第421話 結婚式

 アレックスとレナの挙式会場。そこは婚約式が行われた場所と同じ大きなホールだ。

 高い天井に幾つものシャンデリアが下がり、真っ直ぐ伸びるレッドカーペットの先には真っ白な布で覆われた主祭檀。

 そこに立っているのはアドルフ枢機卿ではなく、街にある教会の司祭である。

 結局アドルフ枢機卿は戻ってこなかった。ヴィルヘルムが捕らえられたことにより、自分との繋がりが露見したことを恐れ逃げ出したと考えるのが妥当だが、どちらにせよ最初から戻ってくる気はなかったのだろう。

 ヴィルヘルムの計画が成功していれば、結婚式は葬式になっていたのだから。


「いやぁ、それにしてもレナ様が影武者だったとは……。さすがはニールセン公。何手先を読んでいるのか……。生涯現役もあり得ますなぁ」


「うむ。我々は見事に騙されましたな。敵を騙すにはまず味方からとは言うが、まさか実の息子であるアレックス殿の結婚式を利用し敵軍の将を無血で捕らえて見せるとは……。いやはや、その知略には恐れ入った」


「しかし、結婚式までが仕組まれた事ではなく本当に良かった。これでニールセンとノースヴェッジは、両家とも暫くは安泰でしょう」


「それにしても、グリンダ様の今後を考えると頭が痛い……」


「恐らくですが、派閥はニールセン公がそのまま引継ぐ形になるのでは? 今回の働きは見事と言わざるを得ない。ニールセン派が誕生してもおかしくはありますまい」


 ズラリと並んだ長椅子に座り、新郎新婦の入場を今か今かと待ちながらも、話題には事欠かない招待客達。

 聞こうとしなくとも耳へと入ってきてしまう会話の内容から、ニールセン公が上手く皆を説得したのだろうと俺はひっそり胸を撫でおろしていた。


「ミアちゃんが聞いたら機嫌を損ねちゃうかもね」


 俺の隣でそっと耳打ちしたのはシャーリーだ。


「ん? 何故だ?」


「だって、その殆どが九条のおかげじゃない? 九条の手柄をニールセン公が横取りしたようにも見えるでしょ?」


「ニールセン公がその手柄を俺から買った――と考えれば角も立たないだろ? 一応報酬は出すって言ってくれてるし」


「報酬ねぇ……。何を貰うかは決めたの?」


「ああ。一応な」


「ホントに? 教えてよ」


「当ててみな」


「えぇ……。うーん……難しすぎる……。九条が欲しい物ってなんなのよ……」


 顎に手を当て、本気で悩み始めるシャーリー。

 誰もが羨むだろう地位、名誉、カネといった単純な欲求や煩悩は必要ないと断り続けているのだ。そんな俺の要求なぞわかるはずがない。

 しばらくすると挙式の準備が出来たのか、式場に鳴り響く楽団のファンファーレ。

 同時に正面の扉が開かれると、そこに立っていたのは燕尾服に身を包むアレックスに、純白のドレスを纏ったレナ。

 多くの招待客達が感嘆の声を漏らす中、腕を組みながらも花弁が敷き詰められたバージンロードをゆっくり歩いて行く2人。

 アレックスの視線は、真っ直ぐで真摯。それは第2王女を糾弾した時の、真に迫るニールセン公の面影を感じるほどに凛々しく、質実剛健であった。

 もちろんその後ろには婚約式と同様にヴェールガールを務めるミアと、銀製のトレーを吊った紐を咥えた2匹の白いキツネの魔獣。

 さすがのミアも2回目とあらば緊張の様子をさほども見せず、途中目の合った俺に微笑みかけるほどの余裕が感じられた。

 2人が主祭檀に辿り着くと、司教の前に跪く。

 楽団の演奏が止まり、司教が2人の額に触れると、囁きのような祈りを捧げる。

 それが終わると2人はゆっくり立ち上がり、お互いが向き合うと気恥ずかしそうに微笑んだ。


「新郎アレックス。あなたは新婦レナを永遠の妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、妻を愛し、敬い、慰め合い助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「誓います」


「新婦レナ。あなたは新郎アレックスを永遠の夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、夫を愛し、敬い、慰め合い助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


「はい。誓います」


「よろしい。……それでは誓いの指輪の交換を」


 カガリと白狐が運んで来た銀製のトレー。その上にちょこんと乗せられていたのは誓いの指輪だ。

 自害用の短剣とは違い、何の飾り気もないゴールドで出来たシンプルなウェディングリング。

 最初にそれを手に取ったのはアレックス。スッと差し出されたレナの左手に手を添えると、誓いの指輪を薬指へと嵌める。

 レナはそれを自分の目の前に掲げ、感慨深く見つめていた。

 ある意味子供の頃からの夢が叶ったのだ。それに呆けてしまうのも仕方のない事だが、それは少々長すぎた。


「ゴホン……」


 見かねた司祭の小さな咳払いで我に返ったレナは、慌てた様子で白狐から指輪を受け取ると、差し出されたアレックスの手に指輪を嵌める。

 その様子に、アレックスの口元が僅かに緩んだのも束の間、見つめ合う2人が距離をぐっと縮めると優しく唇を重ね合わせた。

 楽団の演奏が場を盛り上げ、招待客達から巻き起こる拍手。お互いのぎこちなさが実に初々しい限りだ。

 別れを惜しみながらも離れていく唇。2人が完全に目を開けるとようやく実感が湧いたのか、ほんのりと紅く染まる頬にアレックスは笑顔を見せ、レナは恥ずかしそうに俯いた。

 長い拍手が鳴り止むと、アレックスは招待客へと向き直る。


「私達2人は、本日皆様の前で結婚の誓いをいたします。今日という日を迎えられたのも、両親の……皆様の御尽力のおかげです。それを無駄にせぬようこれから先、いかなる障害があろうともお互いの心をひとつに、共に助け合い、そして家の名を汚す事のないよう精進し、明るく幸せな家庭を築くことをここに誓います!」


 アレックスとレナが目を合わせると、揃ったお辞儀を披露する。再び2人には惜しみない拍手が贈られ、ニールセン公とノースウェッジ卿は目に大粒の涙を溜めていたのだ。

 鳴りやまぬ拍手の中、退場していく2人。その様子は少々落ち着きのない歩幅で微妙に揃っていない。

 それが何処か、張り裂けそうな喜びを必死に我慢している子供のようにも見えたのだ。

 いや、きっと気のせいだろう。なぜなら、彼等は結婚と言う名の人生の節目を乗り越え、人としてまた1歩成長したのだから。

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