第37話 侵入者

 それから3週間が過ぎた。村の様子は平和そのもの。ほぼ村の復旧は終わったと言っていいだろう。

 ソフィアが寄付金を使い依頼を出したところ、報酬を高めに設定したこともあり、別の町からも冒険者や職人達が集まり、あっという間に村は元通りになった。

 しかし、全てが元通りという訳ではなく、そこには若干の変化も見られたのだ。


 俺とカイルは村の復興の手伝いとして、忙しい日々を送っていた。

 その間、ミアの護衛にとカガリを一緒に行動させていたのが、そもそもの原因であった。


「コット村のギルドに魔獣を操る職員がいるらしい。しかもまだ子供だそうだ……」


 盗賊の襲撃から1週間ほどが経ったある日、そんな噂話を聞くようになった。

 その真相を確かめるべく……もしくは好奇心で、近場はおろか遠方からも冒険者達が集まってきたのだ。

 ソフィアはギルドで仕事を受けてくれる人が増えたことで大喜びなのだが、当の本人はたまったものではない。

 ミアがカガリに乗って職員通用口から出てくると、冒険者達からは歓声が上がる。


「すごいな……。アレを手懐けるとはかなりの手練れだ……」とか、

「ギルド職員なのはもったいない……。いっそ冒険者としてやっていった方が稼げるんじゃないか?」とか、

「きゃーすごーい。さわってもいいですかぁ?」などなど、ミアの周りには男女問わず多くの冒険者達が群がっていた。


「ごめんなさい。仕事中なんで! 通してください! 通してください!」


 遠慮がちなミアとは対照的に、カガリは人をかき分けぐいぐいと進んで行く。

 掲示板に依頼を貼り出すだけの作業も、こうなっては一苦労。その光景はアイドルの出待ちかと思うほど。

 カガリも色々な人に触られて不機嫌そうにしているが、ここでキレるとミアに迷惑がかかる為、我慢せざるを得ないといった状況にストレスが溜まっているだろう。


「九条……。ミア、凄い人気だな……」


「ああ……。正直ちょっと引くわ……」


 カイルと2人で専属用の仕事待ちをしながら、冒険者達に囲まれているミアとカガリを見て、正直な感想を漏らす。

 なんとか依頼を張り付け、職員通用口へと戻って行くミアとカガリ。そしてミアがカウンターから顔を出すと、そこに行列が出来るのだ。


「あのー……。こちらのカウンターでも依頼の受注は出来ますよー?」


 隣のカウンターから聞こえて来るのはソフィアの声。悲しいかなそこには誰も並んでいない。


「かなり苛立ってるな……」


「そうか? 笑顔じゃないか」


「九条はまだまだ甘いなぁ。あれは営業スマイルだよ。右目の下あたりがピクピクしてるだろ? あれはかなり苛立ってる証拠だ。余計なことは言わない方がいい」


 それはソフィアに聞こえていたようで、カウンター越しから鬼のような形相でカイルを睨みつけていた。


「ヒェ……」


 隣でガタガタと震えるカイルを見て、ソフィアを弄るのは止めようと心に誓ったのだ。


 ミアは全ての依頼受注作業を終えると、疲れ切った様子でカウンターに突っ伏した。

 あの量をほぼ1人で捌いたのだ、時刻はすでに昼前。気が緩むのも仕方ない。

 そして、ようやく俺達に声がかかった。


「えーっと、本日のお仕事はありません」


「「……は?」」


 ソフィアの言葉に、俺とカイルは間抜け面で聞き返す。


「いや、だからないんですよ依頼。流れの冒険者さんがすべて受注していってしまいました……」


 まあ、あれだけの冒険者が殺到すれば依頼もなくなるのは当たり前だ。ギルドから見れば嬉しい悲鳴なのだろう。

 ミアには悪いが、たまの休みだと思って日々の疲れを癒そう……。そんな風に気楽に考えていたのだが、村の復興が終わっても仕事が割り振られることは無かった。

 別にいいのだ。専属の冒険者は仕事がなくても少ないが安定した収入がある。

 自分の求めているスローライフに一歩近づいたと思えばいいだけだ。

 そして、今日もやることがなく、村の散歩に勤しもうとしたその時だった。頭の中に響く声が、俺の日常を奪ったのである。


「マスター! マスター! 聞こえますか!? 侵入者です!」


「え?」


「え? じゃないですよ! 侵入者ですよ侵入者!」


 耳の奥から声が聞こえる不思議な感覚。

 特別なことは何もしていないのに、こちらの声は108番には聞こえている様子。

 ということは、俺は独り言をぶつぶつと呟いているおっさんである。

 怪しい事この上ない。


「防衛戦力ゼロなんですから、ほっといたらダンジョンハートが見つかっちゃいますよ? まぁ隠し通路が見つけられればですけど……」


「それはマズイな……」


 玉座の後ろにある隠し通路なんかあってないようなものだ。本気で隠すつもりがあるのかすら疑う。


「でしょう? ダンジョンハートが壊されればマスターは死んじゃいますよ?」


「……は?」


「いや、ですからダンジョンハートが壊されたら、私もマスターも死んじゃうんですよ」


「いや、ちょっと待て! それは聞いてないぞ!」


「言ってませんもん」


「そういう大事なことは、マスターになる前に言っておくべきじゃないのか?」


「そーですかね? どちらにしろあの状況ならマスターになる以外の道はなかったと思いますけど?」


「ぐっ……」


 確かに108番の言う通りだ。正論だからこそ何も言い返せない。

 これでますますギルドにダンジョンの調査をされる訳にはいかなくなった。

 調査中にダンジョンハートが破壊されるようなことがあれば、それは死を意味する。


