第19話 カガリ

 白狐達が劣勢になってしまったのは、俺の所為だったのでは……?

 やべぇ……どうしよう……。素直に謝るのが正解か……。それとも藪蛇か……。

 一瞬の内に幾つもの可能性を考えては消えて行く。

 そして、やっぱり黙っておこうと結論付けた。知らぬが仏という言葉もあるしな……。

 とは言え、このままでは寝覚めが悪い。


「よ……よーし。俺で良ければ協力しようじゃないか……」


 情けなく震えた声で協力を約束すると、白狐達はそれに喜びの声を上げた。


「礼を言う九条殿。我が不甲斐ないばかりに……」


「いや、いいんだ。これも何かの縁だろう」


 自分で蒔いた種である。断るわけにもいくまい……。


「ミア……。白狐は後ろ足を負傷しているみたいなんだが、治してやれないか?」


「うん。大丈夫だと思うけど……」


「そうか……。じゃぁ頼む。魔法にかかる金は俺にツケといてくれ……」


 またしても借金生活の始まりである。……が、自分の所為なので文句は言えない。


「白狐。今からミアがお前の傷を癒す。そちらに近づいてもいいだろうか?」


 その言葉に白狐は目を見張り、感嘆の声を上げる。


「なんと!? それはまことか? 是非お願いしたい」


「ミア、近づいても大丈夫だそうだ。傷を癒してやってくれ」


 白狐に恐る恐る近づくと、傷の状態を確認する。

 外傷はあまりひどくはないが骨は折れているだろう。患部は痛々しく腫れ上がり、かなりの熱を帯びていた。


「どうだ? 治せそうか?」


「ちょっと時間かかるけど、大丈夫」


 ミアは左手でプレートに触れると、右手を患部へそっと近づける。


「【強化回復術グランドヒール】」


 俺がソフィアにかけてもらったものより上位の魔法。

 淡い緑色の輝きは、より強く輝いて見える。

 他のキツネ達は魔法がめずらしいのかぞろぞろとミアの周りに集まり始め、その姿は最早モフモフで出来た大きな毛玉。

 ミアの姿が埋もれて見えなくなるほどである。


「はい、終わりっ!」


 数分後、額から垂れていた汗を拭ったミアが毛玉の中から顔を出す。

 同時に白狐は動かなかった足が動くようになっていることを確かめ、嬉しそうにピョンピョンと跳ねまわった。


「ありがとう、人の子よ……。ええと……名は……」


「ミアだ」


「ありがとう、ミア。九条殿、我がミアに感謝していることを伝えてやってくれ」


 そう言うと、白狐はミアに向かって深々と頭を下げたのだ。


「ミア、白狐がありがとうと。感謝しているそうだ」


「えへへ」


 ミアは俺を見上げるとニッコリと笑い、白狐の鼻筋をやさしく撫でた。


「そうだ。何か報酬を用意せねば……」


 こうなったのも俺の所為だ。その申し出を慌てて断る。


「いや、報酬を貰うほどのことじゃ……」


「しかし、ここまでしてもらって何もなしというのも……。そうじゃ、そなたに供をつけよう。えーっと、誰か……」


「その役目、私が果たして見せましょう」


 そう言って前に出てきたのは、俺達が助けたキツネである。


「そうか。そなたなら何の問題もあるまい」


「ちょ……ちょっと待ってくれ。急にそんなこと言われても……」


「なんじゃ? 不服か?」


「不服ではないが、無理についてくることもないだろう」


 これは本心だ。供をするということは見分役も兼ねていると見て間違いない。

 もしかすると、この先ウルフ族との戦闘になるかもしれない。

 白狐ならかなりの戦力になるだろうが、それ以外の者はただのキツネ。

 言い方は悪いが、ウルフ相手にキツネ1匹増えたところで戦力になるとは思えない。


「無理にではありません。私はあの時助けていただかなければ、命を落としていたでしょう。その恩を返せる願ってもない機会でもあるのです」


「本人(本キツネ)がよいと言っておるのだ。問題なかろ?」


 困った俺はその判断をミアへと委ねた。ギルドから借りている部屋はペット不可かもしれない。


「ミア。昨日助けたキツネが一緒に来たいと言っているんだが、ダメだよな? ギルドに迷惑がかかるしな?」


 それを聞いて、目を輝かせたミア。


「え? ホントに? 全然大丈夫だよ! ギルドはペットOKだもん!」


 八方塞がりである。

 ミアなら俺の考えを読んで丁重に断ってくれるだろうと思っていたのだが、考えが甘かったようだ。


「どうやら、ミアは賛成のようじゃな」


「はぁ、しかたない。だがウルフ達と戦闘になったら守り切れないかもしれないが、それでもいいのか?」


 昨日ウルフに襲われた時、正直あんなにあっさり片付くとは思っていなかった。

