第463話 メナブレア

「九条様。そろそろメナブレアの街が見えてきますよ」


 それを聞いてミアはカガリのブラッシングの手を止め、真っ先に窓に張り付いた。

 だが、ローゼスが差す方向には城壁の影すら見当たらない。


「見えなぁい……」


「おや、晴れていれば見えたのですが……もう少し先ですかな」


 馬車から見る外の景色は一面の銀世界。しんしんと降り積もる雪は、コット村でもそう珍しい天候ではない。

 にも拘らず、ミアのテンションが上がってしまうのは子供故致し方ない事ではあるが、それも最早過去の話。

 右を向いても左を向いても白一色。代り映えしないその景色には、流石のミアも飽きてしまった様子。

 そんなミアをよそに、ホッと一息ついた俺。


「どうにか薪も持ちましたね」


 馬車に備え付けられている小型の薪ストーブはまさに神器。バイスに無理矢理押し付けられた馬車ではあったが、今は感謝を覚えるほど。

 ノースウェッジ領の関所を抜け、グランスロードへと入った辺りから急激に冷え込み始め、そこからはストーブの欠かせない日々を送っていた。


「これもノースウェッジの領主様のおかげです。薪の相場も安定していますし、両国の関係がこのまま続いてくれることを切に願っております」


 グランスロード王国は標高が高く、年間を通して天候は不安定だ。

 気温も低く生活の必需品である薪は、その消費量故に他国より値が張ってしまう。

 それでも安定して薪を確保出来るのは、スタッグから質の良い原木が定期的に輸入されているから。

 薪自体はグランスロードでも作れるが、安定しない天候故に乾燥には時間が掛かる。手間を考えれば、スタッグから買い付けた方が安上がりなのだ。

 人間の国の中でもスタッグは隣国という事もあり、グランスロード王国とは友好的な関係を築いている。

 レナの両親が治めるノースウェッジ領は、まさに2か国の貿易における要でもあった。


「あっ! 見えてきたよ!」


 深い狭谷に沿って張られた街道を北に進むと、街の入口らしき城壁の姿。


「ここがグランスロード王国の首都、メナブレアで御座います」


「わぁ……」


 初めて見る景色に心躍らせるミア。キラキラと目を輝かせるその様子に和みつつも、聳え立つ城壁の珍しさに首を傾げる。

 1本の大きな裂け目を中心に広がるメナブレアの街。西側の城壁は平均より高い一方、東側は低く作られていた。


「谷より西側の壁が高いのはなんで?」


「アレじゃないか? 風よけというか、雪よけというか……」


「流石は九条様。その通りでございます。西側は城壁というより防雪壁。我々にとっては外敵よりも、吹雪の方が脅威ですので」


「ほえー」


 降雪の所為で遠くまでは見通せないが、その高さは相当なものだ。

 圧迫感は否めないが、吹き曝しよりはマシなのだろう。


「では、皆様を今夜の宿へとご案内致します。到着報告の後、エドワード様との会談の場を設けますので、それまでは宿でおくつろぎ下さいませ」


 街の入口での手続きを終え、馬車は大通りを進む。窓から見える街並みは珍しくもあるのだが、雪国故に住民達は大変そうだ。

 その景色は、さながら豪雪地帯を思わせる。円柱型の建物が多いのは屋根に雪が積もらない為の工夫だろう。とんがり帽子のような屋根が並ぶ姿は、ファンシーというか、メルヘンというか……。

 しかし現実はそう甘くなく、その下には積もった雪の除雪に追われる者達の姿。

 その殆どが、獣人と呼ばれる種族である。

 ほぼ人間との見分けがつかない者や、耳や尻尾が名残として残っている者。顔は獣そのもので、全身が毛に覆われているが二足歩行の者など、多種多様。

 にも拘らず、お互いが協力し合っている姿は差別とは無縁であるようだ。


「ここから先、少し馬車の速度を緩めますが、ご了承ください」


 その意味はすぐに理解した。時折馬車が足を止めるのは、雪を捨てる荷車の方が通行上優先されるからだ。

 片手を上げて挨拶をしながらも、次々と俺達の前を横切っていく。そして彼等は珍しさ故か、カイエンの前で足を止めるのだ。

 こちらとしてはさっさと先に行ってほしいのだが、口を開け茫然としながらもカイエンと見つめ合うその姿は、申し訳ないが笑いを誘う。

 それでもすぐに我に返ると荷車の雪は谷底へと捨てられ、元来た道を引き返していく。


「雪捨て谷の深さはおよそ20メートルほど。底には川が流れているので、捨てた雪が積み上がる事はありません」


「なるほど。先人達はそれを見越して、ここに街を作ったのですね」


「そうです。この街がここまでやってこれたのも、遠い御先祖様のおかげ。本来は、そんな御先祖様達を偲ぶお祭りの時期なのですが、今年はそれどころではないでしょう」


「お祭り!?」


 それに反応を見せたのはミアだ。その表情から明るい雰囲気のお祭りを想像しているのだろうが、祭りにだって色々とある。

 故人を偲ぶと言うくらいだ。恐らくは厳かで静かなものに違いない。


「ええ。祖霊還御大祭それいかんぎょたいさいでは、様々な催し物が開かれるのです。その中でも1番の目玉はやはり獣従王選手権ブリーダーチャンピオンシップでしょう」


「ぶりーだーちゃんぴょんしっぷぅ?」


「そうです。わかりやすく言うと獣使いの頂点を決めるガチンコ対決――と、いったところでしょうか。グランスロード王国には、獣人故か獣使いビーストテイマー適性の戦士が多い。我が国にいる2人のプラチナプレート冒険者は、どちらも獣使いビーストテイマーの適性。それぞれが指揮するブリーダー集団、東のスノーホワイトファームに西のネクロエンタープライズはあまりにも有名! 冒険者であれば聞いた事くらいあるでしょう。ねぇ、九条様!?」


「え? えぇ……まぁ……」


 何故かヒートアップするローゼスに、知りませんでしたとは言えない雰囲気。その勢いに負け、適当な相槌を返してしまった。

 隣のミアも、不思議そうに首を傾げているだけ。ギルド担当が知らないのだ。きっとローカルなイベントに違いない……。

 それよりも気になったのは、西のブリーダー集団とかいうネクロエンタープライズだ。もう名前が怪しすぎる。

 ケシュアに素早く視線を向けると、あからさまに逸らされる視線。

 詳細は後で聞くとして、もはや溜息しか出ない。


「そんな一大イベントが中止になるかもしれないなんて……」


 残念そうに項垂れるローゼス。祭りの名前だけ聞けば、日本のお盆のようなものだと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。

 何故、故人を偲ぶのに従魔同士を争わせるのか……その理由は不明だが、ひとまずは慰めの言葉でも掛けておこう。


「えーっと……。心中お察しします……」


「ですよね!? そう思うならば、九条様とケシュア様には是非全力で調査をしていただいて、お早く事態の解決を――。具体的には2ヵ月以内に……」


 なるほど。祖霊還御大祭それいかんぎょたいさいの行方は、黒き厄災の動向次第と言ったところか。

 少なくとも、ローゼスがそれを楽しみにしていた事だけは理解した。


「確約は出来ませんが、頑張らせていただきます……」


 迷惑かけまくってんな――と、他人事のような素振りを見せつつも心の中では謝っておこう。本当に申し訳ない。

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