をぶち壊すほどの気の抜けよう。


「何があったの? おにーちゃん」


「いや? 話し合いは至って順調だったぞ? ババァが俺を信じきれず、ハッスルしただけだ」


 言い方はアレだが、間違ってはいない。

 意味が解らず小首を傾げているミアにエルザは頬を緩めると、持っていた杖で床をトントンと優しく叩き注目を集めた。


「丁度話し合いも済んだところ……。どうじゃ? このまま皆で食事でも。色々と迷惑を掛けた訳じゃし、ワシが御馳走しようではないか」


「そうだな。丁度腹も減った事だし、そうするか」


「「えっ!?」」


 俺が大きく背伸びをすると、ミアとケシュアは首の骨が折れてしまうんじゃないかと思うほどの勢いで、俺に視線を向ける。

 それだけ意外だったのだろう。今までの俺なら確実に断っていたはずなのだから。


「もしかして、組織に入ることになったの!?」


 目を見開き、俺の肩をがっしりと掴むケシュア。その嬉しそうな表情を裏切るのは、些か忍びない。


「入らねぇよ。勘違いすんな。飯を食うだけだろうが」


 思わせぶりな態度を取った俺が悪いのか、早合点したケシュアが悪いのか……。


「そ……そう……」


 すっかり気落ちしてしまった様子を見せるケシュアに多少の罪悪感を覚えてしまい、どうにかフォローを試みる。


「少しはお前達の事も理解したってことだ。俺が勇者じゃなくて良かっただろ? そう落ち込むな。飯でも食って元気出せ」


「……あんたのお金じゃないでしょーが」


 鋭いツッコミにぐうの音も出ないが、それだけ気概があるのなら気にする必要もなかったか。

 それでこそケシュアである。


「うるせぇ。こっちは入場料を払ってる客だぞ? 丁重に扱えってんだ。なぁミア?」


 ミアはうんうんと激しく頷き、まさか言い返されると思わなかったケシュアは一瞬キョトンとした顔を見せると、すぐに口元を緩めた。


「はいはい、すいませんね。……取り敢えず施設内の食堂を貸し切って来るわ。どうせだからメリルとキャロも呼びましょ」


 随分と切り替えの早いことだ……。ケシュアは間髪入れずに部屋を出て行き、ミアはそれを見ていた俺の袖を引っ張った。


「おにーちゃんは、エルザさんと仲直りしたの?」


 当然の疑問ではあるのだが、仲直りと呼べるのかは正直微妙なところ。


「うーん。……仲直りとはちょっと違う気もするが、双方ともに誤解は解けた――ってところかな」


「そっか! 良かったね!」


 それはエルザに向けられた笑顔。一瞬、呆気に取られたような顔をしたエルザであったが、すぐに微笑み頷き返す。

 ミアにとってのエルザはネクロガルドの最高顧問ではなく、今でもベルモント魔法書店の老婆なのだろう。


「ミア。カガリを連れて先に食堂に行っててくれ。俺は、ババ……エルザに言っておくことがあるんだ」


「わかった。すぐ来てね?」


 何も聞かず、ワダツミからカガリに乗り換え部屋を出て行くミア。

 暖炉の火は消えたまま。少々冷えたメリルの部屋に残ったのは、俺とエルザの2人だけ。

 そんな状況に、エルザは眉をひそめる。


「どうした? 気でも変わったのか? ワシ等は何時でもお主を歓迎するぞ?」


「そうじゃねぇよ。その……礼を言っておこうと思ってな」


「お主がワシに礼じゃと? シルトフリューゲルのことか?」


「違う。ミアの事だ」


 エルザがミアの退出を促したのは情報漏洩を憂慮していた訳ではなく、ミアを巻き込まないようにとの配慮なのだろう。

 俺がネクロガルドの勧誘を受け入れた場合、俺自身も神と敵対することになる。その事実をミアに知らせるかどうかの判断を、俺に委ねたのだ。

 ミアと共に組織へ加入するのも1つの手だが、危険を伴う事は明白。ならば一時的に離れることも視野に入れろという、ある種の警告のようなもの。

 俺を仲間に入れる為とは言え、そこまで考えてくれているのだ。その心遣いには感謝しても罰は当たるまい。


「そんなことか……。言ったじゃろう? 無理強いはせぬと。自分の意志で加入してもらわねば困るのじゃよ。裏切りはもう沢山じゃからの……」


 その悲壮感漂う瞳で、何を見ているのか……。

 エルザの過去は知らないが、きっと俺には想像も出来ない人生を送ってきたのだろう。

 エルザもまた、ネクロガルドに身を置く1人なのだから……。

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