第83話 vs冒険者
王都の街を一陣の風が駆け抜ける。
急な突風に驚きを隠せなかった西門の警備兵は、その原因がわからず首を傾げているだけ。俺達が通り過ぎた事さえ気づいていない様子であった。
景色が凄まじいスピードで流れていく。カガリが速すぎて、ついていくのがやっとである。
ネストが連れ去られたという現場はすぐにわかった。焼け焦げ横転している馬車の残骸が、痛々しく残っていたからである。
周りに集まっているのは調査であろう騎士達と、民間人の野次馬だ。
俺達はそれを完全に無視し、馬車の前で足を止めた。
「きゃぁぁぁぁぁ!」「うわぁぁぁぁ!」
上がる悲鳴に剣を抜き放つ騎士達。
当然の対応である。今の俺はデスハウンド。所謂アンデッド系の魔物で、見た目だけならカガリよりも俺の方が恐怖の対象になるだろう。
逃げ出す者に腰を抜かす者もいたが、それを気にしている時間はない。
「カガリ。どうだ?」
「……いけます。相変わらず酷い臭いだ」
「よし、頼む」
すぐに走り出す。その速度は、匂いを辿っているとは思えないほどのスピードである。
方角は南西。俺達は深い森の中へと足を踏み入れていった。
「……あの中です」
カガリが足を止めたその先には、砦のような場所があった。
林道の途中に作られた小さな集落といった印象。
木製だがしっかりと壁が出来ていて、いくつかの建物の屋根が少しだけ顔を出している。
入口には2人の門番らしき人物。残念だが、今わかる情報はこれだけだ。
「ありがとう。カガリは先に帰っててくれ」
「主はどうするのです?」
「中の様子を見てくる」
「大丈夫ですか? 私も一緒に……」
「大丈夫だ。この体が消滅しても、魂は元の身体に戻る」
「……わかりました。ご武運を……」
元来た道を戻るカガリを見送ると、突入準備の開始である。
「いっちょやったるか……」
門番の2人は、見るからにゴロツキか盗賊の類。
もう何人もの盗賊を見て来ているのだ。見間違えるはずがない。
たとえ間違ったとしても今の俺はアンデッド。人を襲ってもなんの違和感もないはずだ。
それよりも心配なのは、相手の人数とその強さである。
正直に言ってデスハウンドはそれほど強い魔物ではない。スケルトンとシャドウの中間くらいに位置し、パワーよりもスピードで他を圧倒するタイプの魔物だ。
「【
それを補うためのアンデッド専用の強化魔法。紅のオーラは攻撃力。橙のオーラは防御力を向上させる。
それでも強さはシャドウと同等程度。
ネストを助けに来たと悟られてはならない。ネストを盾にされないようあくまで通りすがりのデスハウンドという猫を被るのだ……。犬だが……。
意を決して全力で地面を蹴った。門番が気付いた時にはもう遅い。
身構える隙すら与えずその体に咬みつくと、味も匂いもしなかったことに安堵しながらも、賊の身体を森の奥へと放り投げる。
「敵しゅ……」
もう1人が武器を手に取るそぶりを見せたところで、体当たり。
「ぐはぁ……」
身体の内側から聞こえてくる骨折の音には、どうにも慣れそうにない。
恐らくは立ち上がっては来れないだろう。
一瞬にして門番の2人を無力化するも、それを内部から見ている者がいた。
「ま……魔物だぁ! 魔物が出たぞぉぉ!!」
その声を聞いて、ぞろぞろと建物から出て来るゴロツキ達。ざっと30人ほどのお出迎えだ。
冒険者で言うところのシルバー以下であれば、殲滅は可能。
楽勝とまではいかなくとも、上手く立ち回れば勝率は低くないと見積もったのだが、それをすぐに訂正せざるを得ない状況へと陥った。
一際大きな建物から出て来たのはプレートを下げた3人の冒険者。その胸に輝いているのはゴールドのプレート。
ガタイの良い盾持ちのタンク、長身の両手剣持ちのアタッカー、そして杖を持ちローブのフードを深く被った
考えている暇はない。襲い掛かって来るゴロツキ達をなぎ倒しつつ、そちらの様子も常に意識する。
しかし、その冒険者達は出て来た建物付近から動こうとはしなかった。
「みんなやられちゃってるけどいいの?」
「放っておけ。俺達の仕事はブラバ卿が来るまで人質を守ることだ。ゴロツキどもの事なんざ知らん」
「なあ。あのデスハウンドおかしくねーか? なんでこっちにこねーんだ?」
「こちらを警戒しているようだが……。まあ、襲われなければそれはそれでいいだろ……」
