第140話 九条の望み
ほどなくネストとミアが戻りアドウェール王が姿を見せると、王立楽団によるファンファーレが鳴り響き、勲章授与式が盛大に幕を開けた。
まずは祝辞の拝聴から。……内容は全部同じだが、その数がまた多い。迫り来る眠気を我慢し祝辞の読み上げが終了すると、ようやくの受勲だ。
国王の前に4人が並び跪く。俺はとにかく隣のネストの真似をした。ミアも一緒でチラチラと横を見ているのがまるわかりだ。
ミアは最年少での受勲ということで注目されていた。それもあってかガチガチに緊張していたのだ。
「それでは陛下よりバルザック勲章の授与を執り行う!」
それは偉大な功績を残した冒険者に贈られる勲章だ。300年前、1人の冒険者が王を助けたことが切っ掛けとなって設けられた勲章。
ネストの先祖であるバルザックの名が由来である。
宰相であろう男が声を上げると、国王自らの手で勲章を首に掛けていく。それと同時に会場に巻き起こる拍手。
ネスト、バイスと続き次は俺の番だ。といっても、そんなに難しい事じゃない。
勲章を首にかけられたら「ありがたき幸せです」と言うだけ。なんならその後に意気込みを付け加えてもいいと言っていた。
ならば何か気の利いた一言でもと思っていたのだが、王から掛けられた言葉に戸惑い、頭の中は真っ白になってしまった。
「おめでとう九条。……リリーをよろしく頼む……」
最後はとても小さな声だった。しかし確実にそう言ったのだ。
困惑した。これに「ありがたき幸せ」というのはどう考えてもおかしい。しかし、その言葉の意味を考える時間はなかった。
焦った俺から咄嗟に出てしまった言葉は、「あっ、はい……」だった。
我ながら情けないと言わざるを得ない。その返答が正解だったのか、それとも間違っていたのか定かではないが、不意に見上げてしまった国王の顔は、優しさで溢れていた。
慌てて頭を下げると、国王は何も言わずにミアの首に勲章を掛けた。
全員に叙勲し終わった国王は、玉座の前へ戻ると右手を振り上げ高らかに宣言する。
「この者達は己の身命を賭し強大な敵を打ち倒した。それは街を守り、国を守った。これはその栄誉を称えるものである!」
会場が更に大きな拍手で包まれ、盛り上がりは最高潮だ。
この受勲は王が決めたこと。それに逆らう者なぞいるはずがないのだ。1人を除いて……。
「アンカースは侯爵に陞爵し、ケルトを新たな領地として与える。ガルフォードは子爵へ陞爵。同時にバルク平原の領地を与える」
「「おぉ……」」
ネストとバイスが賜った褒美に、周りからは感嘆の声。
「謹んでお受けいたします。陛下のご期待に応えられるよう、誠心誠意努励んでまいります」
2人はその場で再度膝を突くと、胸に手を当て深く頭を下げた。
「冒険者である九条には、我が直轄領ウェルネスと共に貴族位を与え、男爵とする」
「お待ちくださいお父様!」
王の言葉が終わるや否や、声を大にして異議を申し立てたのは第2王女のグリンダだ。
ざわつく会場に、不穏な空気が漂い始める。
「グリンダよ。私の採択になにか不服か?」
「ええ、勿論です。この者に貴族位をお与えになるのでしたら、私のノルディックの方が先じゃありませんこと?」
「おお、そうだったな。グリンダにもプラチナプレートの冒険者がついておったわ。だが、その者が何か功績をあげたのか?」
「……いえ、そういう訳では……。ですが序列で言えば私の方が上です。ですのにその者が1度魔物を討伐したくらいで貴族位を与えるのは、少々やり過ぎでは?」
「その通りでございます」
第2王女に同意の声を上げたのは、他でもない俺である。
国王が与えた褒美を無下にすれば、それは王の怒りを買ってもおかしくない。故に慎重に言葉を選び進言する。
「陛下。ありがたきお心遣い痛み入ります。しかし、自分のような一介の冒険者風情に貴族位は荷が重すぎます。出来れば別の形でいただければ幸いです」
それを聞いても国王は表情1つ変えなかった。まるでそれは最初からそうなると知っていたかのように。
「よかろう。ならば別の褒美を取らせよう。言ってみるがよい」
「はっ! ありがたき幸せに御座います!」
俺はネストやバイスのように跪くと。王に願いを申し出た。
それに会場はどよめき、暗雲が立ち込めたのだ。
「つきましては王宮とカーゴ商会との断絶。それが自分の求める唯一の望みで御座います」
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