第480話 決闘を終えて
「あっはっはっ! だから九条に勝てるわけないって言ったでしょ?」
ケシュアがエルザとの通信を終え、戻ってみればこの有様。ベッドで横になっているメリルの隣でゲラゲラと大声で笑うその様子は、遠慮なぞ微塵も感じられない。
そのおかげか、緊張感の漂っていた部屋の空気も僅かに和む。
「万が一という事もあるだろう? 勝負とは時の運だ。やってみなければわかるまい……」
気丈に振舞ってはいるが、メリルの表情からは悔しさも滲み出ていた。
あの後、俺達は流されたメリルの本体を見つけ、すぐにミアに
その傷の深さといったら尋常ではなく、カイエンの回復を後回しにしてしまったほど。
なんとか一命は取り留めたものの、失った血は戻らない。メリルは満足に立つことすらできずに、こうしてベッドに横たわっているという訳である。
「お客様は?」
「皆びしょ濡れだったけどケガはないわ。温泉を無料開放して温まってもらってるところよ。その間にみんなで手分けして服を乾かしてる。
「そうか……すまない……」
ホッと安堵した様子のメリルであったが、その視線は天井から離れない。
メリルには見慣れた天井だろう。若干の獣臭さを感じる部屋は、従魔達と共に暮らす者の宿命ではあるのだが、別に悪い気はしない。
俺とミアは、そんな2人のやり取りに聞き耳を立てながらも暖炉の前に陣取っていた。
地べたに座り、俺の股の間にすっぽり収まるミア。流されはせずとも大量の水飛沫を浴びたのだ。服も完璧には乾いておらず、俺達も温泉に入りたいのだが、客が優先。余計な刺激を与えない為にも俺達は最後なのである。
「そうだ。エルザ婆から九条に伝言。近いうちにこっちに来るから正式に話し合いたいって」
「はぁ? ケシュアを通じて話せばいいだろ。こっちに来るってどんだけ時間かかるんだよ。俺は仕事を終えたらすぐに帰るぞ?」
「エルザ婆が直接来るって事は……。まぁ、そういう事よ。多分時間の心配は必要ないわ。
言われて思い出した。エルザは獣術の適性を有しているのだ。
ベルモントで追い回された苦い記憶が甦る……。
「それで? 九条はメリルに何を求めるか決めたの?」
「……まだ考え中だ」
すぐに思い浮かぶようなら苦労はしない。幾つか候補があるにはあるが、イマイチどれもパッとしないというのが正直なところ。
どうせネクロガルドにつき纏わないよう言ったところでそれが叶うはずもなく、だからと言ってこれ以上ファッション奴隷を増やしても……。
ネクプラを潰せば、買い取った孤児院の子供達が路頭に迷いそうで後味が悪く、そう考えると現実的なのはカネで解決といったところか……。
ネクロエンタープライズの売上金の数%を毎月献上させるとか……。
不労所得として考えるなら悪くはないが、ネクロガルドの関連施設と関係を持つのも気が引ける。
「セカイセーフク! セカイセーフク!」
「あら? 九条がネクロガルドに入ってくれれば、それも夢じゃないかもよ?」
「鳥の言う事を真に受けるんじゃねぇよ……」
俺の後ろで丸くなっているワダツミの角で羽を休めているのは、セキセイインコのピーちゃんだ。
何と言えばいいのか……インコのクセに我が強い。
メリルとの決闘に向け、出来るだけ小さく重量の軽い動物をとハムスターかネズミを探していたのだがそう簡単には見つからず、この際ネクプラの動物ふれあい広場からウサギかモルモットでも拝借しようと足を運んだところに居合わせたのが、コイツである。
インコであれば重量の問題はクリアしている。それに万が一の事があっても、空を飛べば逃げるのは容易。これ以上ないパートナーだと思い、声を掛けたのだ。
「おい九条。そのインコ、うちで飼育しているラッキーだろ?」
「……違うが?」
「チガイマス チガイマス」
「ほら。ピーちゃんもそう言ってるだろ」
盛大な溜息を漏らすメリル。だが、怒っているという感じではなく、どちらかといえば呆れながらも口元は緩んでいた。
「はは……流石は本物の
バレるのは時間の問題だとは思っていた。流石に飼育している動物達は把握しているだろう。種類が豊富ですぐにはわからずとも、調べればいない事には気付くはず。
こちらとしては、試合が終わるまでにバレなければそれでよかったのだ。
「あたいは腑に落ちないんだ。何故、お前はそこまでして争いを避ける? 何故、進んで人から恨みを買おうとするんだ……」
「ケシュアから聞いていないのか? 俺は面倒くさい事が嫌いなんだよ。八方美人なぞ望んではいない。人の機嫌を窺うのなんて正直言ってうんざりだ。地位も名誉もカネもいらん。周りからチヤホヤされたいとも思っていないし、人付き合いも最低限で十分。隣の国で戦争が起きようが、自分の周りが平和ならそれでいい。もっと欲を言えば身体も動かしたくはないし、一日中寝て過ごしていたい。ある意味、勇者とは真逆の存在だよ」
肩を竦める俺に、顔を強張らせるメリル。
別に共感を得ようなどとは思っていない。人間と獣人、それ以前に元々は違う世界に住んでいたのだ。価値観の違いはあって当然。理解しようと思っても、そう簡単に歩み寄れるものではない。
「お前は……。お前の生きる意味はなんだ!? 死人のように過ごす事がお前の望みなのか!?」
「生きる意味なら目の前にいる。ミアと従魔達が幸せならそれでいいんだ。俺は強欲じゃないんでね。手の届く範囲で十分満足できるんだよ」
「じゃぁ、何故こんな辺境の街まで来たんだ!? 依頼を断り、家で寝ていればよかっただろう!」
言い得て妙だが、それが出来れば苦労はしない。
ウチのデメちゃんが御迷惑をおかけして申し訳ない――と言ってどうにかなるなら、最初からそうしている。
「出来れば俺もそうしたかったよ。……だが、俺の日常が脅かされるのであれば、その限りではないということだ。……お前だってそうだろ? 何故、孤児院を買ったんだ? 義理か? 人情か? それとも子供達の将来性を見込んでの人材確保か? 理由はどうだっていいが、それが脅かされるとしたらどうする? すぐに諦めて手放すのか?」
「断固戦うに決まっているッ!」
その決意は立派だが、至極当たり前の事を言っているだけ。
自分の家に無断で侵入してきたならず者を、咎めぬ者なぞいるわけがない。
「それで? 戦って敵わなかったらどうするんだ? 実際、お前は負けたんだ。俺が孤児院を手放せと言ったらどうするつもりだ? それとも、俺には孤児院の事がバレないとでも思っていたのか?」
「……ネクロガルドの報告から、九条はそこまで非道ではないと……」
メリルと橋の上で対峙した時の事を思い出した。
ネクロガルドから得た俺の人物像が作戦の根本にあったのだろう。俺の査定が気になるところではあるが、少なくとも見損なう程度には評価されていたという事か……。
「じゃぁ、その報告は間違いだったな。残念だが、孤児院は即刻手放してもらう」
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