「わかった。それで俺はどうすればいい?」


「とりあえずこちらに来てください。死にたくなければとにかく急いで」


「マジかよ……」


 誰にも見られないようこっそり村を抜け出すと、近場の森の中へと入って行く。

 あたりをキョロキョロと見回し、魔法書の中から獣骨を1本取り出すと、それを地面に放り投げた。


「【骸骨猟犬コールオブ召喚デスハウンド】」


 ずぶずぶと飲み込まれていく獣骨。

 その地面を掘り起こし、這い出て来たのは白骨化した猟犬だ。

 あばら骨の中央にはゆらゆらと揺れる蒼白の人魂。犬と呼ぶには少々大きすぎる獣型のスケルトンは召喚された喜びからか、遠吠えを上げた。


「うるせぇ。静かにしろ!」


「……」


 消沈したように背を丸くする姿に哀愁を感じてしまうも、今はそれどころではない。


「すまん……。言いすぎた……」


 謝罪の言葉を述べると、やる気を取り戻したデスハウンドが立ち上がる。

 それに飛び乗り、俺は一路ダンジョンを目指し走り出した。



 炭鉱へと辿り着くと、尻をさすりながらダンジョンを降りていく。


「コイツに乗るのは2度目だが、やはり直に跨るのはケツへのダメージが半端じゃないな……。鞍になる何かクッションのような物を用意しなければ……」


 1度目は盗賊達が村に襲撃に来ていた時である。移動速度は申し分ないが、騎乗者にダメージが入るのはいただけない。


「おかえりなさいマスター」


「うお……びっくりした……。もうちょっとやさしく登場してくれ」


「すいませーん」


 いきなり俺の隣に現れた108番は口をとがらせて不満そうに謝罪する。

 それに反省の色は見えない……。


「そうだ。冒険者達の遺品の中に鞍はないか?」


「鞍ですか……。なかった気がしますね……。ウチのダンジョンはそこそこ広い方だとは思いますけど、馬に乗って入ってきた奴はいなかったかと……って、そんなこと言ってる場合じゃないですよ! 侵入者ですよ侵入者!」


「状況は?」


「正規の入口から入って来てます。相手は3人。現在は2層あたりでゴブリンと戦闘中ですが、まぁ突破されるでしょうね」


「え? ゴブリン?」


「はい、勝手にダンジョンに住んでいるだけなので、私は管理していません」


 魔物っぽい魔物もちゃんといるんだなと関心した。

 探求心と言うべきか、ゴブリンがどんなものなのか見てみたい気もするが、それはひとまず後回し。


「3層と4層の間に魔力で封印されている扉がありますが、そこを超えられると障害物は何もないので、最下層まで来るのは時間の問題かと……」


「封印されていれば問題ないんじゃないか?」


「そうなんですけど、今回は恐らく破られます。1人封印を解除できると思われる魔力を持った魔術師ウィザードがいます」


「今回は? ということは何度も来ているのか?」


「はい。同じ人達ではないですがダンジョン攻略を試みる輩はそれなりにいます。ここ200年は封印の扉を突破されたことはありませんが……」


「それ以前はどうしていたんだ?」


「門が突破されても魔物達や魔族の方がいましたので……。今は知っての通り、もぬけの殻ですが……」


 現状の防衛戦力は俺だけという事か。それとは別に最後の砦としてデスクラウンの罠があるのだろう。

 突破されたら戦ってでも止めなければならないが、できれば殺生はしたくない。

 話し合いで解決したいところだが、相手が話を聞いてくれるだろうか?

 墓荒らしや盗賊の類なら、それも難しいが……。


「ひとまず、その封印された扉とやらまで行こう」



 それは金属で出来た立派な扉であった。門と呼んでも差し支えないほど重厚だ。

 片方の扉で横幅だけでも1メートル。高さは3メートル位だろうか。

 封印の力なのか、扉自体が薄っすらと光って見える。

 厚さがどれくらいあるかは開けてみないとわからないが、物理的な力で破壊するのは厳しそう。

 扉に触れると、金属のひんやりとした感覚と同時に何か懐かしさを覚える。


「なんだろうこの感じ……。どこか懐かしい感じがする」


「そりゃそうでしょう? 今はマスターの魔力で封印してますもん」


 あ、そういう事ね。納得した。


「で? 侵入者は今どのあたりだ?」


「目の前です」


「えっ!?」


 108番の答えに驚き、扉の方へと目を向ける。

 その声が聞こえてしまったのだろう。扉の向こうから聞こえる大声。


「誰かそこにいるのか!? 何者だ!」


 それを聞きたいのはこっちである。

 しばらくなんと答えようか悩んでいると、侵入者達の勝手な推測が始まった。


「いやいや、封印された扉の奥に人がいるわけないじゃない。きっと魔物か何かよ」


「しかし、数百年封印されていたダンジョンだ。魔族がいてもおかしくはあるまい?」


「アハハ。もし魔族だったら私たちはここで全滅かもですねぇ」


 声色から判断するに、女性が2人と男性が1人。

 このまま黙って聞いていれば、封印はいずれ破られる。

 そこで思いついた。侵入者達の話の内容から魔族というのを利用しようと考えたのだ。

 上手くいけば、それに恐れをなして諦めてくれるかもしれない。


 人間を見下す威厳のある魔族。その声は低く、誰よりも強い。自分の中の魔族のイメージを膨らませ、それに成り切る。

 108番以外の誰にも見られてはいない。羞恥心を捨てるのだ……。

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