第420話 後始末
「おにーちゃん。今日はどこ行くの?」
「まずは砦の跡地に行って、その後は観光しながら雑貨屋か貴金属の店でも巡ろうかな」
「捕虜の人を取り返しに、敵が攻めてくるかもしれないから?」
「んー。まぁそれもあるが、今回の俺の目的は魂の回収なんだよ」
シュトルムクラータの街を出てフェルス砦跡地へと歩みを進めているのは、俺とミアとカガリ。
ヴィルヘルムは捕らえたが、停戦交渉はまだ先の話。危険がないとも限らないので俺だけの予定だったのだが、ミアがどうしてもというのでこのような形になった。
あと数日で婚約公示期間が明け、それと同時にアレックスとレナの挙式。それまでにシルトフリューゲル側に伝令として赴いたアドルフ枢機卿が戻らなければ、街の教会から他の司教を呼ばなければならないのだ。
ローレンスが教会と裏で繋がっているならアドルフ枢機卿もヴィルヘルム側だった可能性は否めず、万が一相手側の陣営にアドルフ枢機卿がいた場合、バルザックの隕石落としでシルトフリューゲル軍もろとも吹き飛ばしているかもしれないのだ。その為、魂を回収しての死亡確認をしようという訳である。
「ここに砦があったなんて信じられないね」
「そ……そうだな……」
なだらかな坂道を下っていくと、そこはフェルス砦のあった場所。今は少しの基礎と無数の瓦礫が散乱しているだけで見るも無残。
まだ形を残している建材は再利用できそうだが、再建にはかなりの骨を折りそうだ。
「そういえば、おにーちゃん。グリンダ王女様にノルディックさんの魂が憑いてるって言ってたけど本当?」
「いや? 自白させるための作戦なだけで何も憑いてないぞ? ノルディックならウチのダンジョンにいるだろ?」
「やっぱりそーなんだ。王女様のおにーちゃんを見る目がなんか怖かったから……。もし……もしだよ? ノルディックさんの魂を呼び出してってお願いされたらどうする?」
「第2王女の頼みを聞いてやるいわれはないから普通に断るだろうな。……というか、今の状態では無理なんだよ。デュラハンと化したノルディックを解放したらどうなるか、俺にもわからないんだ。最悪、肉体と同時に魂も消滅してしまうのかもしれない。やってみないとわからんというのが本音だ」
「そっか……。なんか王女様かわいそう……」
被害者であるミアから、まさかそのような言葉が出て来るとは思わなかった。
ミアの悲壮感漂うその表情は、恐らく本心。煽っているわけではなさそうだ。
第2王女が反省し、改心したと言うならばその意図も汲み取れるが、贔屓目に見てもそれはない。
「どうしてそう思うんだ? 因果応報じゃないか……」
「うん。わかってはいるんだけど、自分がもし王女様と同じ立場だったらって考えると……。私はおにーちゃんと会えなくなったら寂しいもん。おにーちゃんは、私がいなくなっちゃったらどうする?」
「いなくなる予定なのか?」
「そうじゃない……けど……」
その真意は何処にあるのだろうか? 単純に俺の前から姿を消すだけであり、それがミアの意思であるのなら尊重しよう。しかし、そうではなかった場合……。第2王女がノルディックを諦められないように、俺も無駄に足掻こうとするのだろうか……。
死霊術で呼び出した魂に仮初の肉体を与えることは可能だ。それを生きていると定義するのは難しいが、意思疎通が出来ないよりはマシだろう。
それを本人が望むかは、また別の話ではあるのだが……。
「ミアがいなくなると困るなぁ。俺はウサギと一緒で寂しいと死んじゃうからなぁ」
「そんなわけないでしょ!」
ミアは、カガリの上で腰に手を当てご立腹の構え。真面目な話なのはわかっているが、少々茶化し過ぎただろうか?
だが、そんなことは考えたくもなかった。それを未然に防ぐ為にも俺がいるのだ。
今の俺にとって、死は本当の意味での別れではなくなってしまった。それはミアだって知っていること。だからこそ生きている前提で解釈した。
「そうだなぁ……。ミアがいなくなったら、全力で探し出すだろうなぁ。なんたって俺には優秀な従魔達がついてる。王族や貴族にも知り合いがいるし、今までの恩を返せと脅してミアを探させるのも悪くない」
「ホントに? 別の担当さん取ったりしない? グレイスさんとか美人だし……」
「するわけないだろ。俺がギルドに所属しているのはミアと一緒にいる為だぞ? ミアがいなきゃギルドなんてとっくの昔に辞めてるよ」
「ホントにぃ? 辞めちゃったらどうするの?」
「そうだなぁ。自給自足の生活も悪くないが無一文も心配だな……。カネがなくなれば何処かで仕事を探すとは思うが……」
恐らくそうなっても生活には苦労しないだろう。元プラチナプレートという肩書はデカイ。現代版死霊術の魔法書を買えば占いなどでも食っていけるだろうし、イタコの真似事で開業するのも悪くない。
ネクロガルドなら俺を高く評価してくれそうだが、何をやらされるかわかったもんじゃない。それは最終手段といったところか……。
「そうだ! 再就職先はシーサーペント海賊団なんてどうだ? 多分顔パスで入団出来るぞ?」
「ダメ! それじゃおにーちゃんが捕まっちゃう!」
「……じゃぁ、そうならない為にもミアには俺を見張っててもらわないとな」
そう言いながらもミアの頭を撫でてやると、満足したのかパァっと明るい笑顔を見せる。
「うん!」
ひとまずは安堵したのか機嫌を戻した様子で、その後は久しぶりの外出を無邪気に堪能するいつものミアであった。
砦の跡地を超え、バルザックの作ったクレーターへと向かう。もちろんシルトフリューゲル陣営とは反対側だ。
小高い丘のように盛り上がった縁を登っていくと、見えてきたのは巨大な蟻地獄。その底にはうっすらと水が溜まっていた。
地下水が溢れ出しているなら、いずれはここもクレーター湖のようになるのかもしれない。
「カガリ。どうだ?」
「近くに人の気配はありません」
「よし」
ミアには見えていないであろう彷徨う無数の魂を前に、予め用意しておいた麻布を地面に敷き胡坐をかく。
うっすい麻布を何重にもしたところで、剥き出しの大地に正座をするのは流石にキツイ。
「よっこらせっと……」
辺りに人がいないとは言え、ここは戦場であった場所。長居をするつもりはなく、さっさと仕事を終わらせてしまおうと大きく深呼吸をしてから
奈良の大仏と同じポーズだと言えば、わかりやすいだろうか。
今風に言うなら『どしたん? 話聞くよ?』と、迷える魂達に訴えかけているのである。
ほんの少しとは言え、ここは敵国の領土内。声を出しての読経に気付かれてしまえば、問答無用で襲われかねない。見たこともない怪しげな儀式をしていれば、それも当然。故の
数分ほどで集まって来た魂達が頭上でやわらかな渦を巻き、
そっと閉じた魔法書を見て、横からひょっこりと顔を覗かせるミア。
「終わった? すーききょーいた?」
「いや、喜ぶべきか悔やむべきかわからんが、アドルフ枢機卿はいなかった。ついでに言うとローレンス卿もだ……」
「そっか……」
「よし、用事は済んだ。さっさと帰って昼飯にしよう。その後は、ミアも観光……するだろ?」
「うん!」
硬い地面に手を突き立ち上がると、俺達はそそくさとその場を後にした。
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