第81話 束の間の休日

 カガリを一頻り撫で回したところで、ギルドを後にする。

 ネストの護衛任務がなくなり暇になった俺達は、昼飯を食べながら今後の予定を考えようとの事で、ミアが昔お世話になったという定食屋に足を運んだ。

 シックな喫茶店のような雰囲気のお店で、間仕切りで仕切られた半個室といった空間がいくつも並んでいるのは、カガリを隠すにはもってこいの場所である。

 俺達に気付いた店員が近寄ってくると、ミアの顔を見てその表情が驚きに変わる。


「あら、ミアちゃん! 久しぶりだね!」


 ミアに気さくに話しかけた店員は少しふくよかで、どこにでもいそうなおばちゃんだ。


「お久しぶりです。2人と1匹なんですけど大丈夫ですか?」


「1匹?」


 そう言って入口に視線を移すと、大きなキツネの顔だけがチラリと覗いている状態。

 店員のおばちゃんは、それに驚いた表情を見せつつも、快く受け入れてくれた。


「ああ。少し前から噂になってた大きなキツネってミアちゃんのトコの子だったのかい。ウチはかまわないよ? 今は客も少ないから早く入れておやり」


「ありがとう! おばちゃん!」


 案内されたのは1番奥の角席。カガリの事を考慮して、空間の広い家族用のテーブル席を見繕ってくれたようだ。

 椅子をどかしてカガリの座れるスペースを作ると、そんな場所は不要だとばかりにカガリはテーブルの下で丸くなった。


「おい、カガリ。そこにいられると足の置き場がないんだが?」


「別に私の上に置いてかまいませんよ?」


 そういう訳にもいかないだろう。さすがにそれには抵抗を感じる。

 ミアは特に気にせず椅子に座ると、靴を脱いでカガリの背に足を置いた。


「んふふ……。ふわふわでくすぐったい」


 仕方がない。立ち食いというわけにもいかず、俺は諦めて靴を脱ぐと椅子の上で正座した。

 それを珍しそうに見つめるミア。


「その座り方。痛くないの?」


「ああ。慣れてるからな」


 普段から正座が基本だった俺にとっては造作もない事である。

 仏像を拝む時の最も基本的な作法。古くから伝わる日本の文化。何時間でも耐えることが可能だ。

 気になる事といえば、椅子の上での正座なので少々おかしく見えてしまう事だろうが、人目を気にしなければなんてことはない。

 備え付けのメニューから各々食べたいものを注文すると、様々な料理が運ばれてくる。

 食事をしながらの他愛のない話。最年少でゴールドに昇格したから話題になったらどうしようとか、派閥勧誘の話が来たらどうやって断ろうとか……。

 殆どがミアの話を一方的に聞かされている状態ではあったが、そんなことすら日常が戻って来たみたいで、自然と嬉しさが込み上げてくるのを実感していた。

 その途中、スーツ姿の男性が来店し、隣のテーブルに腰掛けるとコーヒーを注文した。

 特に気にも留めずに食事を終えると、先程のおばちゃんがトレイに乗せて持って来たのは、湯気の立った陶器の器と一切れのケーキ。

 陶器の器を隣のテーブルに置き、もう片方のケーキはミアの前に置いたのだ。


「コレはおばちゃんからのお祝いだよ」


 軽くウィンクをして見せるおばちゃんの視線の先には、ゴールドのプレート。

 それに舞い上がってしまうのも頷ける。心躍らせながらもミアは屈託のない笑顔を返した。


「ありがとう! おばちゃん!」


「プレートは見当たらないけど、そっちのおにーさんは冒険者なんだろ? ミアちゃんをよろしくね」


 厨房へと去って行くおばちゃん。

 少なくとも彼女はミアの味方だったのだろうと思うと、ほんの少しだけ安心した。

 そのケーキをミアが頬張ろうとした時だ。隣のテーブルに座っていたスーツの男が立ち上がり、こちらに声をかけてきた。


「失礼ですが、九条様でしょうか?」


「違います」


「……え?」


 スーツの男は驚いたように聞き返す。

 俺の顔とミアの顔を交互に見ると、慌てたように同じ質問を投げかける。


「えっと、こちらはミア様ですよね? だとすれば、あなたは九条様ではございませんか?」


「いえ、違いますけど……」


「え? いや……でも……」


「人違いではないですか?」


「し……失礼しました」


 それを最後にスーツの男は店を足早に出て行った。


「おにーちゃん……」


「ああ。あれが別派閥の勧誘なんだろう。思ったよりも早かったな……」


 この世界に写真などという物はない。ギルドの賞金首リストも似顔絵だ。

 そこで俺を探すとなると、特徴から判断するはず。

 一番簡単な確認方法は、プラチナプレートを所持しているということだが、生憎プレートはポケットの中。

 ギルドの規約では偽装は許されないが、常に提示していなければならないとも明記されていない。

 それ以外の特徴としては、ゴールドプレートの担当が付いているということ。

 ミアの名が知られていれば、おばちゃんとの会話を聞いて、俺が九条だと判断した可能性は高い。

 勧誘が来るというのは事前に知っているのだ。

 それを断り続けるのも面倒だと考えた俺は、自分が九条ではないと言い張ることにしたのである。

 プレートを付けていない俺は、ただのおっさんに見えるだろう。

 確認もなしに決定付けることなどできやしない。相手はそもそも半信半疑なのだ。

 確実に俺と顔を合わせたことがある人間を引っ張ってこない限り、俺が九条であると認めることはないだろう。

 ミアと考えた完璧な作戦プランである。


 おばちゃんに礼を言って店を出ると、ミアとカガリを連れて観光の続きだ。

 数日かけても全て回り切ることが出来ないほどの規模の街。

 ミアも全てを知っている訳ではないのだろうが、カガリに乗りながら街を案内している姿はどこか得意気で、幸せそうにも見えた。

 しかし、それに水を差すかのように声を掛けてくる身形のいい男性。


「九条様でいらっしゃいますか?」


「違いますけど?」


「……失礼しました」


 このやりとりを繰り返すこと5回。30分に1回くらいの割合で声をかけられる。

 何度もしつこく聞いて来ることもあるが、最終的には諦める。

 全員が首を傾げ困惑して帰っていく姿があまりにも滑稽で、ミアは堪えきれずにクスクスと笑顔を溢していた。

 あの者達は帰ってなんと報告するのだろう……。見つからなかったと素直に報告するのか、あるいはそれらしき人物には遭遇したが、人違いだったと言うのだろうか?

 そんなことを考えながら、俺達は観光に明け暮れた。


 自由を十分満喫してからネストの屋敷へ帰ると、迎えてくれたのはふかふかベッド。

 俺もミアも部屋に入るなり一目散にベッドへダイブすると、疲れからかすぐに眠りについたのだ。


 ――そしてこの日、ネストとバイスは帰ってこなかった……。

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