第402話 ズッ友フードル

「エルザさん!?」


 縛っていたエルザが忽然と消え、その扉の先はダンジョンの奥へと続く道。

 カイルの話を聞き、村がなくなるかもしれない事態に皆がショックを受けてしまうのは仕方のないことではあるが、エルザはその隙を見逃さなかった。

 その目的は不明だが、エルザを逃がしたとあっては一大事。

 それが九条に知られても殺される――なんてことはないだろうが、叱責は免れずコット村が見限られてしまう可能性もなくはない。

 そう思ったソフィアが、エルザを追いかけようと脚に力を込めた瞬間、その通路の先から耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 それはまさに今逃げ出したエルザの声。さすがのソフィアも追うのを躊躇し息を呑む。


(九条さんが4層より下に行くなと言っていたのは、魔物が出るから!?)


 ソフィアだってギルド職員の端くれ。ダンジョンのイロハは心得ている。1人でダンジョンに潜るのがどれだけ危険な事かは知っているのだ。

 ソフィアが二の足を踏んでいると、徐々に近づいて来る何者かの気配。

 そして聞こえてきたのは、誰かと言い争うエルザの怒鳴り声だ。


「……なせ! ……離せと言うのがわからんのか!!」


「うるさいババァじゃのぉ……」


「ジジィに言われとうないわ! さっさと下ろせ!」


 宙で暴れ回るエルザの首を片腕で持ち上げ運んで来たのは、1人の老人。

 ダークエルフのような肌の色。白髪の分け目から覗いていたのは魔族の証である漆黒の片角。


「ま……魔族ッ!?」


 一斉に騒がしくなる避難所。悲鳴が飛び交い、我先に逃げ出そうとパニックを起こす村人達。


「黙れ人間共! このババァを殺すぞッ!?」


「ひぃ!」


 フードルが一喝すると、ピタリと動きを止め静まり返る村人達。彼等の目は絶望の色に染まっていた。


「……なーんちゃって……」


 その表情を緩めたフードルであったが、それが冗談で通じるはずがない。

 そもそもフードルはケンカをしに来たわけじゃない。捕まえたエルザを戻そうとしただけである。

 微妙な空気が流れる中、エルザの声だけがけたたましく響いていた。


「早く下ろせ! クソ魔族!」


「ちょっと黙っておけ。【精魂束縛アストラルバインド】」


 それは精神のみを拘束する魔法。エルザはフードルの手の中で身動きを止めると、手足は力なくダラリと垂れ下がり白目を剥く。


「し……死んだ!?」


「物騒な事を言うな。殺しとらんわい。精神の動きを止めただけじゃ。放っておけば1日で元に戻る」


 そう言うとフードルは持っていたエルザを無造作に放り投げ、それは地面をごろごろと転がり横たわる。


「九条から聞いておるぞ? 恐らく何かから避難してきたのだろうが、約束は守らんとなぁ……」


 投げ捨てたエルザにチラリと視線を向けるフードル。

 そんな魔族を前に、一般人が出来ることと言えば命乞いをするくらい。しかし、相手には話し合う意思がある様子で、その口から九条の名前が出たのである。

 それならばとソフィアは勇気を振り絞り声を出した。


「し……失礼しました。私はソフィア。臨時ではありますが、この者達の代表を務めています。……不躾ではありますが、九条さんとのご関係は……」


「そうじゃのぉ。知り合いと言えば知り合いなんじゃが、何と説明すればよいか……」


 出てくるつもりのなかったフードルではあったが、ルールを破ったエルザを見過ごすわけにはいかなかった。

 波風を立てずに説明するにはどうすればいいのかと頭を悩ませるフードル。

 そこに突如、声高に身を寄せてきたのはシャロンである。


「あ……あぁーッ! お久しぶりです! 元気にしてましたか!?」


 この中では、シャロンだけがフードルの事を知っている。しかし、その名前は出せないのだ。

 それは九条が倒したことになっているのだから。


「えーっと……紹介しますね。こちらは…………。そう! グレゴールさん! このダンジョンに元から住んでいる魔族の方です!」


 シャロンにはそれしか思いつかなかったのだが、咄嗟に考えたにしては筋が通っていた。

 このダンジョンは九条が所有しているが、バイスとネストが魔法書探しで殺されかけたと報告している魔族は記録上まだ生きている。

 討伐の報告はギルドにされていないのだ。


「ほ……ほら! このように無害で、九条様とグレゴールさんはズッ友なんです! ね……ねぇー?」


 フードルに向かって必死にウィンク送りながらも、その腕を自分の肩に回し無害をアピールするシャロン。


(ズットモってなんじゃ!?)


