第71話 プラチナプレート

 スタッグギルドの3階は、新規冒険者登録カウンターがあるフロア。

 その一角にある長い木製のベンチに、皆で横に並び座っていた。

 席順は右から順にネスト、バイス、俺、ミア、カガリ。

 それぞれの間に違和感ありありで置かれている革袋には、賭けの配当金である金貨が詰まっていた。

 満足そうに笑顔を見せるミアの隣にも例外なく置かれているのは、こっそり俺に賭けていたからである。

 ちゃっかりしているというか、なんと言うか……。


 あの後、ロイドはギルド職員のお偉いさんに連れていかれた。

 バイスは何かしらの処罰が下るだろうと言ってはいたが、前例のないことで詳細は不明ということだ。

 もちろんロイドだけではなく、当時パーティを組んでいた仲間も後々呼び出されることになるだろうとのこと。

 ちなみに俺の革袋には金貨150枚。ミアは膨らみ具合から見て恐らく100枚前後だろう。

 バイスとネストは、そもそもその大きさが違った。

 俺の3倍はあろうかという革袋がパンパンに膨れ上がっていて、重そうだ。

 口ではミアの為などと言っておきながら、実はカネの為に俺をけしかけたと疑われても文句は言えまい。

 そのカネで、バイスは今夜近くの酒場を貸し切りにして、俺の祝勝会をするらしい。

 対象は訓練場で俺とロイドとの模擬戦を観戦していた者達全員である。しかも全てバイスの奢り。

 マジで、どんだけ儲けたんだよ……。

 貴族なのに、そんなに金に困っているのかと冗談半分に聞いたのだが、貴族だからと言って家のカネが自由に使えるわけではないらしく、領民の税金がどうのと言っていたが、要は社長が会社のカネを自由に使えないのと同じようなものらしい。

 奢るといっても、ただ儲けたから奢るというわけではなく、元々は同じ冒険者達のカネだ。

 それを還元してやれば無用な争いを避け、恨みを買うこともないだろうとのこと。

 さすが貴族というか、人の上に立つだけのことはあるなと素直に感心してしまった。


 『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉から出て来たのは、適性鑑定用の水晶玉を抱えたギルド職員の女性。

 それをテーブルにそっと下ろすと、ようやくかと皆は立ち上がる。


「あれ? 支部長はどうしたの?」


 ネストは、支部長に立ち会ってもらうと言っていたが、どうやら不在のようだ。


「ロイドさんの騒ぎのせいで本部に呼び出されちゃったんですよ。なので代わりに私が立ち会うことになりました」


「なるほどね……」


 肩入れしていた冒険者の不祥事が発覚したのだ。支部長が本部に呼び出されたのも頷ける。

 今頃、ロイドと共にこってり絞られているのだろう。

 ギルドがロイドと組んでいたら、最悪お咎めなしということになるかもしれないが、ミアはそれでもいいと言った。自分の疑いが晴れただけで充分なのだと……。

 なんて優しい子なんだろうか……。こんな子に罪を被せるなんて……。

 やはり、ロイドはもう1発くらい殴っておくべきだったかもしれない。


「では、九条様……でしたよね? 再検査を始めさせていただきますが、新規登録とプレートの紛失による再発行と、どちらで処理しますか?」


「えっと、どう違うんですか?」


「新規登録は今の登録を抹消して新しく登録しなおします。スタッグギルドでの新規登録となるので無料で出来ますが、担当は変更となります。再発行の場合はコット村での登録内容を維持出来ますし、担当も変更ありませんが、再発行手数料と再検査費用で金貨3枚をお支払いしていただきます」


「再発行でお願いします」


 考えるまでもない。担当が変わるのは絶対に避けねば……。


「かしこまりました。ではこちらに立っていただいて、この水晶を利き手ではない方で触れてください」


 コット村の鑑定水晶と同じ物。それに左手を置くと、中に何か輝く物が浮かび上がる。

 黒、灰、茶の3種類の輝き。ぶっちゃけどれもパッとしない色だ。

 皆が興味津々な様子で、それを覗き込む。

 ギルド職員でなくとも、わかるものなのだろうか?


