第481話 決闘の理由

「――ッ!?」


 稲妻にでも打たれたかのような衝撃が奔った事だろう。まるで感電したかのように震えるメリル。

 沸き上がる怒りは抑えきれず、かといってそれは吐き出せない。ただ影を落とすように俯き、下唇を強く噛み締める。

 俺だってこんな事言いたくはない。しかし、そうでもしないとメリルの本音は聞き出せないと思ったのだ。


 動かぬ身体に鞭を打ちゆっくりとベッドから足を下ろしたメリルは、自分の体重を支えきれずその場で激しく転倒する。


「メリル!?」


 その身体を支えようと、寄って来たケシュアを押しのけたメリルは、どうにか床に膝を突くと俺に向かって頭を下げた。


「お願いです……孤児院だけは見逃してください……。それ以外の事はなんでもします……」


 なんと不器用な生き方だろうか……。獣人の価値観を否定するつもりはないが、上下関係をはっきりさせなければ気が済まないのだろう。

 俺にとってはただ主導権を握れただけに過ぎず、正直メリルに土下座されてもこれっぽっちも嬉しくないし、支配欲を刺激されたりもしない。

 盛大に出る溜息。力で物事を決める獣人に言ったところで、今更どうしようもないのだが、他に解決策はなかったのか……。


「俺がこれからする質問に、嘘偽りなく答えるなら孤児院は勘弁してやる。いいな?」


 僅かに顔を上げ頷いて見せるメリルに、再度出る溜息。


「まずは、俺を街から追い出したい理由だ」


「……キャロを……助けたかった……」


 まさか、その名がメリルから出てくるとは思わなかった。カガリに反応はなく、俺もミアも驚きを隠せなかったが、ケシュアだけが知っていたとでも言いたげに俯いていた。


「ケシュア。お前知ってたのか?」


「……聞いたのはついさっき。九条が生贄容認派かもって言ったら、急に飛び出して行っちゃって……。私はエルザ婆との通信があって席を立てなかったのよ」


「前々から計画していたんだ……。キャロに生贄の痣が現れ、王宮に連れて行かれてしまった。警備は厳重で手出しが出来ない。だから生贄の祭壇へと赴くその道中を狙って襲撃しようと……。そうしたら、その警備に九条が関わると……」


 俺の存在が、メリルにとってはイレギュラーだったのだろう。キャロを救うには俺をどうにかしなければならない。

 ネクロガルドから情報を得ているなら、俺の力もある程度は理解しているはず。道中を襲うよりも、自分から出て行ってもらいたかった。しかし、話が通じないのは明らかで、手っ取り早く決闘とするなら、死霊術を使われない街中の方が勝率は高い。


「キャロは……孤児……なのか?」


「確かに孤児ではあるが、どう説明すればいいか……。孤児院の運営はギルドの管轄だったが、実際の管理はキャロの母親、ルイーダに任されていた。夫を戦争で亡くし、女手一つでキャロを育てる傍ら孤児院の職員……。いや、先生と言うべきか……。よくここに子供達を連れて遊びに来ていたから、それなりに付き合いはあったんだ。ある日、孤児院が売りに出されることを聞いた。利益の見込めない孤児院なぞ誰が買うのかとも思ったが、買い取り先は奴隷売買を手掛ける商会。勿論ルイーダはそれに反対した。子供達がどうなるかは目に見えている。借金をしてでも子供達は自分が引き取るとシルトフリューゲルの商会本部に乗り込んでいったが、帰って来たのは骨だけだった……。相手側の言い分は、交渉が決裂して暴れたからだと言っていたが、ルイーダがそんなことをするはずがない! 奴等は最初から交渉する気なぞなかったんだッ!」


 あり得ない話ではない。スタッグならいざ知らず、教会勢力の強いシルトフリューゲルでの獣人の扱いが、どのようなものかは想像に難くない。

 キャロの母親が、孤児院の子供達をそれだけ愛していたという事は理解したが、腑に落ちない点もある。


「同情はするが、結局はお前等の所為じゃないのか? スノーなんちゃらとネクロエンタープライズがギルドの依頼を奪い合わなければ、そもそもギルドが経営難に陥ることもなかっただろう?」


「そんなことまで知っているのか……。確かにそうかもしれない。だが、こちらは譲歩案をいくつも出したんだ。ギルドはそれを受け入れたが、スノーホワイトファームの奴等は、あたい等の話に耳を傾けようとしなかった……」


 意外にも改善しようとしていたとは知る由もなかったが、それを相手が聞き入れなかったのは、恐らく逆恨みといったところか……。

 メリルが獣従王選手権ブリーダーチャンピオンシップで連戦連勝を続けているなら、相手側が面白くないのは明らかだ。妬まれていても不思議ではない。


「ルイーダがシルトフリューゲルに発つ前、キャロと孤児院の子供達を預かってくれと頼まれた……。あの時、あたいが断っておけばルイーダは死なずに済んだんだ! ……だから、その意志を継ごうと決め、孤児院を買い取った……。子供の相手は大変だったよ。従魔の世話とはわけが違う。それでもネクプラの仲間達となんとかやってきた。両親を亡くし、ふさぎ込んでいたキャロも少しずつだが笑顔を取り戻していたんだ! ……そんな矢先の事だったよ。キャロの手に、赤い痣が出来たのは……」


 ルイーダを逝かせてしまった事への罪滅ぼし――とでも言うべきか……。やはり獣人は不器用だ。それを先に聞いていれば、もう少し上手く立ち回れたかもしれないというのに……。

 それもメリルの考えあっての事なのだろう。ネクロガルドに懐疑的な俺が、素直に従うとは思うまい。

 八氏族評議会とメリルとの板挟み。上司と部下に挟まれる中間管理職のようで、胃が痛くなりそうだ……。

 正直やり方は褒められたものではないが、キャロを生贄にしないという点では一致している。


「仮にキャロを救い出せたとして、その後はどうするつもりなんだ?」


「それは、あたい等に協力してくれるってことか!?」


「なんでそうなるんだよ……。俺だって国を背負ってるんだ。途中で依頼を投げ出せば、エドワードの立場も危うくなる。外交問題にでもなったらお前は責任を取れるのか?」


 メリルに笑顔が戻ったのもほんの一瞬。再び項垂れるよう視線を落とすと、悲壮感を漂わせる。


「……だが、協力してやらんこともない……」


「ホントか!? どうすればいい!? どうすればキャロを救ってやれるッ! 何でもするッ!!」


 喜んだり嘆いたりと忙しい奴だ。一応協力する素振りは見せておくが、正直期待なぞしていない。

 警備が厳重な王宮に隔離されているキャロを救い出すことは、不可能ではないだろう。ただ、バレた時のリスクがデカすぎる。

 それも全ては、キャロ次第。助かりたいという気持ちがあれば、少しは希望もあるのだが……。

 とは言え、収穫がなかったというわけではない。メリルとの会話から、一筋の光明を見出すことも出来ていた。


「キャロの両親が眠る墓は何処にある?」

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