冒険者達からは手を出してこない。襲われるなら戦うが、何もなければ追う事もないといったところか……。
地面に横たわり、低く唸るだけのゴロツキ達。
死んではいないが、すぐに戦線復帰ができるほど軽微なケガでもない。
建物内へと逃げるゴロツキ達のおかげで、中にネストがいないことは確認できた。
となると、囚われているのは最後の建物。冒険者達が陣取る場所だ。
「やるしかなさそうだな……」
デスハウンドに扮した俺から向けられた敵意に応えるべく、3人の冒険者達はそれぞれの得物を手に身構えた。
「"グラウンドベイト"!」
フルプレートに身を包んだタンク役の男が使ったスキルは、敵対心を煽るもの。
自我の弱い魔物の類には有効なのだろうが、残念ながらデスハウンドの中身は人間の魂だ。
多少惹かれるような何かを感じるも、それは硬貨を落とした音に無意識に視線を向けてしまう程度の感覚。
「よし。ギース、アニタ。散開しろ!」
しかし、相手は効いていると思っているのだろう。
アニタと呼ばれたローブの女と、クレイモアを担いだギースは左右に分かれ、一定の距離を保ったまま俺の後ろへと回り込む。
ならばそれに乗ってやろうと考え、盾を構えたタンクに愚直に突撃してみせた。
当たり前のように大盾で防がれ、そこにギースが駆け込みバックアタック。
基本的な連携であり実用的ではあるのだが、それは"グラウンドベイト"が効いているのが大前提。
俺は押し出された大盾を後ろ足で蹴り上げ、その反動で向かって来るギースに牙を剥いた。
「何ッ!?」
そりゃ驚いただろう。クレイモアを振り下ろす地点に既に敵の姿はなく、目の前に詰め寄って来ているのだ。
「くッ……」
足を止め振り上げたクレイモアを咄嗟に引くと、目の前にはそれに咬みつくデスハウンドの顔。
「なんだ!? 効いてねぇのか!?」
タンクの男が焦ったような声を上げ、同時に放たれたのはアニタからの援護。
「【
現れた8つの光球が、細身の矢に姿を変え飛翔する。
咬みついていたクレイモアを離し、迫り来る
「"ラヴァーズチェーン"!」
俺とタンクの間に具現化する1本の鎖。それは切れる事のない呪いの鎖だ。
スキルが解除されるか、どちらかが死ぬまで続く綱引きである。
動きを封じるという意味では格下には有効な手段。しかし、格上には引きずられてしまうだけの諸刃の剣だ。
とは言え、タンクの男にはそれだけの自信があるのだろう。
確かに力だけならばタンクの男が1枚上手。ならば、次の行動は近接戦しか残されていない。離れていては魔法の餌食となるだけだ。
踵を返し大盾へと体当たり。近距離で激しく打ち合うも、さすがはゴールド。こちらの攻撃は全て防がれていた。
ギースとアニタからの攻撃を警戒しつつ、常にどちらかの射線上にタンクを入れ攻撃を繰り返す。
「こいつ、ただのデスハウンドじゃねぇ!」
少しずつ削れていく盾と鎧。タンクのハンドアクスは空を切り、デスハウンドの鋭爪と大盾が交差するたびに火花が舞う。
「クッソ……ちょこまかと……」
「もう少し離れて! 魔法が撃てない!!」
「無茶言うな! 防ぐだけで精一杯だ!」
離れようにもすぐに距離を詰められ、チェーンを外せばアニタかギースがやられる。さぞやりづらいことだろう。
アニタもギースも隙を窺ってはいるのだが、見ていることしか出来ない様子。
タンクを相手にしつつも、常に周囲を警戒しているのだ。ただのデスハウンドに出来る芸当ではない。
「【
その瞬間、身体に何かが重くのしかかる不快感を覚えた。
声の方に目をやると、屋根の上にギルド職員らしき女が立っていたのだ。
相手が冒険者ということは担当がいてもおかしくない。完全に失念していた。
「ナイスだ! "リジェクトバッシュ"!」
急に盾が巨大になったような感覚に襲われ、それに弾き飛ばされる。
殺傷能力のない吹き飛ばすだけのスキルだとは知っていたが、俺にはそれが致命的であったのだ。
空中で体勢を立て直し、着地と同時にタンクへと再度アタックを仕掛けるはずだった。
「【
間髪入れず放たれたのはアニタの魔法。大地が氷に覆われると、着地した瞬間に凍り付く足。
「もらったぁ!!」
目の前にはクレイモアを振りかぶったギース。
それが振り下ろされると俺の視界は闇へと閉ざされたのだ。
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