第485話 スケープゴート

 俺達が八氏族評議会へと呼び出されると、決着のつかぬ話し合いを永遠と聞かされ、案の定議論は平行線を辿った。

 人狼種ワーウルフのアッシュ、猫妖種ケットシーのネヴィア、戦兎種ボーパルバニーのクラリスが生贄賛成派。

 土竜鼠種グラットンのリック、巨猪種オークのバモス、有翼種ハルピュイアのセシリアが生贄不要派。

 敢えて言うなら討伐派という独自派閥もあるのだが、全く相手にされず泣きそうである。


 前回とは違い、評議員室にはキャロが最初から同席していた。ミアがプレゼントした新品のぬいぐるみを抱きながらも、その表情は一貫して曇っている。

 白熱する議論の最中、チラチラとこちらに視線を送って来る小動物のような愛らしさは胸キュンものだが、不自然極まりない。

 キャロの出番はもう少し後。それまで大人しくしてくれることを祈るのみ。


「はぁ……。そろそろ時間ですね。最終決議投票を始めましょうか」


 議長であるアッシュの前に置かれたのは、金属製の投票箱。その存在感は、不正なぞさせないと言わんばかりの重厚な佇まい。

 投票方法は至ってシンプル。配られた投票用紙を白紙で提出するか、印を付けるかで決を採る。

 因みに投票権が認められているのは八氏族の6人だけ。俺達に投票権はなく、あくまで仕事を依頼される側であり、意見参考人といった位置取りだろう。

 全員が一度席を立ち、別室にて明記した後に評議員室へと戻り投票する。

 その結果の予想は、そう難しくはない。恐らくは3票ずつのドロー。その場合、どのような処理になるのか不明だが、最終的には生贄賛成派の意見が通ると思って間違いない。

 そもそも今日までに生贄不要の立証をせねばならなかったのだが、生贄不要派は賛成派が納得できるだけの根拠を見つけ出す事ができていなかった。


 八氏族評議会の6人が投票を終えると、第三者によって開封される投票箱。出て来た投票用紙は当然6つしかなく、結果は一瞬で把握できる。


「なっ……!? バカな!」


 その結果は予想外のものであった。それは巨猪種オークの族長バモスが、勢いよく立ち上がってしまったほど。

 賛成が4票、反対が2票。その結果が何を表しているかは明らかだ。


「誰が裏切ったッ!?」


 バモスから睨みつけられたのは、リックとセシリア。状況的には生贄不要派の誰かが、賛成派に寝返ったとしか思えない。


「我は反対に票を入れました!」


「もちろん私もです!」


 顔面蒼白で必死に否定する2人。

 それが本当ならバモスは相当な役者ぶりだが、恐らくカガリには誰が嘘をついているのかわかっているはずだ。


「バモス殿、犯人捜しは後にしていただきましょう。我等から見ればバモス殿にだってその疑いはある。今は結果に従っていただきたい」


「ぐッ……!?」


 アッシュの言い分にぐうの音も出ないバモスは、大きく咳払いをした後、ゆっくりと椅子に腰かける。

 しかしその怒りは収まらず、暫くは荒い鼻息が続いていた。


「それではこの結果を踏まえ、九条殿には生贄の祭壇までキャロの護衛をお願いしたい。もちろん調査とは別に報酬をお支払いします」


 ある意味想定の範囲内。メリルがキャロを取り返しに来る可能性を鑑みれば、俺に話が回って来る事は当然と言えば当然だ。

 目には目を。プラチナにはプラチナをといったところだろう。最初からこれを想定してエドワードに調査依頼を投げていたのだとしたら、八氏族評議会も中々侮れない者達ではある。

 とは言え、メリルはボコボコにしてしまったので動ける状態ではないのだが……。


「承りましょう。ただ、最後にキャロの意思を聞いておきたいのですが……」


「それは前回聞いたでしょう?」


「ええ。ですが、心変わりをしていないとも限らないでしょう? 護衛途中にやっぱり帰ると言われたらどうすれば? 強行して後から責任を押し付けられてもこちらとしては困ります」


