第501話 深夜会談

「おせぇ! 何してたんだよッ!」


「いやぁ、ちょっと空の散歩をと思っていたら、つい興が乗ってしまってな……」


 ファフナーがメナブレアの王宮へと降り立ったのは、皆が寝静まっている時間帯。辺りは真っ暗で、クソが付くほど冷え込んでいる。

 わかっていた事だが、辺りにセシリアの姿はない。


「こっちは既に興覚めだよ……」


 今後の事を話し合う予定でケシュアにミアまでもが集合していたのに、待てど暮らせど帰ってこないファフナーとキャロに八氏族の代表達も気が気ではない。

 根拠もないのに大丈夫だと押さえ続けるのも限界で、捜索隊をと王宮に人が集まっていたところにやっと帰って来たという状態だ。

 捜索隊はひとまず解散。八氏族の代表達は、俺とファフナーとのやり取りを遠目から見守っているという状況である。


「途中、キャロが寝てしまってな。落とさないよう飛ぶのに苦労したのだ」


「自業自得だろうが……」


 下げられた頭の丁度眉間の辺りで、うつ伏せの状態で寝息を立てるキャロ。大事になっているとも知らず、その顔はなんとも幸せそう。

 いくら獣人が寒さに強いとは言え、そこで寝るかぁ? ……というのが、俺から見た率直な感想なのだが、鈍いというか呑気と言うか……。

 それだけファフナーを信用しているのだろう。


「よっこらしょ……っと……」


 ファフナーの鼻先をよじ登り寝ているキャロを抱き抱えると、ファフナーはひとまずダンジョンへと帰って行った。


 ――――――――――


 その後、迎賓館に設けられた部屋でミアとキャロを寝かしつけ、カガリとワダツミを一応の護衛として配置したのち、八氏族の代表達にエドワードを加えての深夜会談が始まった。

 場所は迎賓館の大食堂。評議員室は野外テラスと成り果ててしまった為、仕方のない措置である。


「では、セシリア殿の捜索は明日の明朝からということで構いませんか?」


「ええ。キャロからは、この辺りで落下したとの回答を得ました。そして街を出た東側に隠れ家があるとも……。何か心当たりは?」


 テーブルに広げられた地図を指差す俺。まさかセシリアの落下地点をファフナーから聞いたとは言えないので、寝ているキャロを少しだけ起こして聞き出したという事にしておく。


「東側で目立った物と言えば、スノーホワイトファーム所有の鉱山があるくらいで……。いや、今回の件にザナックが関与していたのであれば、裏で2人が繋がっていた可能性はあり得ますね。ならば、捜索隊を2つに分けることとしましょう」


 眉間にシワを寄せながらも、難しい顔でそう答えたのは人狼種ワーウルフのアッシュ。


「ちょっと待って。九条は知らないけど、私はそこまで手伝わないわよ? 既に本来の依頼内容からは逸脱してる。黒き厄災はもう関係ない。そうでしょ?」


 ケシュアが問い掛けたのはエドワード。ケシュアの言っていることは尤もなのだが、八氏族の代表達の前では答え辛そうな質問だ。


「け……契約上は、そうなりますね……。本来は封印と調査が目的だったわけですし……」


「勿論だ。ここからは我々の仕事。九条殿とケシュア殿のお手を煩わせるまでもない。結果はしっかりと報告させていただきますので、それまでお待ちくだされば十分だ」


 そう言って恭しく頭を下げたのは巨猪種オークのバモス。過去、魔王に与していた種族側の獣人としては、セシリアの汚行に思うところもあるのだろう。

 口にはしないが、獣人の中には人間を恨んでいる層が一定数存在しているのも事実。言ってしまえばバモスとリックはその筆頭だ。

 にも拘らず、セシリアのように暴走しないのは、人への怨みよりも獣人の仲間達への想いの方が強いからなのかもしれない。


「つきましては、改めてお二人には正式な謝罪をさせていただきたい。前回、九条殿は体調不良との事で欠席していたので、丁度良い」


 それを聞いたケシュアは、偉そうに座りながらも組んでいた足を組み替えた。


「謝ってくれるのは結構だけど、謝罪じゃお腹は膨れないのよねぇ。言ってる意味、わかるかしら? 誠意は形で示すものじゃない? 八氏族評議会には責任追及はしないって言ったけど、許すとも言ってないしぃ?」


