第401話 緊急避難
コット村の朝は早い。高齢化の影響もあるが、田舎の村らしく第一次産業が盛んであることも理由の1つに挙げられる。
農業、林業、畜産が主な収入源。村の強みは食料自給率がほぼ100%であるという事だろう。
そんな早起きの農家よりも更に早く起きている者達。それが九条の従魔達である。
キツネ達は村人に癒しを与え、またある時には乳幼児を見守るベビーシッターとしても活躍し、ウルフ達はキツネ達にはない戦闘力を生かして、村のガードマンとして役立っている。
畑や家畜を荒らす害獣の侵入を未然に防ぐのが彼等の役割。シカ程度であれば村人だけでも追い払うことは可能だが、猪や熊となってくると話は別。
そんな時こそ彼等の出番。統率の取れた獣達は、格上であるブルーグリズリーでさえいともたやすく屠る事が可能だ。
もちろんそれだけではない。冒険者を雇えない村人の馬車を護衛したり、時には森の道案内として冒険者に付き添ったりとその活動の幅は広い。
そんな獣達のお目当ては、お礼として貰える餌である。誰かがルールを決めた訳ではないが、それが自然と定着したのだ。
まさにギブアンドテイクなのである。
朝霧が深く、うっすらと明るくなった時間帯。気持ち良く寝ていた獣達を起こしたのは、村に迫る最大級の異変であった。
1匹のウルフが何かに気付き目を覚ます。サッと立ち上がり急いで厩舎を出ると、東へと顔を向け耳を尖らせる。
人間には到底聞こえないであろう僅かな音は、金属同士の擦れる音と馬の蹄。そして湿った鼻孔をくすぐる土煙の匂い。
「――ッ!?」
それが何かを理解し勢いよく木を駆け上ったウルフは、ギルドの屋根に飛び移ると遠吠えを上げた。
早朝の静かな村に響き渡るウルフのそれは途切れることなく続き、7回目でようやく静寂が訪れた。
すると、村が一斉に目を覚ましたのだ。
それは九条が決めた防災警報。数が多いほどその脅威度は高く、5回以上はウルフ達には手に負えないという合図。6回で避難の可能性を示し。7回は即時退去を求めるものだ。
1度は盗賊達に襲われている村。故に対策は万全であり、その経験は生きていた。
非常食や水を詰めたリュックを背負い、家々から慌ただしく出てくる村人達は一直線にギルドを目指し、獣達は家々を回り寝ている者がいないかを気配で探る。
村に泊っていたであろう冒険者達も急に騒がしくなった周囲に戸惑い、重い瞼を上げた。
「お客様! お休みのところ申し訳ございません! すぐに避難して下さい!」
宿屋の主人が大声を上げると、扉が開き宿泊客が顔を覗かせる。
「なんだ? 何かあったのか?」
「只今避難指示が出されました。お早く退去の準備をお願いします! 私もすぐに逃げますので」
「そう慌てるなご主人。避難指示とはなんだ? お代は?」
「九条様が全ての責任を持って下さいますので、お代は結構でございます。兎に角急いで退去をお願いします。お後はギルドの指示に従ってください」
「九条さん!? プラチナのか!?」
周囲の状況とプラチナの冒険者が関わっていると言うだけで、わちゃわちゃと慌てて退去していく宿泊客達。
ギルドに集合する村人達はオロオロと戸惑いながらもギルド職員による点呼を終え、次の指示を待っていた。
「それでは避難を開始します。歩けない方は荷車へ、はぐれた方は最寄りのギルド職員か九条さんの従魔について行ってください。ウルフ達は最後尾を守ってくれますのでそれより後ろにはいかないように!」
「俺達はどうすればいい?」
不安気な表情でソフィアに話しかけたのは宿屋に泊っていた冒険者。
「コット村にお住まいを持たない方は、ベルモントへと避難をお願いします。十分時間はありますので慌てずに行動して下さい!」
キツネ達を先頭にぞろぞろと避難を始める村人達。もちろん何が起こっているのかさえ分かっていない。それでも黙って従うのは、九条に絶対の信頼を置いているからだ。
向かう先は捨てられた炭鉱。今は九条の所有地である。
ソフィアはその入口の前で足を止めた。
「シャロンさん。先導をお願いできますか?」
「わかりました」
この中で唯一炭鉱側からダンジョンへと足を踏み入れた者。シャロンは力強く頷くと、松明片手に従魔達の後を追っていく。
ソフィアやその他大勢の村人達からしてみれば未知の領域。薄暗い炭鉱を黙々と進んでいくと、突然明るい部屋に出た。
岩壁剥き出しの洞窟ではなく、人工的に作られたであろう場所。熱くもなく寒くもない快適な空間は空気も澄んでいて、ダンジョン特有の不快な臭いも全くない。
むしろ炭鉱の方が土臭いと感じてしまうほどだ。
「ひとまずはここで待機です。村の様子はカイルが戻るのを待ちましょう」
そこは、盗賊達がアジトとして使っていた大きなホール。その広さは村人全員を収容しても、まだ若干の余裕がある。
各々が麻布を地面に敷くとその上へと座り込む。事の重大さがわからない子供達だけが初めての場所にはしゃいでいた。
九条から避難先としてこのダンジョンを使う際に、言い渡された条件は4つ。
ダンジョン内は全てにおいて中立地帯であり、どんなことがあっても暴力行為には及ばないこと。
ダンジョンの地下4層より下にはいかないこと。
ダンジョン内でのことを決して口外しないこと。
そしてエルザを拘束し、常に監視をつけることだ。
「何故じゃ!? 何故ワシだけが縛られなければならぬのじゃ!」
「ごめんなさいエルザさん。そういう約束なので……」
申し訳なさそうにしながらもエルザを羽交締めにするソフィア。それに戸惑いながらも縄を掛けるグレイスとニーナ。
もちろん何故なのかは、シャロン以外にはわからない。
それから1時間ほどで1匹のウルフを連れたカイルがダンジョンに姿を見せた。
目は虚ろで顔面蒼白。その様子から、村の惨状は聞くまでもなく最悪の事態なのだろう事が窺えたのだ。
「村はもうダメかもしれねぇ……」
それを聞いて、ざわざわと騒ぎ出す村人達。
「カイル。一体何が……」
「シルトフリューゲルの軍が攻めて来た……。東門が破られる所までしか確認してないが、あの軍旗は間違いない。山の上から確認しただけだが、恐らく200人はいたと思う……。正直、避難出来たのは奇跡だ……」
「そんな……」
村人達は落胆し、シンと静まり返るダンジョン内。
カイルは視線を落とし、歯を食いしばる。
「俺が……俺がもっと強ければ……」
重苦しい空気が漂い、慰めの言葉も見つからない。
そんな雰囲気の中、突如ホールに響いたバタンという物音。
皆が振り返ると、そこには開け放たれた木製の扉と、綺麗に切られたロープが残されていたのだ。
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