 しかし、俺はミアを守りながら戦わねばならない。それ以外のことを気にしている余裕はないのだ。


「まぁ、お主ほどの者と契約できれば、心配はいらんと思うがの」


「契約……というのは?」


「何、そんなに難しいことではない。お主の血を1滴分け与えれば、それで主従の契りとなろう」


「なんで血なんだ?」


 白狐はそんなことも知らないのかといった感じで、ため息まじりに答える。


「血に巡る魔力を取り込み、匂いを覚えるのだ」


 聞いたところでわかるはずがなかった。この世界に来てからまだ数日しか経っていないのだ。

 もう少し真剣に考えたかったのだが、そんな時間もなさそうである。

 ミアは摩擦で煙が出るんじゃないかと思うほど、白狐をずーっと撫でていた。

 その恍惚とした表情はもはや中毒者のようにも見えるが、撫でられ続ける方はたまったもんじゃないだろう。

 白狐の表情が徐々に険しくなっていく様は、そろそろ我慢の限界が近いと言いたげである。


「ミア。ウルフの血抜きに使ったナイフを持ってたろう? ちょっと貸してくれ」


 我を忘れて一心不乱にモフっていたミアは、その動きをピタリと止めた。


「いいけど、どうして? キツネさんを刺したりしないよね?」


「しないしない。契約するのに俺の血がいるんだそうだ」


 ミアの顔が僅かに曇ったのは、それに覚えがないからだろう。

 獣使いビーストテイマーはスキルを使い獣を操る。

 そのほとんどが自分のペットを使うのだが、緊急時には即席で近くの獣を操ることも可能だ。

 それはスキルで使役するのであり、契約とは違う。

 だが、そんなことミアにはわりとどうでもよかった。今は白狐をモフモフするのに忙しいのだ!


「はい」


 ポケットからカバーの付いたナイフを差し出され、それを受け取る。

 左手人差し指の腹を少しだけ切ると、滲み出てくる血液がぷくっと膨れ上がり、切れ目に沿ってドロリと流れ落ちた。


「これでいいか?」


「ありがとうございます主様。……我が御心は主様と共に……」


 差し出した指をペロリと舐められる。

 その瞬間、キツネの身体は純白の光を纏ったのだ。

 その輝きは眩しくて直視していられないほど。

 それは僅か数秒の出来事であったが、そこには先程のキツネの姿はなく、代わりに白狐に似た大きなキツネが立っていた。

 黄色かった毛は白く、どこか面妖な雰囲気であるが、契約前と顔立ちは似ているようにも感じる。

 違う所は尻尾が1本であるところと、手足の先と尻尾の先が赤みを帯びているところくらい。


「これで契約は成りました。主様、なにとぞよろしくお願い申し上げます」


「よもや、これほどとは……」


「な……何がどうなったんだ……?」


 その場にいる全員が、あっけにとられていた。


「そなた、どれだけの魔力を有しておるのだ……」


 白狐はキツネ達の長として数百年の時を経て、魔獣と呼ばれるまでに至ったらしい。

 俺の血にはその長い過程をすっ飛ばしてしまうほどの魔力が込められていて、それに呼応した結果、新たな魔獣として姿を変えたということのようだ。


「私にも血を……」


 白狐にも半ば無理やり舐められたが、残念ながら変化はなかった。


「くっ……ダメか……」


 これは、本心で俺への忠誠を誓ったからこそ成しえたことらしい。


「えーっと、名前は?」


「ありません。出来ればつけていただけると……」


 むむむ……。正直ネーミングセンスは皆無だ。

 キツネといえばゴンなのだが、多分声から察するに女の子。それはさすがに可哀想。

 なにか特徴的なものはないだろうかと、その姿をじっくりと観察する。


「……カガリ、というのはどうだ?」


 尻尾の先が朱色に染まっていて、先にいくほど赤みが増している。

 それが篝火のように見えたからなのだが……。


「カガリ……。今から私はカガリ……。良き名でございます、主様」


 カガリは俺に頬を寄せながらも、大きな尻尾をこれでもかと振っていた。

 犬にも似たその行動に、ひとまずは付けた名前を気に入ってくれたようだと一安心。

 ほっとしながらも手を伸ばし、ふかふかの首筋を優しく撫でた。


「あー! おにーちゃんずるーい!」


 白狐から離れたミアはカガリを撫で始め、ようやく解放された白狐は安堵からか深く溜息をついていた。



 カガリとの契約により『魔獣使い』の適性がひっそりと発現していたのだが、俺がそれを知るのは、まだ先の話である。

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