第400話 念珠の絆
それから数日後。リリー王女がアップグルント騎士団駐屯地への視察を終えると、茜色の空を背景に皆を乗せた馬車はニールセン公の屋敷へと戻った。
大きな屋敷の玄関に馬車が止まると、係りの使用人がその扉を優しく開け頭を下げる。
そこから天使のように舞い降りる第4王女のリリーは視察の疲れなぞ見せないほどに優雅。
周りの者が恭しく頭を下げる中、その中に1人だけ険しい表情で胸を張る者がいた。
「ごきげんよう。グリンダお姉様」
「九条はいる?」
挨拶なぞせず、ふてぶてしく用件だけを言ってのけるグリンダに対し、ふと後ろに視線を移すリリー。
その仕草だけで答えがわかってしまうほどだが、リリーから出た言葉は辛辣であった。
「私の九条に何か御用ですか? お姉様はお父様から九条への接触を禁じられているはずだと記憶しておりますが……」
王族だからか……それとも不仲だからか……。姉妹だというのによそよそしい会話の応酬。
それに小さく舌打ちをするグリンダではあったが、顔が歪んだのはほんの一瞬だけ。
「そんなことわかってるわ。それでも伝えなければいけない大事な話があるのだけど」
「そうですか。では私が言付かりましょう。それでもよろしいですか?」
「ええもちろん。コット村にシルトフリューゲルの軍勢が迫っているかもしれないとだけ伝えて。確かアンカース領はリリーの派閥の貴族が治める領地でしょ?」
「それは本当ですか!?」
「ええ。確かな筋の情報よ。一応伝えたからね」
「ありがとうございますお姉様。すぐに九条に知らせます」
グリンダは何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべながらもリリーに背を向けると、屋敷の中へと消えて行った。
皆がリリーの部屋に戻ると、九条は慌ただしく旅立ちの準備を進める。
「俺が街を出たタイミングを見計らって、レナが殺害されるでしょう。後は予定通りに……」
「ええ。任せて頂戴」
腕を組みながらも力強く頷くネスト。そんなネストをよそに、リリーは先程の気丈さを何処にやってしまったのか思うほどの落ち込み具合だ。
「いつも九条には迷惑を掛けてばかりで……」
「いいんですよ王女様。守ると約束したのですから精一杯やらせていただきます。……というのは建前ですけどね」
視線を落としていたリリーは不思議そうに顔を上げる。
「第2王女から直接怨みを買っているのは俺ですからね。このへんで第2王女にはぎゃふんと言っていただきましょう。この件が済めばニールセン公も第2王女を見限ると言っていますし……」
「九条? わかってると思うけど……」
「大丈夫です。殺生は簡単ですが、今回は2度目。仏の顔も3度までですから」
「ほとけ?」
「ああ、いえ。3回目は許しませんって事です。それよりも、シャーリーとアーニャはミアの事をよろしく頼む」
「ええ、任せて。モフモフ団の威信にかけて守り通して見せるわ」
自信満々にガッツポーズをして見せるシャーリー。
それを見て部屋の外にまで聞こえるのではないかと思うほどの大声を上げたのは、まさかのネストだ。
「思い出した!!」
その意外性故に皆の視線が奪われるのも当然の結果である。
「どうしたのですか? ネストともあろう者がそのような大声で……」
「なんでモフモフ団なんてパーティ名にしたのよ九条! そういうのは相談してよ!」
「えぇ……今更ですか……」
「派閥の冒険者がモフモフ団じゃ格好がつかないでしょう?」
「いや、別に格好を付けているわけではなく、一時的に必要だっただけで……」
「ならば派閥の規定に則ってパーティ名の変更を要請するわ」
「そんなルールがあるんですか? まぁ、自分はなんでも構いませんが……」
「じゃぁ、あなた達は今日からプリンセスナイツを名乗りなさい!」
腰に手を当て、ビシッと俺を指差すネスト。その堂々とした態度は疑いようがないのだが、カガリの視線がそれは嘘であると俺に訴えかけている。
正直言ってネーミングも胡散臭く、どう考えても裏がある。
「……」
無言で不躾な目をネストに向けていると、溜息をつきながらも口を挟んだのはリリー。