 流石と言うべきか、ケシュアもここまでブレないと最早尊敬に値する。


「わかっている。通常の依頼料に成功報酬。拘束時間に対する補償と、今回の迷惑料をプラスさせていただこう」


「そう。ならいいわ。でも、九条は許してはくれないかもね? 女児の扱いには厳しいから」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ケシュアはじっとりとした視線を俺に送る。

 まるで俺が激怒しているかのような言い方に、顔を歪める八氏族の面々は何を言われるのかと戦々恐々といった様子。

 そういう発言が俺の噂に尾ヒレを付けていそうなので、正直やめていただきたい。


「はぁ、今回の事に関する一切の不利益を俺達の所為にしないとだけ約束してくれれば、俺はそれで十分です。……後は……」


 何処からかゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたのは、気のせいではない。そこまでビビらせるようなことはしていないと思うのだが……。


「キャロにもしっかり謝罪をすること。それと、ご褒美……と言ってはなんですが、キャロのお願いを聞いてあげてください。恐らくそんなに難しい事は言わないでしょうから……」


 俺が笑顔を見せると、露骨にホッとした八氏族の代表達は神妙な面持ちで頷いた。


「わかりました。既にお願いの件は、ケシュア殿から聞いています。キャロ様は、ネクロエンタープライズに戻ってもらうことで全会一致。加えて同施設を孤児院として認め、その運営費として当面の間、補助金の支給を考えています」


「そうですか」


 補助金の話は初耳だが、そう悪い話ではない。ネクロガルドの関連施設というだけならその使い道に疑問は残るが、その辺りはメリルがしっかりと管理してくれるだろう。


「いやはや、それにしてもキャロが倒れたと聞かされた時は、心臓が止まるかと思いましたよ? 九条殿」


 これをチャンスとばかりに、戦兎種ボーパルバニーのクラリスからは唐突なダメ出し。

 その笑顔と気軽さは、冗談混じりと受け取るのが正解だろう。

 恐らくは、部屋に漂う緊張感を緩和させるのが狙いか。


「そうですか? より確実性を取ったまでですよ? なぁ、ピーちゃん?」


「ケッカオーライ! ケッカオーライ!」


 俺の胸ポケットからひょっこり顔を出したのは、セキセイインコのピーちゃんだ。

 それと言うのも、俺がセシリアを追い詰める方法に頭を悩ませていた時のこと。キャロとの連絡手段として荷物の中に紛れ込ませていたピーちゃんが、朝一で俺の元へと帰って来た。そこで、セシリアの意識が戻っていないことを知ったのである。

 セシリアを除いた、八氏族の代表達を集めることが出来る絶好の機会。引き続きピーちゃんには、各代表の部屋の窓を叩いて貰ったのだ。

 キャロが倒れたと聞けば、疑わしくとも確認せずにはいられまい。

 俺は難なくして迎賓館に八氏族の代表達を集め、先んじてセシリアの事を皆に打ち明ける事が出来たのだ。

 セシリアが万が一意識を取り戻してもいいように、足止め役としてバモスだけを医務室に配置。

 騎士がセシリアの来訪を知らせに来ると、それがかくれんぼ開始の合図。

 後はセシリアがキャロ相手にベラベラと喋ったところで、タイミングよく姿を現したという訳だ。


「あの時は、もう少し足止め出来ると思ったのだが……。会話をしながらも浮足立つセシリアは滑稽であったわ。ガハハ……」


 高らかに笑うバモスに感化され、そこからは会議というより座談会という雰囲気に。

 俺は、ようやく肩の荷が下りたと大きく息を吐き出し、椅子の背もたれに寄りかかった。

 後はちょろっと塔まで行って、ファフナーを封印してきたと報告すればようやくこの寒い国ともおさらばだ。

 黒き厄災復活の件は、獣人達の憎しみによるもの……なんて、ふわっとした理由でうやむやにできたので、個人的には十分満足のいく結果である。


 緊張の糸が切れ大きな欠伸を披露すると、俺はあることに気が付き口を開けたまま固まった。


 ――もしかすると、全ての元凶は俺なのでは?


 とは言え、知らぬが仏である。俺は少々考えが過ぎたかと、今の事はきれいさっぱり忘れる事にしたのだ。

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