第476話 メリル再び

 その声の元へと集まる視線。そこにいたのは、西の偉大なる獣達の主ビーストマスターの異名を持つメリル。

 膝に手を当て肩を揺らしながらも、ぜぇぜぇと真っ白な息を激しく吐き出しているところを見るに、ケシュアから俺の存在を聞いて飛んで来たのだろう。

 既に釈放されていたとは……。ネクロガルドの圧力とやらも、バカには出来なそうだ。


「「メリルさんだぁ!」」


 従魔達に群がっていた子供達は、メリルへ向かって一目散に駆けていく。その様子は、メリルが子供達に好かれているだろう理由を裏付けていた。

 わらわらと集まる子供達に振り撒く優しい笑顔。雪でぬかるんだ地面にも厭わず膝を折り、出来るだけ同じ目線に合わせようとするその心意気は、見事であると言わざるを得ない。

 無類の子供好きと言ってもいいほどの見かけの良さは、自費で孤児院を買い取ったという話も眉唾ではなさそうだが、だからと言って俺がメリルに譲歩する理由は何処にもない。


「うーん。人質がいないな……」


 無理を言ってでもケシュアから離れるべきではなかったかと後悔するも、時既に遅し。

 流石にその辺の客を巻き込むわけにもいかず悩んでいると、メリルはスッと立ち上がり、俺に向かってビシッと指を突き立てる。


「聞いたぞ九条! 我等が同胞を奴隷にするとは下衆の極み! 恥を知れッ!」


「「はじをしれぇ!」」


 意味も解らずに面白がってメリルを真似る子供達は満面の笑み。

 なんと言えばいいのやら……複雑な心境だ。まるでヒーローショーの悪役にでもなった気分である。

 せめて裏で話し合おうとは思わないのだろうか……。いや、メリルとしては客を味方に付けたいと考えているのかもしれない。

 そもそもメリルはケシュアからどこまで聞いたのだろうか? ケシュアが俺の奴隷であることを知ったのなら、裏切りの疑いは晴れているようだが……。


「ミア。後どれくらい遊んでいたい?」


 流石に兎を愛でている場合ではないと、さりげなくカガリに身を寄せていたミアだが、突然話を振られた所為か、少々驚きながらも小さく唸るよう悩む様子を見せる。


「えっ!? うーんと……2時間くらい?」


 随分と控えめな答えだが、長い付き合いだ。恐らくは俺の思考を読んでの解答だろう。


「よし分かった。……メリル。色々と準備も含めて3時間後ならお前の決闘を受けてやる」


「ホントか!?」


 それを加味した上での提案に、メリルの表情も緩むというものである。


「九条、あそこだ! あそこにある建物が見えるだろう? 獣使いビーストテイマー達の修練場だ。模擬戦用のフィールドが設けられていて、そこなら邪魔が入らないはずだ」


 メリルが指差した場所は、ここから100メートルほど離れた建物。

 俺がそれに頷くと、子どもたちを連れ、メリルは満足気に去って行った。


「おにーちゃん。もしかして……」


 眉をひそめながらも俺を見上げるミア。それはカガリの表情からも推測できるだろう答え。


「ミアが満足したら帰るに決まってるだろ」


「やっぱり……。悪い顔してるもん。絶対嘘だと思った」


 腑に落ちない様子ではあるものの、僅かに笑顔を見せるミア。俺はその頭を、わしゃわしゃと撫で回す。


「嘘も方便ってことだ。そもそも敵を信じる相手が悪いと思わないか?」


 俺が素直に決闘を受けると思ったら大間違いである。ネクロエンタープライズさえ出てしまえば、メリルは決闘を申し込む事すらできないだろう。

 次は地下牢ではすまないはず。街中で騒ぎは起こせまい。



 それから2時間。周りに奇異な目で見られながらも一通りの施設を巡り終え、そろそろ帰ろうかと出口に足を向けると、ゲートの前で仁王立ちしていたのは他でもないメリルである。


「また会ったな九条。何処へ行くつもりだ? こっちは修錬場ではないが?」


 不意に漏れる舌打ち。その勝ち誇った含み笑いは不快ではあるが、ケシュアから俺の話を聞いているなら逃げるかもしれないと予想してもおかしな事ではない。

 メリルは既に一度騙されているのだ。俺に信用がないのは承知している。


「なんでそんなに決闘がしたい? 戦闘狂なのか? 俺に勝ったという実績が欲しいなら、いくらでもくれてやるぞ? 俺が負けたってことで言いふらしてもらっても構わんが?」


