第452話 鉄は熱いうちに打て
防具屋からの帰り道。ミアはやや不満そうに頬を膨らませていた。
その原因は、俺が防具屋のせがれの申し出を断ってしまったからだろう。
「おにーちゃんが村を助けたのは事実なんだよ? 防具屋さんの厚意なんだから、素直に受け取ればいいのに……」
「いいじゃないか。カネはあるんだし」
「そうかもしれないけど、お金だって無限じゃないでしょ? 節約しろとは言わないけど、計画的に使わないとすぐなくなっちゃうよ? それに素材持ち込みの加工依頼なのに相場より高い気がするし……」
ミアの言うことは尤もだ。子供にお金の使い方を諭されるのも情けない話ではあるが、無計画に使っている訳ではないのでその辺りは安心してほしい。
「ミア。タダより高いものはないんだぞ?」
それに小さく首を傾げるミア。
「どういうこと?」
「無償だったり安価であったりするものは、後になってそれ相応の対価を支払うことになる――ってことだ。安く買ったはいいが、すぐに壊れて修理代の方が高くついた――なんてことになるかもしれない。それに俺がカネを払わなかったせいで防具屋が潰れたら、後味が悪いだろ?」
「確かにそうだけど……」
今すぐ潰れるようなことはないとは思うが、こんなド田舎の防具屋が儲かるのかと言われたら、素直にハイとは言えないだろう。
店先に置かれたフルプレートアーマーは、埃の被った年季物。それに需要がないことくらい、村に住めば一目でわかる。
武器屋は金属製の農具なども手掛けていて、そこそこの売り上げはあるようだが、防具屋は革製品が主な収入源。
その原材料であるウルフとブルーグリズリーは村では狩れなくなってしまった。
となると、隣町から買う以外に方法はなく、仕入れ値が今までより割高になってしまうのは想像に難くない。
故に、その分が上乗せされたと考えるのが妥当だが、法外というほど無茶な額でもなかった。
「カネがない時は甘えることもあるかもしれんが、ある内はしっかり払っておくもんだ。お互いが対等であればどちらかが困った時、手を差し伸べやすいだろう?」
「じゃぁ防具屋のおばぁちゃんは、それがわかってたってこと?」
「そうかもな。長い事ここで商売をしてきたんだろう。中には俺のような奇特な客もいたんじゃないか?」
と、言ってみたものの、実際はわからないというのが本音だ。
少なくとも、ウルフとブルーグリズリーの禁猟は俺の所為。もしかしたら怨まれているのかもしれないが、後悔はしていない。
だからこそ2着でよかった物を4着依頼し、相場より高かろうとも嫌な顔1つせず代金を支払った。
信用がカネで買えるのであれば、安い買い物なのである。
「九条さん! 待って下さい!」
突如、後方から聞こえた声に振り返ると、何故か荷車を引き駆けてくる防具屋のせがれ。
「よかった。追い付いた……」
夕陽を受け、肩で息をしつつも服の袖で額の汗を拭う。
「どうした? 何か言い忘れか?」
「先程は、ばぁちゃんがすいません。それで、九条さんに受け取ってもらいたい物が……」
防具屋のせがれが、荷車から降ろしたのは大きく重そうな麻袋だ。
「これを俺に?」
「はい。ばぁちゃんがカネは受け取らないだろうからって……」
少なくとも、怨まれてはいないようだ。
俺の前に置かれた麻袋の口を開けると、その中身に目を細めた。
それは防具屋に飾ってあった1着の金属製フルプレートアーマー。少々埃が被っているのは、俺がこの村に来た時から置いてあった物だから。
今でも履いている革製のブーツ。それを買った時に、一緒にオススメされたのを覚えている。
うろ覚えだが、確か値札には金貨40枚と明記されていたような……。
「物品でも受け取らないが?」
「わかってます。なのでコレは、村の為に役立ててほしくて……」
なるほど。そう来たか。お礼の品と言えば受け取らないが、村の為と言えば断り辛いと――。
さて、どうしたものか……。肉体派の戦士じゃない俺には扱いきれないと突っぱねるのは簡単だが……。
「これは俺が初めて打った鎧なんです。出来の割には強気の値段設定だったんで、ずっと売れ残ってて……」
「鎧の良し悪しは俺にはわからんが、村に需要があるかと言われると難しい事くらいはわかる」
それを聞き、苦笑いを浮かべる防具屋のせがれ。
「ばぁちゃんにも、昔同じことを言われました。無駄に材料を使ってめっちゃ怒られて……。だから、村の為に使ってもらおうと――九条さんなら有効に使ってくれるだろうと思ったんです」
真に迫るとでも言おうか……。俺と視線を合わせるその瞳に迷いはない。
「……わかった。大事に使わせてもらうよ」
「ありがとうございますッ!」
勢いよく頭を下げる防具屋のせがれ。礼を言うのはこちらだと思うのだが、託された想いを無下にするのも野暮である。
最悪溶かしてしまえば再利用は出来るはず。なのにそうしなかったのは、このプレートアーマーにそれだけの想いが込められているからだろう。
それが処女作であるならば、誰かに使ってもらいたいという気持ちは、なにも防具屋に限ったことではないはずだ。
武器屋にしたって同じ鍛冶師。大工に農家に料理人。モノ作りの根幹にあるものは、ジャンルは違えど本質は同じ。
想いを込めて作ったモノが誰かに使われ役に立つ。そこに悦びを感じるからこそ、彼等は職人と呼ばれるのだ。
「よかったね。おにーちゃん」
「ああ、そうだな」
ミアの言葉に相槌を打つ。恐らくそれは、プレートアーマーを貰った事に対する感動詞。
だが、俺にとっては怨まれていなかった事への安堵の方が大きかった。
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