第477話 新たな従魔

 底冷えしそうな寒さの中、長い廊下をメリルと共に歩く。


「従魔の計量は終えたか?」


「ああ。もちろんだ」


 獣使いビーストテイマーの修練場として使われている建物から外へ出ると、割れんばかりの大歓声が辺りを包む。

 陽の光と観客達の熱気の所為で、外の方が少し暖かく感じるほどだ。


「大事にしやがって……」


「ふん。不正をされては敵わんからな。死霊術でのズルは封じさせてもらう」


 目の前に広がるフィールドは、サッカーコートの半分ほどだろうか。コンクリに覆われた巨大な土俵といった感じで、地面から1メートルほど盛り上がっている石畳のステージだ。

 その周りには木製の柵が張り巡らされ、大勢の観客が俺達の決闘を待ちわびていた。

 見られて緊張するようなことはないのだが、スタッグギルドでのロイドとの模擬戦にも似た状況に辟易とする。


「そうだ九条。場外は負けとして扱うが、構わないか?」


「そりゃ構わないが、先に言えよ……」


「すまん。獣従王選手権ブリーダーチャンピオンシップが行われるメナブレアの闘技場は壁に覆われていて、場外判定がないんだ。故に逃げ出す者はいないのだが、お前は逃げそうだからな」


「ここまで来たんだ。逃げねぇよ……」


 会場の東側と西側の場外には、セコンドとそれぞれの従魔達が待機している。勿論全ての従魔が計量済みだ。

 こちらに合わせ、相手側には10匹近い従魔達が控えている。

 狼に猪に虎に豹。バラエティに富んでいるその誰もが、戦闘用に訓練されているのだろう。


 俺とメリルがステージの中央に登ると、そこには3人の獣人男性。

 彼等はテイマーバトルの正規ライセンス持つ審判達。故に不正はないと聞いてはいるが、所詮は相手側だ。

 出された手で握手を交わすも、完全には信用していない。


「我々が今回の審判を務めます。よろしくお願いします。対戦方式は、フリーエントリー、ノーオプションを採用したテイマーバトル。ウェイトスタンダードは九条優先でよろしいですね?」


 お互いが無言で頷くと、審判に促されそれぞれの従魔の元へ。


「九条殿……我々の作戦。ちょいと卑怯ではないか?」


「そうか? ……まぁゴネるとは思うが、ダメなようなら次こそお前達の出番だからそのつもりでいてくれ。別にお前達を信用していないわけじゃないからな? 出来るだけ平和的な解決法を選択しただけだ」


