第38話 撃退
「貴様等、我がダンジョンに何用だ?」
「ひぃ!」
僅かな悲鳴と共に聞こえたのは、金属製の何かを落としたような音。
「な……何者だ!」
「貴様等人間は、他人の家に上がり込んで、何者かと聞くのが礼儀なのか?」
「くっ! やはり魔族か!」
順調である。侵入者達を人間と呼んだことで、こちらが人間ではないと思わせることが出来た。そして、魔族と勘違いしてくれたのだ。
「だったらどうする? それを知っても尚この扉を開けようとするのか? ならばこちらも容赦はせんぞ……」
……返事は返ってこない。何やら小声で話し合っているようだ。
聞き逃してはなるものかと扉に耳をくっつけ、こっそりと聞き耳を立てる。
「1度撤退しよう。ギルドに報告するべきだ。いくらなんでも魔族相手に3人で挑むのは無謀だ」
「いや、でも折角ここまで来たんですよ? 今回は封印を解くために
「ネスト。お前はこの状況どう見る?」
「時間さえあれば封印は解けるわ。けど、魔族は気になる……。近年、魔族の出現報告なんて聞いたこともない。一説によれば魔界からこちらに来たばかりの魔族は強くはないはず。力を蓄える前ならもしや……」
「よし。やるならまず魔族の名だ。聞いた事もない下級魔族なら勝てる可能性はある」
何やら怪しい方向に会話が進んでいる。このままでは、最悪戦う羽目になってしまう。
「ダンジョンの主よ。非礼は詫びよう。俺はバイス。ギルドの依頼で調査に来た者だ。お前は何者だ」
「108番、何か強い魔族の名を教えてくれ!」
侵入者達には聞こえないような小さな声で、助言を求める。
「強い魔族といえばグレゴールでしょうか……。ですが……」
「我が名はグレゴールだ!」
俺は108番の話を最後まで聞こうとせず、意気揚々と名乗りを上げた。
会話の間が空き過ぎると、不自然だと思われるからだ。
「――ッ!? グレゴールだと!? 破壊神グレゴールか!」
さあ? としか……。だが、相手がその名を知っているなら話は早い。
それだけ名の通っている魔族であれば、恐れをなして逃げてくれるだろうと思ったのだ。
「如何にも」
返答はなかった。
しばらくすると、扉の向こうから聞こえてきたのは騒がしいほどの笑い声だ。
「ぷっ……。クスクス…… アハハハハ!」
「破壊神グレゴールはとうの昔に討伐されている。そんなこと子供でも知っているぞ。ワハハハ……」
恥ずかしさのあまり、顔が真っ赤になっているだろうことは自分でも理解出来た。
知らないんだから仕方ないだろ! と声を大にして言い返してやりたいが、それは出来ない。
それもこれも全て108番の所為である。
「あーあ。私の話を最後まで聞かないからですよ? ぷぷぷ……」
隣では笑いを堪えている108番。コイツはあとで殴ろう。
ゲラゲラと笑っていたバイスは、急に笑うのを止めた。
「さて。じゃぁ偽物のグレゴールさんにお灸を据えてやりますか。ネスト、封印の解除を頼む」
「オーケー」
こうなったら仕方ない。戦うしかないだろう。
しかし、封印を解かれる訳にはいかないので先手を打つ。
「【
リビングデッドは範囲内の死体をアンデッドに変える魔法だ。
範囲は広いがアンデッドとしてよみがえる為、動きもノロいし生前より弱い。所謂ゾンビの作成。
扉の向こう側は見えないが、侵入者達は魔物を倒してここまで来ているはずである。
ならばそれなりの死体があるだろうことは誰にでも予想がつく。
「――ッ!? バイス! 後ろ!」
慌てたような声を上げるネスト。
周りに散乱していた無数の魔物の死体が起き上がってくるのだ。封印解除に時間を割いている暇はないはず。
「封印の解除は後だ! 先にコイツ等を
そして戦闘が始まった。
剣戟、魔法、時折伝わる振動が音と共にダンジョン内に響き渡る。
こちら側は下り階段で少々手狭ではあるが、侵入者側は広めのホール。暴れるには十分すぎるほどの広さがある。
音しか伝わらない為、雰囲気で察するしかないが、結構派手にやっているようだ。
さすがというべきか、バイスという男の指示は的確で冷静。焦りの色はまるで見えない。
熟練の冒険者と言えばいいのか、仲間達と力を合わせて戦うというシチュエーションにはロマンを感じなくもないが、今の自分にとってはただの敵である。
それはおおよそ10分ほどでカタがついた。もちろんゾンビ達の負けである。
今まで倒してきた魔物達が弱くなってよみがえっただけだ。さすがにこれくらいで倒せるとは思っていないし、殺すつもりもない。
「よし。なんとか片付いたな」
少々息が切れているようだが疲労困憊にはほど遠く、侵入者達にはまだ余裕がありそうだ。
戦闘中の会話で分かった事だが、バイスは戦士系でネストが
「ネスト。魔力はどうだ? まだいけるか?」
「大丈夫よ」
そうか、いけるか。じゃぁ、次いってみよう。
「【
今しがた倒したゾンビ達が、再びゆっくりと起き上がる。
「バイス!」
「クソ! なんだこいつら! 不死身か!?」
そして2度目の戦闘が始まった――
今回の戦闘時間は20分ほどであった。前回よりゾンビ化した魔物は少ないだろう。死体とも呼べぬ肉塊がよみがえることはないからだ。
それでも時間が掛かっているところを見ると、大分疲労が溜まって来たと見える。
「ハァハァ……。今回は頭を重点的に潰した。多分もう起き上がっては来ないだろう……」
必至に呼吸を整えようとする息遣いが、僅かばかりに聞こえてくる。
「ニーナ、ネスト。大丈夫か?」
「えぇ。なんとか」
「魔力の残りは約半分ってとこね……。封印の解呪分も取っておくとなると、次はさすがにヤバいかも……」
そうか。ならばもう1回必要だな。
「【
2度あることは3度ある……。いや、仏の顔も3度までだな。
そろそろこの辺りで諦めていただきたい。
「頭を潰したはずなのに! 何故だ!?」
残念ながら頭を潰しただけでは意味がない。
そもそもゾンビ達は無差別に近くの生き物を襲っているだけなのだ。
動きを止めたいなら粉々にするか、四肢を切断するしかないのである。
3度目の戦いが始まってから20分ほどが経過したあたりで、ネストの叫ぶ声が聞こえた。
「バイス! もう魔力が残り少ない! 帰りの分も考えるとギリギリよ!」
「クソっ! まさか本当にグレゴールが復活したのか!?」
全然違います。というか、本当にグレゴールとかいう魔族が相手なら、既に死んでいるのではないだろうか?