「黒は死霊術ですね。灰は鈍器で……、あれ……初めて見る色……。ちょっとそのままお待ちください」


 パタパタと足早に裏へと引っ込む職員の女性。


「ネスト。これなんだと思う?」


「何かしらね……。私も初めて見る色だわ……」


 水晶に浮かび上がる色で適性を判別するらしい。

 死霊術の黒と鈍器の灰は、コット村の検査でも見た色だが……。


「茶色っぽいのは、最初に検査した時にはなかった色ですね……」


「じゃぁ最初の検査から今までの間に、何かしらの才能が開花したってことね……」


 ネストの視線がミアへと移り、不思議そうに首を傾げるミア。


「わかったわ! きっとロリコン適性よ!」


「そんなわけねーだろ!」「そんなわけないでしょ!」


 バイスと同時にツッコミを入れる。

 ネストが本当に貴族のお嬢様なのかと疑うほど下品に爆笑する中、ミアだけが何故か嬉しそうにしていた。


「お待たせしました」


 ギルド職員の女性が重そうな本を抱え、戻ってきた。

 魔法書を更に分厚くした大型の辞書のようなそれをテーブルにドスンと乗せると、目次を開き指で慎重になぞっていく。


「ええっと……。黄色……橙……茶色……。ありました。273ページ……っと」


 慣れた手付きでペラペラとページをめくっていく職員の女性。

 それが止まると目を見開き、少々上擦った声を上げた。


「魔獣使い!?」


 それを聞いて、皆が思い出したかのように振り返る。

 そこにいたのは1匹の魔獣。カガリである。

 急に視線を集めたカガリは警戒の色を見せ、何の用だと不躾な視線を返す。

 そして、全員がその適性に納得したのだ。


「魔獣使いで登録されてる人なんて、今現在いませんよ!?」


 過去数百年に渡り、所持している者が現れなかった適性。

 それは、カガリとの契約で開花したものであった。

 職員の眺めている本をチラリと盗み見ると、情報量が多い他の適性に比べて、魔獣使いの項目には適性の色以外、何も書かれてはいなかったのだ。

 それだけ未知のものなのだろう。

 ギルド職員の表情は明らかに困惑していて、報告が先か登録が先かで悩んでいる様子。

 道端に捨てられた子犬のような目でこっちを見るな、俺にどうしろというのだ。


「細かいことは後ででいいだろ? 早くプレート登録しようぜ?」


 バイスのクレームにも似た助け舟で職員の女性は気を取り直すと、咳ばらい。


「し……失礼しました。では、こちらに利き腕で触れてください」


 ポケットから取り出したのは黒っぽいプレート。

 テーブルへと置かれたそれに右手を添えると、ビリビリと無数の亀裂が走り、僅かな閃光が漏れ出した。

 それは徐々に強さを増し、黒い薄皮が剥がれ落ちると、中から薄紫色に輝くプレートが姿を現したのである。

 コット村で最初に登録した時と同じ現象。当然それを見ていた者達の反応も同じようなものだった。


「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」」


 その驚愕の声は下の階まで響き渡ると、職員達が一斉に天井を見上げてしまうほどの声量。

 それでも誰も階段を上がってこないのは、現在3階は貸し切りになっているからだ。

 なんというか、懐かしさすら覚える光景である。


「九条、お前プラチナかよ!? すげぇな!」


「薄々可能性はあると思っていたけど……」


「おにーちゃん、プラチナだぁ……」


 職員の女性に至っては声すら発せず、プレートをジッと見て開いた口が塞がらない様子。

 皆が驚愕している中、俺だけが冷静だった。


「え? このプレートはギルドで管理するんですよね?」


 それに全員が首を傾げる。


「は? なんでプレートをギルドで管理するのよ?」


「いや、でも最初に登録した時、コレは管理する物だって言われたんですが……」


 ネストは顎に手を当て少し思案したかと思うと、真剣な面持ちで俺の肩を掴んだ。


「……九条。その話詳しく聞かせて」

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