第91話 不死の王
「撃てぇーー!!」
街の南門を守る警備兵が、アンデッドの大軍に向かって攻撃を始めた。
といってもただの警備兵だ。非常時でもない平日。最低限の人数しか配置されておらず、彼等に出来る事は限られていた。
城から援軍が来るまで持ちこたえることが彼等の役割ではあるが、遥か遠くに見える王城の門が開く気配は未だなく、伝令さえ姿を見せない。
城壁に配置してあるバリスタを何度も打ち込んではいるものの、その効果は薄く、1発で無力化できるのは精々数匹程度のアンデッド。
20対5000。まさに雀の涙である。
とはいえ警備隊長の指示は的確で、堀に架かる跳ね橋を上げられたのは不幸中の幸いだった。
相手に攻城兵器の類は見られない。
遠距離攻撃を仕掛けてくる気配もなく多少の時間は稼げるだろうが、警備兵達は何かに取り憑かれたかのように黙々と前進を続けるアンデッド達が、本当に止まるのかという一抹の不安を隠せずにいた。
その先頭が堀まで辿り着くも、迫り来る軍勢の勢いは衰えない。
堀に沿って横へと広がっていくアンデッド達は、そのまま街を包囲してしまうのだろうかと憂慮したが、そうはならなかった。
スケルトン同士が骨と骨とを絡め合い幾重にも重なり合わさると、出来上がったのは巨大な骨の塔である。
見上げてようやく天辺が見えるほどの骨の塔が城壁へと倒れ込み、それは塔から橋へと姿を変えたのだ。
そこから湯水のように溢れ出て来るアンデッドの大軍を、僅か20名で押し返せるわけがない。
「くっ……。撤退! 撤退だぁぁぁぁ!!」
警備隊長の男が悲鳴にも似た号令をあげると、兵達は城壁を捨て退いて行く。
跳ね橋が降り門が音を立てて開かれると、アンデッド達は何事もなかったかの如く前進を再開した。
その進行速度は非常にゆっくりとしたペースで、普段歩いているのと変わらない速度。
大通りを真っ直ぐ進むその先には、巨大な城。
アンデッド達は逃げ遅れた人々にさえ見向きもせず、ただひたすらに王宮を目指し進軍を続けた。
それはまるで亡者のパレード。手をこまねく冒険者に警備兵達はその光景をただ茫然と見ている事しか出来なかった。
街が半分ほど飲み込まれた辺りでようやくギルドに討伐依頼が出されるも、それを受ける者など皆無。
恐らく街に被害はない。先程からうるさいほどに鳴り響いているのは避難指示の鐘の音と、一糸乱れぬ大量の足音だけ。その中に悲鳴は含まれていなかったのだ。
誤報を疑うほどには静か。余計なちょっかいをかけて死ぬのは御免である。
それでも勇敢に立ち向かおうとする者達がいるのも確かだ。
しかし、それを躊躇させてしまうほどの存在に、心が折れてしまっていた。
目が合っただけで、身も凍るような畏怖を覚える圧倒的な存在感。
他のスケルトン達より一回り大きい漆黒のスケルトンは、紅く鈍く光る双眸で王宮を睨みつけていた。
その姿を見た者は、誰もがこう言うだろう。
――あれはアンデッド達の王なのだと。
やがてそれが内門である王宮の城壁に辿り着くと、行進はピタリと止まった。
落とし格子の門を隔て、ズラリと整列した騎士達との睨み合い。
スケルトン達が己の盾に剣を打ちつけ、不快な金属音を打ち鳴らす。
その一糸乱れぬ動きは自らを鼓舞しているようにも見えるが、本当の意味はわからない。だからこその恐怖が場を支配していた。
大軍が大きく2つに割れ、そこに姿を現したのは王たる風格のアンデッド。
それを見た軍馬は嘶き暴れ回り、騎士達はそれを抑えるのに必死だった。
「待て!」
漆黒のスケルトンが鉄格子に触れようと手を伸ばしたその時、王宮側から2人の騎士が門の前へと姿を見せた。
「問おうアンデッドの王よ! 何用だ!」
バイスとヒルバーク。完全武装であるが、それが役に立たないのは知っている。
バイスに至っては対峙するのは2度目。サイズこそ違えど見ているだけで地獄に足を引っ張られるような感覚は、慣れる事なく焦燥感は拭えない。
目を合わせるだけで息が詰まるほどである。