 ワダツミもカイエンもカガリも……。ひいてはミアも怪訝そうな顔をしているのは、俺の立てた作戦が不服だから。

 恐らくは、俺の心証を気に掛けてくれているのだろう。


「これより! プラチナプレート冒険者! 我等が偉大なる獣達の主ビーストマスターメリル対、同じくプラチナプレート冒険者! 九条の試合を始めます!」


 怒号のような歓声は、殆どがメリルに向けられたものだろう。相手のホームだ。それも当然である。


「それでは始めましょう! 対戦方式はフリーエントリー、ノーオプション、テイマーバトル! ウェイトスタンダード先手は九条! 参戦従魔をバトルフィールドへッ!!」


 審判の宣言後、先手側が出場従魔を選定する。そこで選ばれた従魔の重さが基準となり、相手側はその重量以内で従魔を選択しなければならない。

 審判が手に持っているエントリーシートには、計量した全ての従魔達の重量が記載されている。勿論公平性の観点から、それを知るのは審判のみだ。

 カガリ、ワダツミ、カイエンと重量級が並ぶその景色はさぞ圧巻だろう。その中から誰を選択するのか? 1体か……それとも全員か……。

 そんな緊張感が漂う中、俺は胸ポケットから1羽の従魔をそっと取り出し、フィールド上へと置いた。

 途端に騒めき出す観客達。皆の視線は俺の足元へと集中する。


「九条! なんだそれはッ!」


 今にも歯ぎしりが聞こえてきそうなほど、歯を食いしばるメリル。


「何って、従魔だが?」


「バトルエントリィィィィ! セキセイインコォ! 36グラムゥゥッ!」


 静まり返った会場内に虚しく響く審判の声。俺の足元で毛づくろいを始めたピーちゃんは、先程従魔にしたインコである。

 動物ふれあい広場にいたのを、1羽拝借――ではなく、意気投合したのだ。


「卑怯だぞッ!」


 流石のメリルも、俺の狙いに気付いたのだろう。

 そう、俺の狙いは不戦勝なのである。恐らく……いや、確実に相手側には36グラム以下の従魔は登録されていないはず。

 メリルは俺の従魔の重量に合わせると言ったのだ。重量級しかいないという先入観からの提案だろうが、それが敗因である。


「それでもプラチナの冒険者かッ!!」


 何とでも言うがいい。俺は観客からの印象なぞ気にしないのだ。

 そもそもここは相手のホーム。ならば悪役に徹するまで。どんな手を使ってでも勝てばよかろうなのだ。


「ルール上は問題ないだろうが」


 メリルは自分の土俵に引き摺り込んだつもりだったのだろう。不慣れなルールを押し付け、少しでも有利になるよう観客をも巻き込んだ。

 だが、それが間違いなのである。

 最初からルール無用のガチンコ対決をするのであれば、こんな面倒な事はしなかったのだ。それを試合としてルールを持ち込んだのだから、利用しない手はない。


「アイアンプレートはどうした!? それが従魔である証拠は?」


「見りゃわかるだろ。ピーちゃんには重すぎて付けられないんだよ。宿に帰ればプレートはちゃんとある」


 嘘である。しかし、それだけの為に宿まで取りには行かせないだろう。俺達がネクプラを出てしまえば、決闘のチャンスは無くなるのだ。


「言う事を聞かなければ、従魔としては認められんぞ!」


 勿論そうくるだろうことは読めているが、造作もないことである。


「ピーちゃん! 俺の肩に乗れ!」


 パタパタと羽ばたくピーちゃんは、俺の言った通りに肩へと止まる。

 そんなピーちゃんを指で優しく撫でてやると、その指先をメリルへと向けた。


「ピーちゃん! 挑発スキルを見せてやれ!」


「ビビッテンノカ カカッテコイ ビビッテンノカ カカッテコイ」


 流石はインコ、流暢に喋る。台本通りだ。

 ここまでやれば、俺の従魔であることは理解出来ただろう。しかし、観客からはブーイングの嵐である。


「真面目にやれぇッ!」「それでもプラチナかッ!」「金返せぇッ!」


「ザマアミロ ザマアミロ」


 完全アドリブで客を煽るピーちゃんに益々ヒートアップした観客達は、手短な雪を強く握っては投げ入れる。


「アタラネーヨ バーカ アタラネーヨ バーカ」


「お客様! フィールド内に雪玉を投げ入れるのは、おやめください!」


 メリルの怒りを買うだろう事はわかっていたが、まさか観客と雪合戦をすることになるとは……。

 手伝ってもらうインコの選択を誤った気がしないでもない。

 止めに入った審判にも幾つか雪玉が当たっていて滑稽である。俺を疑い、客を入れたりするから悪いのだ。


「静粛にお願いします! これより審議に入りますッ!」


 獣人達にとっては真剣勝負。力と力がぶつかり合う神聖な場所。そこにインコを従魔として出場させる者なぞ、いなかったのだろう。

 ルールには抵触していないが、切磋琢磨する者達にとっては侮辱とも取れる行為。素直に不戦勝には出来ないといったところか……。

 もちろん不戦勝になれば儲けものだとは思っていたが、こうなることもある程度は予想できていた。


 話し合う審判達。その顔色はお世辞にもいいとは言えない。

 テイマーバトルの正式なライセンスを持つ審判だからこそ難航しているのだろう。観客の前だ。下手な裁定は身を亡ぼす事にもなりかねない。

 ルールに従い俺の不戦勝を認めるか、それとも観客に配慮してメリルに忖度した判定を下すか……。見ものである。


 暫くすると審判の一人に手招きをされ、俺とメリルもその輪に加わる。


「えー……非常に申し上げにくいのですが、ここはルールを変更して3回勝負で2本先取したほうの勝ち――という事にしてはどうかと……。勿論、初戦は九条の不戦勝を認めるという形で……」


 それは、ジャンケンで負けた子供が実は3回勝負だった――などと言い訳するのと同じレベル。

 不覚にも吹き出しそうになってしまったが、まだ理解はできる。どちらにも配慮した解決法とも取れ、審判としても威厳は保てる。


「それを受ける義理はないが……。まぁ、仕方ないな」


 この辺りが潮時だろう。一応は不戦勝が認められたのだ。無駄にゴネて、反則負けだと手のひらを返されても困る。

 俺が折れると、ホッとする表情を見せる審判達。メリルもその提案を飲んだが、余程屈辱だったのだろう。獣人特有の尖った八重歯を剥き出しにして、俺を睨みつけていた。


「お客様に申し上げます! 只今の試合。審議の結果、九条の不戦勝を認めることとします!」


 静かに聞いていた観客からは、またしてもブーイングの嵐。


「それを踏まえまして……。これより、第2回戦を開始いたします!」


 審判のまさかの宣言にピタリと鳴り止んだブーイングは、一転して歓声へと姿を変えた。


「グフフ……九条殿。ようやく我の出番だな?」


「ああ。ワダツミもカイエンも。くれぐれも気を付けるんだぞ?」


「勿論だ。九条殿に恥は掻かせぬ」

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