(親友のことです!)


 その意図に気付き、フードルもぎこちない笑顔を作るとそれに乗る。


「そ……そうじゃ。ワシの名はグレゴール。このダンジョンに住んでいる。九条とはズッ友で、えーっと……魔族じゃが悪い魔族じゃなくて、良い魔族なんじゃ。人畜無害で人を食ったりはせん。ほら、こんなに愉しそうじゃろ?」


 魔族に良いも悪いもない。半ばやけくそ気味に言い放つフードルであったが、それは一定の効果があった。

 なんとなく怪しくも感じてしまうシャロンとフードルの言動ではあるが、人間と魔族が肩を組み笑顔を向けているのだ。

 話が通じて尚且つスキンシップもできる間柄。それは常識的に考えてあり得ぬこと。


「ほら。ニーナ。あの時の……」


 シャロンに言われて思い出したニーナは、フードルに向かって頭を下げた。


「あ……あの時はホーリーアローで直接狙ってすいませんでしたッ!」


 もちろんフードルはあの時なぞ知る由もない。


「あの時……? あ……あぁ、あの時な。いやいや、覚えておるとも。もう過ぎた事だ。別に怒っていないから気にしないでよいぞ? ……だが、最近は歳で物忘れが激しくてな……ハハハ……」


 一貫して話し方は穏やかであり、何かの過ちを犯したであろうニーナを笑顔で許すだけの度量は持ち合わせている。

 そして九条の従魔達もフードルに対して警戒するそぶりを見せない。

 これだけの条件が揃っていれば、フードルに対する村人達の警戒心が徐々に薄れていくのも時間の問題であった。


 グレイスとニーナが横たわるエルザを再び縛り上げると、フードルは地面に腰を下ろした。

 フードルも村人達と同じく緊張していたのだ。戦闘時以外で大勢の人間に囲まれることなぞ、滅多にないこと。

 人間と魔族が出会ってしまえば、脱兎の如く逃げ出すか、殺し合いになるのが世の常だ。

 九条のいない場での人間との交流は、アーニャを除いて初の試み。

 九条の村の住人達であるなら、それはアーニャの世話になっている者達と同じこと。機嫌を損ねるのは得策ではない。


(まさかワシが人間に媚びを売る時が来るとはのぉ……)


 そう思いながらも、フードルはこの状況を楽しんでいた。


「それで? 九条から避難先としてここを使うかもしれないとは聞いておったが、お前達はモフモフアニマルビレッジの者達じゃろう?」


「モフ……そうです」


 言葉に詰まるも、訂正することなく頷くソフィア。


「何ゆえ避難を? 害獣か? それとも盗賊か? 確か1度襲われておるんじゃろう?」


「いえ、そうではなく……」


 そこに割って入ったのはカイル。やり場のない怒りを抑えきれず、ソフィアに対して声を荒げた。


「何を悠長な事言ってるんだ! 村がなくなるかもしれないんだぞ!? これは戦争なんだ!!」


「村が他の国から攻められている――ということか?」


「魔族は耳が悪いのか!? それ以外にどう聞こえたんだ!」


「ほう。ワシを前に啖呵を切るとは、人間にしては中々気概のある奴じゃ……」


 ゆっくりと立ち上がるフードルはカイルを強く睨みつけた。

 老いたとは言え魔族である。その気迫は興奮冷めやらぬカイルも我に返ってしまうほど。


「あ……いや……」


 カイルは後悔しながらもビビり散らして後退り。

 ソフィアはそんなカイルを助けようと、必至に頭を下げた。


「すいませんグレゴールさん。皆故郷の村がなくなると思うと気が気ではなくて……。悪気はないんです!」


「何を焦っておる。お前達には手を出さぬと言うたじゃろ。そんなことしたら九条に怒られてしまうわ。むしろ逆じゃ」


「逆?」


「んむ。ワシが村に出向いてその軍隊とやらを追っ払ってやろうと思うての」


「えっ!?」


「そう驚くことはないじゃろ? ワシとしてもモフモフアニマルビレッジがなくなるのは困るからの」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるフードル。それはフードルとしても願ったり叶ったりであるのだ。


(口には出せぬが、娘が村で世話になっておるんじゃ。村がなくなるのを黙って見過ごすわけにもいくまい……。九条には大人しくしていろと言われたが、緊急時なら許されよう。九条にも恩を返して一石二鳥じゃ)

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