第453話 誕生日

「とは言ったものの……。持ち歩くわけにもいかんしなぁ……」


 防具屋のせがれの想いは重い。ひとまずカガリに部屋まで運んでもらったのだが、着用しないフルプレートアーマーを持ち歩くのも大変だ。

 ゲオルグのアゲート製の鎧はその軽さ故まだ許せるが、これは鉄の塊である。


「着てみたら?」


 ミアの言葉に騙され上半身だけ装着してみたが、やはり重いだけである。

 着るのにも時間が掛かるし、俺には少々大きすぎる。

 動く度にガリガリと擦れる金属特有のノイズは耳障りでしかなく、世の兵士達はこれを着ているのかと思うと、最早尊敬にすら値する。


「神殿騎士みたいでカッコイイよ! おにーちゃん!」


「そうかぁ?」


 神殿騎士とは、教会に所属する騎士達の事。ローブの上から鎧を着込んでいる為、下半身がスカートを履いているようにも見え、一目で見分けがつくそうだ。

 実際に見たことはないが、教会が幅を利かせているシルトフリューゲルではよく見かけるのだと、バルザックが教えてくれた。


「防具屋のせがれには悪いが、今回これはお留守番だな」


 使う予定もないのにグランスロード王国にまで持っていく理由はない。

 脱いだ鎧を部屋の隅に片付けると、代わりに取りだしたのは大きなリュック。


「そろそろ荷物を纏めておくか……」


 後は迎えを待つばかり。正直気乗りはしないが、旅行に行くと思えばいい。

 調査予定である、黒き厄災と呼ばれるデメちゃん復活の原因は既に判明している。

 何もかもが自分の所為なのだから、その後始末とでも思えば重い腰も上がるというもの。

 それにやる事は決まっている。何もしないのが今回の仕事だ。

 余計なことはせず、調査を装いながらも封印が解けた理由をそれっぽくでっち上げ、相手側を納得させればいいだけ。

 ついでにこれ以上暴れませんよ――とでも匂わせておけば、完璧だろう。楽な仕事である。

 そんなことを考えながらも無事荷物を纏め上げ、準備万端とばかりに立ち上がると、ベッドの上にはナマケモノが1人。


「ミア、荷物は纏めなくていいのか?」


「もうちょっとしたらするぅ……」


 珍しい事もあるものだ。子供とは思えないほどしっかりしているミアだが、返って来たのはだらけ切った猫なで声。

 余程気に入ったのか、先程受け取った毛皮のマントを大事そうに抱え、スリスリと頬ずり中である。

 ブルーグリズリーの毛皮製品は、他とは違いそこそこ高級な部類。

 そもそも狩るだけでも相当な実力が必要。その上、傷1つない極上の毛皮であれば、取引価格がどれほどのものかは想像に難くない。

 ギルド職員であれば、その相場も知っていよう。ミアがダメになってしまうのも頷けるが、その原因はそれだけではなかった。


「折角のおにーちゃんから誕生日プレゼント。もうちょっと堪能したいもぉーん」


 自分の耳を疑うほどの衝撃に、一瞬にして真顔になった。

 それは、持っていたリュックが手から滑り落ちてしまうほど。


「……ミア……。今……なんて?」


「え? もう少し堪能したいって……」


 恐らくは酷い顔をしていたに違いない。ミアが俺の見てぎょっとしたくらいだ。


「その前だよ! 誕生日って言ったのか!?」


「そうだけど……」


「何時だ!?」


「今日……」


 今日はずっとそばにいた。なのにミアはそんな素振りを全く見せなかった。

 悪い冗談かと視線を逸らすも、その先にいたカガリはゆっくりと首を横に振る。


「何で言わなかった!?」


「聞かれなかったし……」


「ぁぁぁぁ……」


 取り返しのつかない大失態に力なく項垂れ、膝から崩れ落ちると自責の念に駆られる。

 何故気付かなかったのか……。誕生日に関連する話題が俺の周りから出てさえすれば、その流れで聞くことも出来たはずなのだ。

 しかし、こちらの世界に来てからは、そんな話題なんて……。


 ハッとした。あったのだ。誕生日に関する話題が……。しかも2度もである。

 1度目は、娘の誕生日よりも仕事を優先してしまったスタッグギルド支部長のロバートの話。

 2度目は、リリーの生誕祭で使われるはずだった予算を、第2王女のグリンダがノルディックの鎧につぎ込んでしまった話だ。

 どちらも絶望的なタイミングではあったが、少なくともチャンスはあった。


「何故、俺はあの時気付かなかった……」


「え? 何の話?」


 あまりの動揺に、自問自答する心の声が漏れてしまったとでも言うべきか……。

 もちろん理由はそれだけではなく、俺が自分の誕生日に執着していないと言うのも大きな原因の1つだろう。

 それはこの世界に来た事で、曖昧になったからではない。そもそも独り身である為か、祝うことなどしなかったからだ。

 親に言われて、そういえば……と思い出すくらいどうでもいい日。この歳になると誕生日は億劫だ。歳をとっていい事なぞ1つもない。

 だが、ミアは違う。俺が率先して祝ってやらなければならないのに……。


「おにーちゃん? 大丈夫?」


 俺の顔を覗き込むミア。その声で我に返った。

 今更後悔したところで何も始まらないのだ。そんな暇があるなら、汚名返上に全力を尽くすべきである。

 ガバっと勢いよく立ち上がると、ミアの両手をガシッと握る。


「ミア! 誕生日おめでとう! 今からでも遅くはない! 俺が盛大に祝ってやるからなんでも言ってくれ!!」


「え? このマントで十分だよ?」


「ダメだ。それは元々誕生日とは関係ない。もっと別の……」


 その時だ。何者かの気配に扉の方へと顔を向けたカガリ。

 一拍置いて扉がノックされると、聞こえてきたのは物静かな男性の声。


「九条様。夜分遅くに申し訳ございません。グランスロード王国より参りました……」


「うるせぇ! 俺は今誕生日で忙しいんだ! 後にしろッ!」


「し……失礼しましたッ! お話だけでもとお伺いしたのですが……。また明日、出直させていただきますッ!」


 裏返った声が廊下に響き渡ると、バタバタと慌てて去って行く来訪者。


「さぁ、ミア!」


「おにーちゃん……」


 呆れた様子の瞳。ミアの声から感じる不満の色。俺はそこでようやく冷静になれた。

 確かに、来訪者への対応は不遜であり反省すべきだ。しかし、ミアの誕生日の方が優先順位は上である。


「悪かったよ。だが、今は誕生日を先に……」


「わかった! じゃぁ、私のお誕生日は、おにーちゃんのお仕事が終わってから改めて――ってのは、どうかな?」


 これでは、俺の方が聞き分けのない子供よう。

 自分の事よりも仕事を優先する当たり、俺なんかよりもミアの方がずっと大人びている。

 子供なのだから我が儘を言えばいいにとも思うのだが、ミアの人生がそれをさせないのだろう。

 世知辛い世界である。俺が子供の頃は、処世術なんて言葉すら知らなかったと言うのに……。


「まぁ、ミアがそれでいいなら……」


「じゃぁ決まりっ! 楽しみにしてるからねっ!?」


 俺へと向けられたその笑顔の為、今回の仕事は全力で取り組もうと心の中で誓ったのである。

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