本来であれば、城壁の上から迎撃するのがセオリーではあるのだが、そんなものが通じる相手ではないことは知っている。
だからこそバイスは交渉に賭けた。それ以外に生き残る道はないのだ。
街に被害はない。ならば別の意図があるのだという結論に至った。
(無用な争いは避けている……。その目的を聞き出せれば、あるいは……)
――――――――――
謁見の間で行われていたのは緊急対策会議。それは荒れに荒れ、リリーは嫌悪感を隠せずにいた。
焦りと苛立ちが募り、怒号が飛び交う謁見の間。
王は口を噤んでいるが、第1王子と第2王女の言い争いは酷いもの。それは派閥に属する貴族達も同じだ。
「お兄様の方が兵の数も質も良いではありませんか! お兄様こそ先陣に立つべきですわ!」
「ふざけるな! お前の派閥にはその色香で惑わし手に入れたプラチナの冒険者がいるはずだ! そいつはどうした!? 常に護衛につけていたではないか! そいつに任せればよいだろう!」
「ノルディックがいないのは見て判るでしょう!? それに彼は私の護衛であって兵ではありません。彼を送り出したら私を守る者がいなくなるじゃありませんか!」
派閥同士で大声を上げ、罵倒し合っているさまは見苦しい。
リリーは王座に興味がない。むしろネストのように貴族でありながら冒険者という自由な生き方に惹かれていた。
とてもではないが、あの中には入って行けないと敬遠し、同じ空間にいるのも嫌でリリーはバルコニーから外を眺めていたのだ。
もちろんそれはアンデッド達の進行具合の確認の為という意味も併せ持つ。
言い争いなぞしている暇があったら、現状を把握しようと努力した方が100倍はマシ。
『魔術師は常に冷静であれ』ネストの教えがリリーの中でしっかりと根付いていると言っても過言ではなかった。
王宮の外ではアンデッド達が城の門まで到達しているのが見え、お互いが一触即発といった雰囲気。
しかし、リリーは何かがおかしいとすぐに気が付いた。
街は火の手が上がるわけでもなく、見下ろす城下は平和と言って差し支えない。
王宮へと延びる大通りはアンデッドで溢れているが、微動だにせずただ立っているだけである。
門の前には騎士団と多くの兵達。その先頭にはヒルバークとバイス。
対峙しているのはスケルトンだが、その雰囲気は全くの別物であった。
今いるバルコニーは7階だ。その声が聞こえるわけがない。
それでも注視してその動向を観察していると、突然そのスケルトンがリリーを見上げたのだ。
リリーの視線と鮮血のように赤く光る双眸が交差し、跳ね上がる鼓動。
一瞬で全身に鳥肌が立ち、全速力で走ったかのように心の臓が鳴り響く。
まるで金縛りにでもあったかのように、リリーは目が離せなかった。
その視線上に突如として割って入ったのは、スケルトンの手の甲。その指には見覚えのある指輪がはめられていたのだ。
薄蒼に輝くサファイアの輝き。それはリリーの派閥の証。全てが同じものではなく、その台座は個別にデザインされたもの。
それには見覚えがあった。最近まで自分の手の中にあった物。九条に与えた物である。
漆黒のスケルトンが視線を外すと、まるで緊張が解けるかのようにリリーの身体はその呪縛から解き放たれた。
「お父様! 少しの間失礼します!」
バルコニーから部屋の中へ戻ったリリーは、王にそう声をかけると一目散に謁見の間を出て行った。
その異変に気付き、ネストも後を追おうと走り出す。
「アンカースは何処へ行くのですか!? まさか逃げるつもりなのではないですよねぇ……」
その一言でネストは足を止めた。緊急時だと言うのに、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべるブラバ卿。
ネストは仕方なくバルコニーへと戻り、下の様子を確認する。
(恐らく、リリー様はヒルバークとバイスの元へと向かったはず……)
だが、そこに探している者達の姿はなかったのだ。
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