第90話 緊急事態

 そこに大きな音と共に扉を開け入って来る警備兵が1人。

 突然の出来事に静まり返るパーティ会場。王立音楽団も演奏を止め、皆がその警備兵を注視した。


「なんだ! 騒々しい!」


 ブラバ卿は怒り心頭である。折角アンカースの悔しがる顔を見ていたのに、それを邪魔されたのだ。

 それ相応の理由がなければと憤慨した。

 しかし、警備兵はそんなブラバ卿のことなぞ眼中にはなく、王の前へと跪く。


「恐れながら申し上げます! 現在この王都にアンデッドの群れが進行中でございます!」


「なんじゃとッ!?」


 皆が耳を疑った。一斉に窓際に詰め寄る貴族に、その護衛達。

 真っ暗闇の中、街の南側からずらりと松明の列が出来ていて、スケルトン達が行列を作り進行して来る様子が確認出来たのだ。

 その規律正しい動きは、群れというより軍と言って差し支えないだろう。

 その列の最後尾は――見えない。


「数は!?」


「推定ですが5000ほどかと……」


「砦やギルドから緊急連絡はなかったのか!?」


「ありません……。恐らく領内にて出現したものかと思われます」


 王の表情が強張りを見せる。

 国同士の戦争であれば、まず宣戦布告があり、貴族達を集め会議を開く。

 その中で全権を預かる指揮官を決め、貴族達から兵を集めるのだ。

 しかし、今この場に兵を率いて来ている者などいるはずがない。

 城の兵力のみでの戦いを強いられる。

 城内だけで今すぐ用意できる兵は3千程度。前もって貴族達に兵を出させれば3万は集まるだろうが、間に合うわけがない。

 アンデッド軍団の先頭は、すでに街の南門付近まで迫って来ていた。


「南側の住民には避難指示を! 絶対に門を開けてはならん! 冒険者達にも通達を出せ! 兵を集めよ! 今すぐにだ!!」


「ハッ!」


 警備兵が急ぎ部屋を出て行くと、慌ただしくなる謁見の間。

 貴族達は自分の護衛を真横に置き、不安そうな顔をしていた。

 今すぐに脱出すれば逃げ切れただろう。しかし、王を前にして逃げるという選択肢は皆無。

 ネストとバイスはそれに違和感を感じ、しばらく迫り来るアンデッドの軍勢を見張っていた。

 そしてその行列の中に1カ所、妙に明るく異彩を放っている場所を見つけたのだ。

 そこにいたスケルトンに、心の臓が止まってしまうかと思うほどの戦慄を覚えた。

 見た目は多少大きいスケルトンといった程度になってはいるが、それは紛れもなくスケルトンロードであった。

 くすんだ金の冠。白い法衣に、薄汚れたボロボロの外套。


 ――あの禍々しさ、忘れるはずがない。


(あれを呼び出せるのは、九条しかいない……。しかし何故、軍を率いて来たのか……)


 本気で王都を潰しに来たのであれば一大事。

 他のアンデッドはまだしも、ロードに太刀打ちできる者はそういない。

 例え勝てたとしても、その被害は考えただけでも想像を絶する。


(でも、九条はそんなことする人じゃ……)


 ――だが、100%そうとも限らないのが人の心だ。


 不明瞭であるが故に恐怖が生まれる。思い出されるのは九条がロイドに向けた憎悪。


(それが今、私に向けられているのだとしたら……)


 王女の護衛であるヒルバークに身を寄せるリリーは、見たこともないアンデッドの大軍を見て青ざめ、小刻みに震える。

 ネストはその手を優しく握り、リリーの耳元で囁いた。


「王女様……。あれは恐らく九条です」


 酷く自信のない声。そこには不安の色が混ざっていた。


「えっ!? 九条ですか!?」


「はい。九条の死霊術なら、あるいは可能であるかと……」


 信じられないのだろう。正直に言って規格外にも程がある。

 だが、事実なのだ。


「じゃぁ、いったい何故……」


「それは……」


 ネストは、自分の所為でこの事態を引き起こしてしまった可能性を捨てきれなかった。

 しかし、言わない訳にはいかない。


「……もしかしたら……私が彼を怒らせてしまったから……」


 その声は震えていた。それは恐怖から来るものか、後悔から来るものなのかわからない。

 九条が探し出した魔法書を譲り受け、それを無駄にした挙句、罵ったのだ。

 怒って当然だろう……。すぐにでも九条を追いかけ謝るべきだったのだ。


 王は鎧を纏い武器を取ると、会場内に聞こえるよう高らかに声を上げた。


「我が兵3000の総指揮を預ける! 我こそはという者はおらぬか!?」


 静まり返る会場……。王に忠誠を示す良い機会だが、誰も名乗り出なかった。

 それもそのはず。アンデッドとの戦争などしたことがないし、既に数では負けている。

 貴族は冒険者ではないのだ。逆に負けてしまえば王からの信用は地に落ち、他の貴族からも蔑まされる事になる。

 そんな危ない橋は渡れない。ぬるま湯に浸かっている貴族達の誰が手を上げようか。


「私が行きましょう!」


 そこで手を上げたのはヒルバーク。静観していた貴族達からは、安堵のため息が漏れる。


「おお、いってくれるか! リリーの近衛隊長殿」


「ハッ!」


「他には……いないようだな。よろしい! そなたに我が兵3000を預ける! 頼んだぞ!」



 ヒルバークは謁見の間を出ると、兵の集まる王宮の南門へと走った。

 それについて来たのはバイスである。


「あれは本当に九条なのか?」


「姿は見えないが、恐らく……」


「ならば、まずは理由を聞かねば……。バイス殿には説得をお願いしたい……」


「出来るだけやってみるが、期待はするな……」


 バイスは震えていた……。1度対峙したことのある相手だからこそ、その恐怖が手に取るようにはっきりとわかる。

 それを見てヒルバークは気を引き締めた。自分よりも強者であるバイスが震えているのだ。

 それだけ敵が強大だということ……。失敗は死を意味するものと覚悟したのである。

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