「そうですね。では、キャロには生贄になることが自分の意志である――と認める契約をさせましょう」


 一同の視線がキャロに集中する。その表情は険しく、覚悟の表れとも取れる反抗的な目をしていた。

 引っ込み思案だった頃のキャロはもういない。そう思わせるほどの決意を秘めていたのである。


「やだ! やっぱり生贄になるのやめるッ!!」


 新品のぬいぐるみを強く抱きしめ、腹の底から声を出したかのような声量を披露するキャロ。

 八氏族評議会の誰もが驚かずにはいられない、いきなりの方針転換だ。


「キャロ! 我らが戦兎種ボーパルバニーの顔に、泥を塗るつもりですかッ!?」


 そう声を荒げたのは戦兎種ボーパルバニーの長、クラリス。

 キャロに裏切られた。そう感じてもおかしなことではないが、子供相手にしていい顔ではない。

 とは言え、怒鳴られれば萎縮してしまうのも子供故に仕方なきこと。


「ちょっと待って下さい。そこでキャロに当たるのは違うんじゃないですか?」


 ここで俺がキャロを庇うのも計画の内。

 そもそも裏切る以前に、決定権はキャロにある。手に赤い痣が出来たからといって、生贄を強制させる決まり事なぞないはずだ。

 ただ、獣人の王家に生贄の存在が伝承として伝わっていただけに過ぎず、結局はキャロの善意の上に成り立っていただけの話。

 俺達は今日この部屋に入った時から、キャロに生贄の意思がないことはわかっていた。

 キャロが古いぬいぐるみを持参すれば、生贄を受け入れるという意思であり、逆にミアが渡したぬいぐるみを持参すれば、助けてほしいという意思表示。


「クラリス、静粛にせよ。九条殿の意見も一理ある」


「チチチッ。本人が嫌がるなら、別の策を考えねばなりますまい」


 キャロの急な手のひら返しに、息を吹き返したのは生贄不要派のバモスとリック。ここぞとばかりに議論再開を匂わせるが、それよりも俺が気になったのは有翼種ハルピュイアのセシリアだ。

 バモスやリックと同じく生贄不要派のはずだが、その表情はお世辞にも明るいとは言い難い。


「ここへきて心変わりだにゃんて……。これでは今までの議論も全ては無駄に……」


 ほぼ決まっていたであろう結論が覆るほどの手のひら返しに、猫妖種ケットシーのネヴィアも困惑を隠せない様子。

 不穏な空気を漂わせる評議員室。このままキャロ抜きでの議論となれば、討伐案も現実味を帯びてくる――はずだったのだが、現実はそう甘くない。


「確かにキャロの意見は重要だが、残念ながら投票結果は覆らない。八氏族評議会とはそういうもの。これは決定事項だ。1人の子供の命で国が救われるのだ。天秤にはかけられまい」


 生贄賛成派の本音を、さも当たり前のように口にしたアッシュはキャロを強く睨みつけ、それに怯えたキャロは俺に助けを求める視線を送る。

 あからさますぎて不審が過ぎるが、まぁ仕方がない。八氏族評議会の決定がどうであろうと、俺的にはキャロの意思が聞けただけで十分。

 ならば、助ける方法はいくらでもある。


「八氏族評議会が生贄を強行するのは構いませんが、キャロが同意しないのであれば護衛の仕事は引き受けかねます。ただでさえロリコンだなんだと噂されているのに、泣き叫ぶ女児を連行しているところを見られるのは仕事とはいえ勘弁願いたいですね」


 静まり返る評議員室。それもそのはず、八氏族評議会にはもう打つ手が残されていないのだろう。

 生贄賛成派は、そもそもの生贄に拒絶され、かと言って生贄否定派は黒き厄災の討伐は望んでいない。


「キャロ……。どうか考え直してはくれないかにゃ?」


 ネヴィアに懇願されるも、勢いよく首を横に振るキャロ。その固い決意は揺るがない。

 とは言え、このまま俺抜きで生贄を強行されても困るので、ここはさっさと温めておいた代案を提示しよう。


「キャロが生贄になりたくないなら、別の生贄を用意してはどうです?」


「はぁ、九条殿。残念ながらそれは無理だ。生贄に選ばれるのは獣人から1人だけ。それとも他に同じ痣を持つ者が現れるとでも?」


 諦めにも似た溜息をついたのはバモス。

 若干鼻につく言い草ではあるが、人を小馬鹿にするのは俺の案を聞いてからにしていただきたい。


「ミア。見せてあげなさい」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、ミアはスッとその場で右手を上げた。

 その甲には、キャロと同じ赤い痣が浮かび上がっていたのだ。


「なんだとッ!? 何故それがミア殿にッ!?」


 勿論本物ではなく、ミアの手に赤い塗料で同じシンボルを描いただけ。


「更にこう!」


「えっ!? ちょっと、九条?」


 困惑気味のケシュアから強奪したのはウサギの付け耳。それをミアの頭にそっと乗せるとあら不思議。何処からどう見ても、新たな獣人の誕生である。


「どうです? 可愛い生贄の出来上がりだ」


 そう。俺の作戦というのは、そのものズバリ身代わりである。

 キャロの代役としてミアを生贄にすれば、万事解決という訳だ。

 絶句する皆に、胸を張るミア。その自信は、俺が信頼されている証でもある。


「いけません! それではミア殿が死ぬことに……」


 唯一反論したのは、有翼種ハルピュイアのセシリアだけ。その青ざめた顔色は、本気でミアを心配してくれている様子。


「別に構いませんよ。それまでに封印の方法を見つければいいだけでしょう? 失敗すればミアは死ぬが、キャロは生贄にならないし獣人の皆様にはなんのリスクもありません。違いますか?」


 間違ってはいないが、受け入れがたいというのもまた事実だろう。

 しかし、黒き厄災を討伐したくない獣人達にとっては、この提案を飲む以外に道はないのだ。

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