第72話 担当変更

「なるほど……。コット村の支部長が不正した可能性が高いわね……」


「ソフィアさんに限ってそんな……」


 疑いたくはなかった。しかしネストとバイスの推測を聞くと、確かに心当たりはあった。

 コット村のギルドが存亡の危機にあったこと。プラチナプレートの冒険者を"専属"として雇用することは出来ないということ。たとえ出来たとしても、高額な報酬を払い続けることは困難だと思われることだ。

 それを俺の記憶がないということを利用して、カッパーとして登録したのではないかというのがネスト、バイス、ミアの総意であった。


「ひとまずその話は後にして、登録だけ済ませてしまいましょう」


「いやぁ、それにしても九条がプラチナで良かった……」


「どうして?」


「だってカッパーであの強さだったら俺自信なくすぜ? プラチナだったら負けても仕方ないだろ?」


 バイスの言葉に、ネストは何も言わずに納得した。


「で……では、登録作業に入りますね」


 職員の女性はめちゃめちゃ緊張している様子。

 それもそのはず、プラチナプレートの登録作業なぞやった事がないからだろう。

 その数は極端に少ないらしく、ギルドのマニュアルを読みながらたどたどしく進めていく。


「えーっと……。プラチナの方は本部に"専属"登録となります。依頼の報酬とは別に、毎月の固定報酬として金貨50枚が支払われます。本人様名義で王都に私邸を持つことが許され、その際に掛かる費用は全てギルドが負担いたします。賃貸でも戸建てでも構いませんので、気に入った土地や物件があればお申し出くださいませ。通常の通りギルドから依頼を受けて報酬を受け取ることも可能ですが、緊急の呼び出しがあれば出頭していただくことになります。途中受けていた依頼はキャンセルとなりますが、その場合違約金等は発生致しません」


「マジかよ。プラチナ冒険者向けの説明なんて初めて聞いたが、すげぇな。至れり尽くせりじゃねーか」


 俺の肩をバシバシと叩きながら羨ましそうに言うバイスであったが、問題はここからだった。


「コット村の登録をスタッグへ移譲します。それにつきまして担当職員の変更をしていただきます」


「え……?」


 ミアの表情が強張りを見せる。

 今説明してくれている職員もそうだが、ミアもプラチナの登録作業などしたことがない。

 担当の変更が必要になるとは知らなかったのだろう。


「えっと……それでですね……。担当は私じゃダメでしょうか!?」


 説明をしていたギルド職員の女性は、急に積極的になったかと思うと、テーブルから身を乗り出し胸を張る。

 揺れる胸に輝くのはゴールドのプレート。その気持ちはわからなくもないのだが、今の俺には最大の悪手だ。


「……は?」


 ロイドに向けた憎悪とまでは言わないまでも、それなりに憤慨するには十分な理由。

 それを直接向けられたのだ。勘違いしてもおかしくはない。


「も……申し訳ございません。出過ぎた真似を……」


 職員の女性は、勢いよく何度も頭を下げた。


「いや、そうじゃない。担当は今のままじゃダメなのか!?」


 不満なのは自分を売り込んできた彼女に対してではなく、担当を変えねばならないという理不尽な規則に対してだ。

 担当を変えるつもりがないから新規登録ではなく、再発行を選んだのである。

 自分が怒られたわけではないのだと安堵した職員ではあったが、目の前にいるのは冒険者の最高峰プラチナプレートである。

 まだ正式な登録はしてないものの、萎縮してしまっても仕方がない。


「はい。一応規約ではプラチナの方につける担当はゴールド以上と決まっておりまして、ホームの変更が必須ですのでスタッグの職員でなければ……」


 持ち上げられて一気に叩き落された気分だった。

 ミアと離れることは出来ない。離れたくない。じゃぁ、どうすればいい?


「その、家とかいらないからコット村で冒険者をやらせてほしい」


「……そう言われましても……」


 それがルールなのは理解している。それに従うからこその組織なのだろう。

 しかし、こちらにも引けぬ理由がある。

 信念を込めて職員の女性を直視すると、恥ずかしそうに目を逸らす。


「申し訳ございません。私では判断致しかねます。支部長を呼んでまいりますので、しばらくお待ちいただけますでしょうか?」


「ええ。よろしく頼みます」


 俺が頭を下げると、職員の女性も深々と頭を下げ、急ぎ階段を駆け降りて行った。

 こちらが無理を言っているのはわかっている。

 どんな結果が出ようが、最終的にはコット村に帰るものだと思っていた。

 しかし、これでは帰るどころか、担当さえ変えられてしまう。

 テーブルに項垂れ歯を食いしばると、ミアと離れないで済む方法を思惟しゆいする。


「そんなにミアちゃんと一緒じゃないと嫌なの?」


「はい」


「……やっぱりロリコン適性なんじゃない?」


 と、冗談を言うネストを横目に、バイスは力強く頷いていた。

 俺はロリコンじゃない!!  と、声を大にして言いたい!

 ……言いたいのだが、それを受け入れた方が都合がいいのも確かだ。

 俺にはミアと離れられない訳がある。

 しかし、それを明かすということは自分が転生者だと公表しているようなもの。

 そうならない為にも、今はロリコンの汚名を被るしかないのである。……可哀想な俺。

 とは言え、今はそんなことで悩んでいる暇はない。


「支部長について悪い噂とかありませんか? 何か交渉材料になるような……」


「さすがにそんな話は……」


「時間がない! なんでもいいんです!」

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