「九条。そんな規則はありませんのでパーティ名を変更する必要はありませんよ?」
リリーは俺に優しく微笑みかけると、今度はネストをキッと睨みつけた。
「ネスト? 冗談でも言っていいことと悪いことがありますよ?」
苦笑いを浮かべるネスト。反省をしているのかと言われたら、微妙なところ。
カガリが嘘を見破ることを知っているのだから冗談なのはわかるのだが、恐らく半分は本気である。
確かに俺はパーティ名にこだわりはないが、プリンセスナイツなんて如何にもな呼称を触れ回れば、周りからの評判がどう変化していくのかは想像に難くない。
外堀から埋めていき、いずれ既成事実となれば仕方なく俺も折れて改めてリリーのナイトに……なんて淡い期待をしているのだろう。
残念ながら、ひとまずは丁重にお断りさせていただいた。
次の日。屋敷の外でまとめた荷物をコクセイに積んでいると、小走りで近づいて来たのはアレックス。
「やはり帰ってしまわれるのですね」
「ああ。村の一大事だからな。出来れば最後までいたかったが……」
少々声を張っているのは恐らくは見られているから。それがグリンダの手の者か、ヴィルヘルムかは不明だ。
「いえ。他国に領地を奪われてはなりません。僕もいずれはこの家を継ぎ領民を守らなければならないのです。個人的な理由で引き留めることなぞ出来ませんよ」
少々寂しそうに笑顔を見せるアレックス。教育の賜物か、それともニールセン公の想いが伝わったのか……。
魔法学院で出会った時の生意気なクソガキだったアレックスからは絶対に出てこないであろう言葉に、頬も緩むというものだ。
「大きな荷物ですね。僕も何かお手伝いしましょうか?」
アレックスの視線の先にあるのは、隣にある大きな麻袋だ。
「いや、大丈夫だ。丁度それで最後だから」
それをやや慎重に持ち上げ肩に担ぐと、コクセイの背中にそっと乗せる。
「よし、準備完了……と言いたいところだが、アレックス。お前に渡す物がある」
「渡す物?」
俺の荷物の中から取り出したのは小さな木箱。紅白の紐をあわじ結びにした水引が掛けてある物だ。
それをアレックスに手渡した。
「結婚式はまだだが、もう確定しているようなものだろう? そのお祝いだと思って受け取ってくれ」
「ありがとうございます! 開けてみても?」
「ああ」
丁寧に紐解かれ箱を開けると、そこにはいくつもの玉に紐を通し束ねた白いブレスレットが入っていた。
いわゆる数珠と呼ばれる物だ。
「これは?」
「それは念珠と言う……簡単に言うとブレスレットだな。新郎には白い念珠を。新婦には赤い念珠を贈るのが仕来りなんだ。まぁ重く受け止める必要はないが、結婚式に出席できない俺の代わりだと思ってくれ」
「ありがとうございます九条さん! ……という事は、レナの分も?」
「ああ。先程渡して来た。同じように喜んでくれたよ。結婚式が終わるまでは付けておいてくれると言ってくれた」
「そうですか」
安堵の表情を見せるアレックス。俺はその両肩に手を置き、アレックスと視線を絡めた。
「……アレックス。お前はレナを信じ切れるか?」
「なんですか急に……」
「大事な事なんだ。答えてくれ」
「……もちろんですよ。当たり前じゃないですか。これから夫婦になるというのに……」
その目は真剣だった。芯の通った真っ直ぐな瞳に、二言はないだろう。
「レナも同じだ。アレックスを信じると……一生ついて行くと言っていた。とは言え、人間迷う事もあるはずだ。途方に暮れ、悩み、葛藤することもある。だが、たとえ裏切られたとしても自暴自棄にだけはなるな。自分を信じ、相手を信じてやれ。それでも迷う事があれば、その時はその念珠を思い出せ。それが2人を繋いでくれる絆になってくれるはずだ」
「ありがとうございます九条さん。憂慮してくださるのはありがたいのですが、僕たちは大丈夫です」
俺はそれに無言で頷きワダツミに跨ると、コクセイもゆっくりと立ち上がる。
「では、行くか九条殿」
「ああ」
「九条さん。ご武運を……」
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