「違う! どうせあたいの願いは聞けないだろう? だから決闘で勝ち、従わせようというまで! これが獣人のやり方だ。郷に入っては郷に従え!」


「順番がおかしいだろ。まずは話し合う事から始めてもいいんじゃないか?」


「ならば問おう。即刻この街から出て行けと言われ、お前は従えるのか!?」


「……残念ながら無理だな。俺には大事な仕事がある」


「だから決闘で決めようと言うのだ。私が勝てば貴様は即日街を出ろ! あたいが負ければ貴様の言う事をなんでも聞いてやる」


 言いたい事はわかる。メリルが正しいとは一概には言えないが、一応の筋は通っている。

 正々堂々勝負をし、敗者が勝者に従う。単純明快で非常にシンプル。その気概は尊敬――とまでは言わずとも、若干だが好感は持てる。

 同じプラチナであるノルディックのように、姑息な手段を用いて従わせようとする奴よりは何十倍もマシだ。

 どうせ、俺がこの街から出て行かなければならない理由は教えてくれないのだろう。言って聞くようなら、決闘なぞ最初から申し込みはしないはず。

 そこまで言うのであれば、腹を括るのもやぶさかではないのだが、如何せんこちらへのメリットがなさすぎる。


「なんでもとは言うが、死ねと言えばお前は死ねるのか?」


「今すぐには無理だが、身辺整理をさせてもらえれば望み通り自ら命を絶とう」


 勿論俺はそれを望みはしないが、それだけの覚悟だということだろう。

 正直、メリルなんかを相手にしている場合ではないのだが、このままつき纏われても鬱陶しいだけである。

 説得を諦め、盛大に出る溜息。


「わかったよ。その決闘を受けよう。その代わり、こちらが勝った時の条件は後で決める。なんでも言う事を聞くんだ。構わないだろう?」


「ああ」


 こうなっては仕方がない。今後のプランも、大きく方針を転換することになりそうだ。

 勝てばそのまま仕事は続行。やるからには負けるつもりはさらさらないが、最悪は街を出て、キャロを生贄として連れ出すだろう一団を襲ってしまえばいいのである。

 塔までの道順は知っている。アンデッドを召喚して道中を襲わせれば、まぁ足もつかないだろう。まさか誘拐に手を染めることになるとは……。

 俺が仕事をキャンセルし街を出て行くことになっても、それはメリルの所為である。俺が糾弾されることはないと思うが、そこは運次第といったところか……。


「ルールは最もポピュラーなフリーエントリー、ノーオプション、テイマーバトル方式を採用する。ウェイトスタンダードはそちらに合わせよう。何か質問は?」


「ちょっと待て。フリーエントリー……なんだって? 俺とお前が戦うんじゃないのか?」


「ここはメナブレアだぞ? どちらにも従魔がいるならテイマーバトル方式は当然だろう」


 知らねぇよ……。さも当たり前の事のように言い放つメリルの呆れ顔ときたら……。

 その言い方から察するに従魔達を戦わせるものなのだろうことは理解できるのだが、あまり乗り気にはなれない。

 少なくとも相手はプラチナ。こちらにはミアがいるとは言え、従魔達も無傷とはいかないはず。

 そんな俺の気持ちを察したワダツミの言葉のなんと心強いことか……。


「良いではないか九条殿。たまには運動も必要だ」


「ちょっと前に馬車を引いてただろ。あれじゃ足りんのか」


「力あるものが正義なのだ。我等獣の世界と相違ない。むしろ全力を出さないのは相手に失礼。そうだろう?」


 そうだろうか?

 そんなワダツミに同調したのは、ご立腹のカイエンである。


「力を貸すぞワダツミ。地獄のような場所を作りおって……。こんな所ぶっ潰してやる」


 ただの私怨で潰されるネクプラには同情を禁じ得ないが、やる気がないよりはマシだと考えるべきか……。


「ルールは簡単だ。指定されたフィールドでお互いが従魔に指示を出し戦わせるだけ。テイマーへの直接攻撃は禁止。全ての従魔が倒れ、戦闘が続行不可能であると判断されるか、戦意を喪失したと見なされれば敗北となる。他に質問は?」


「従魔の数は? タイマンか?」


「いいや、フリーエントリー方式だから、好きなだけ投入してもらって構わない。ウェイトスタンダードはお前でいい。従魔の重量に合わせるんだ。例えばお前の熊が200キロだとすれば、こちらは1キロのウサギを200羽出せるということ。まぁ200匹同時に操る事なんて到底無理だが、侮るなよ? ネクプラの動物達は、スキルなぞ使わずともあたいの言う事を聞くよう躾てある。あたい等の絆は強いぞ?」


「ノーオプションというのは?」


「武器や防具の使用は禁止ということだ」


 ふむ……。ルールとしては、あくまで対等だ。決闘と言うより試合といった感じだが、従魔の重さが基準となるルールも理に適っている。

 とは言え、こちらの従魔は全てが重量級。量ったことはないが、カガリでも100キロ弱はあるだろう……。

 ワダツミに任せるか、カイエンに任せるか……。もちろん全てをぶつけるという手もあるが、それだけ相手の数も増えるということ。


「準備期間として1時間の猶予をやる。今度こそ逃げるなよ!?」


 恐らくは戦闘訓練を施しているであろう相手側の方が場慣れしていて、連携も取れるはず。

 それは確かに脅威ではあるが、この1時間にどれだけの策を練れるのかが、最大の鍵となるだろう。

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