魔族ってそんなに優しいの? 知らんけども……。
「撤退だッ! しんがりは俺が! ニーナとネストは先に行けッ!」
無理はしない良い選択だ。こちらとしてもその方が助かる。
その後、争いの音は徐々に遠のき、やがてそれは聞こえなくなった。
「108番。奴らの居場所はどうだ?」
「順調に出口に向かってますね。ゾンビ達が追っていますが、追い付かないでしょう」
「そうか……」
俺はホッと胸を撫で下ろすと、気を緩めた。
「マスターなら殺すことも出来たと思いますけど、なんで殺さなかったんですか?」
「追い返せるならそれでいい。人殺しなんて出来る訳ないだろ……」
元の世界では坊主をやっていたこともあり、殺生は許されない行為だと思っている。
ボルグのような極悪人ならば例外とも言えるが、少なくとも今回はそうじゃない。
ギルドの依頼で調査に来た冒険者。相手から見れば俺の方がダンジョンを不法に占拠する悪人なのだ。
そしてもう1つ。それよりも大切なことがあった。
俺が罪のない人達を殺すような人間だと知ったら、ミアはどう思うだろうか……。悲しむ? いやいや、幻滅されるかもしれない……。そう考えるだけで、胸が張り裂けそうになる。
ミアは俺を信じてくれているのだ。その思いは裏切れない……。
折角盗賊達から村を守り、自分の居場所を手に入れたのだ。それを易々と手放してなるものか。
殺すのは最終手段。俺は殺さずにダンジョンを守り抜く。
破壊神グレゴール。今更修正は効かない。
その名を借りて冒険者達を追い払い、いずれは誰も近づかないような場所として周知させればいいのである。
「そうだ、108番。グレゴールというのは、有名なのか?」
「えぇ。魔王様の配下のうちの御一方でした。彼らの言っていた通り討伐されたので、こちらにはいませんね」
「こちらには?」
「はい。魔界には居ると思いますよ?」
「そもそも魔族とはなんなんだ?」
「魔族は魔界に住んでます。膨大な魔力を消費することによってこちらの世界に来ることが可能です。ただこちらに来たばかりの魔族は人間よりちょっと強い程度です。魔力を消耗しているので」
なるほど。確かに彼等もそんなことを言っていた。
「それでですねマスター。丁度いいのでダンジョンの防衛の為、魔族の方を召喚しませんか?」
「召喚?」
「はい、ダンジョンハートにあれだけの魔力があれば、1人位ならこちらに呼べると思いますよ?」
召喚した魔族にここの防衛を頼んでおけば、俺はある程度自由に動けるだろう。
そうなれば理想ではあるが、上手い話には裏があるものである。
召喚した魔族が俺に従ってくれなければ意味がない。人殺しをしたいわけではないのだ。
「魔族は人を殺すんだろう? 俺がやめろと言って言う事を聞くのか?」
「難しいですねぇ。魔族は人族には少なからず恨みを持っているので……」
正直リスクの方が高そうである。
人を殺してしまえば報復として大々的に攻め込まれる可能性もゼロではない。
いくらアンデッドを呼び出せるとはいえ、物量で攻め込まれれば守り切る自信は雀の涙ほどしかない。
「すまんが、魔族召喚の話はとりあえず保留にしておいてくれ」
「そうですか……。わかりました」
「追い払った彼らが魔族の話を広めてくれれば、侵入者も減るだろう。今日のところは村に帰るよ。また何かあれば呼んでくれ」
残念そうに肩を落とす108番に背を向け、俺はダンジョンを後にした。
――――――――――
九条が村へ帰還すると、108番は1人不敵な笑みを浮かべていた。
自分の計画通りに事が進んでいるのだ。嬉しくないはずがない。
人族とは思えないほどの魔力量を誇る九条を手放すのは惜しい。それだけの実力があれば、呪いをかけたところでいずれは自力で解除してしまうだろう。
縛るものがなければ、ダンジョンは捨てられてしまう。そうならない為にも、108番は嘘を付いていたのだ。
ダンジョンハートとマスターは一蓮托生。
死は人間がもっとも恐れるものの1つ。その効果は言わずもがな。
皮肉なものだ。本来は敵である人族にダンジョンを守護させようと言うのだから。
何故だか九条は、魔族に対しての抵抗が少ないようにも感じていた。
魔族の事を誰からも教わらなかったのか、先入観がないようにも見える。
だからと言って108番は欲張ったりはしない。必要な時だけ呼び出せればいいのだ。
「……このままいけば暫くダンジョンは安泰ですね……。防衛戦力が皆無なのは気になりますが、あれだけ魔力が貯蔵されていればどうとでもなります。下準備だけでも進めておきましょう。フフフッ……」
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