第9話 戦闘講習

 食事を終え一息ついていると、武器屋の親父が迎えに来た。

 村のギルドは規模が小さい為専用の訓練施設はなく、武器屋の裏庭を借りて講習をしているらしい。

 そこは、村と森との境界線に存在する小さな空き地。村の外壁からは圧迫感を感じるほど。

 申し訳程度に囲っている柵はまるで小さな牧場で、そこには武器という武器がズラリと立てかけてあった。

 短剣、曲剣、直剣、両手剣、槍、片手斧、両手斧、鞭、弓、棍棒、メイス、ハンマーなどなど。

 基本は全て押さえてあるとでも言いたげな品揃え。

 この中から好きな物を使って、講習を行うとのこと。

「気に入ったら買っていってくれ」などと言われ、商魂逞しいおっちゃんだなぁと思う反面、残念ながらカネはなく、ない袖は振れないのだ。


 暫くするとソフィアとカイル、それと1人の若者がやって来た。

 あれは確か防具屋のせがれだ。昨日の飲み会に顔を出していたのを覚えている。

 一緒になってついて来たのは、大勢の村の子供達。

 ソフィアの周りに集まっているところを見ると、それだけ人気があるのだろう。

 優しそうな笑顔がそれを裏付けている。


「すいません。危ないからついてきちゃいけないって言ってるのに……」


 断り切れないのは相手が子供だからか、それとも意志の弱さ故か……。


「だって、カイルのにーちゃん戦うんでしょ? 見たいもん」


「「ねー?」」


 どうやら、子供達のお目当ては戦闘講習の見学のようだ。

 カイルは広場の中心に、担いでいた先の尖った細い丸太をドスンと勢いよく突き刺した。

 それを両手持ちのハンマーで、ガツガツと地面へと打ち込んでいく。

 その後、防具屋のせがれから金属製の盾を受け取り、革紐で丸太にぐるぐると括り付けた。


「よし。子供達には悪いが今回は手合わせじゃない。これを相手にしてくれ。手合わせしたいのは山々なんだが、ちょっと体調が悪くてな……」


 丸太に括り付けた盾をコンコンと叩くカイル。しかし、その表情は笑顔。正直体調が悪いようには見えない。


「「えー……」」


 子供達からは非難の声が上がる。


「だから来る途中に言ったろ? 模擬戦をするわけじゃない。見世物じゃないんだ。ほれ、帰った帰った」


「なーんだ、いこーぜ」


 お目当ての物が見れないと知るや、子供達の半分はどこかへ行ってしまった。

 残った半分の子供達はソフィアが目当てのようで、まだ帰る気はなさそうだ。


「で、俺はどうすればいいんですか?」


「はい、お好きな武器で盾に攻撃していただければ大丈夫です」


 ゲームセンターにあるパンチ力測定マシンみたいな事をやればいいのか。


「えっと、盾とか傷ついちゃうと思うんですけど、いいんです?」


「大丈夫です。傷つかないように、盾には防御魔法をかけますから。あと、先程も申し上げました通り、形式上やるだけですので小突く程度でいいですよ?」


 それに異を唱えたのは武器屋の親父。職人魂に火が付いたのだろう。


「何いってんでいソフィアちゃん。俺の店の武器を貸してやるんだ、どうせだから思いっきりやっちまえ!」


「そーだよ。ウチの盾がこんなもやし武器で壊れるわけないから、おもいっきりやっちゃいなよ」


 それを聞き逃してはなるものかと武器屋の親父は、防具屋のせがれに詰め寄った。


「……おい、防具屋。てめぇ今なんつった?」


「ウチの防具は、こんなもやし武器じゃ壊せないっつったんだよ!」


「あぁん!?」


「あわわ……。ここは穏便にいきましょう、穏便に……」


 ソフィアは武器屋と防具屋の意地の張り合いに割って入るが、どちらもやる気は満々だ。

 自分の店の商品に自信があるのだろう。


「ほっといていいんですか?」


「やらせとけ。武器屋と防具屋は昔っから仲が悪いんだ」


 カイルがそう言うなら、その間に武器を選んでおこうと近くにあったロングソードを手に取ってみる。


「ぐっ……おっも……」


 片手で持てなくはない……。持てなくはないが、振り回すというより、振り回されてしまうだろう重さだ。

 ロングソードは諦めてショートソードを手に取るも、こちらもやや重い。――が、一応振ることは出来そうだ。


「おにーちゃんは適性なんだったの?」


「死霊術と鈍器らしい」


「ハイブリッドなんだ。めずらしいね」


「あぁ、そうみたいだな」


「死霊術は戦闘向きじゃないし使えないだろうから、鈍器から選んだ方がいいよ?」


 わかってはいた。しかし、誰もが1度は憧れる武器だと思ってロングソードを最初に手に取ったが、確かにこの重さの物を片手で持ち、なおかつ戦わなければならないとなると現実的ではない。

 というわけで剣は保留。ミアに言われた通り鈍器の中から軽そうな棍棒を手に取った。

 当たり前だが金属でない分、剣よりは全然軽い。これなら使えそうだ。


「それにしても、棍棒って生ハム原木に似てるな」


「ぷふっ」


 それを聞いて、クスリと笑顔を見せるミア。

 生ハム原木で通じるということは、この世界にもあるのだろう。見れば見るほどよく似ている……。


「おにーちゃん、これにしようよ。強そうだよ? んむぅ……」


 ずるずるとミアが持ってきてくれた――いや、引きずってきたのはハンマーだ。

 先ほどカイルが使っていた物より小さい片手用の物。

 片手用と言ってもDIYで使うようなトンカチではなく、長さ的にはメイスやショートソードと同じく60センチくらいでその頭はネイルハンマーに近い形状。

 打撃面はより大きく平らで、その反対側は尖っていて先端はより鋭利になっている。


「危ないぞ、ミア」


 重量のバランスが先端にある為、威力は高そうだが剣より扱いにくそうだ。

 ――と思っていたのだが、それを手にすると意外にもひょいと持ち上がる。

 見た目に反してとても軽い……。プラスチック……ってことはないよな……。チタン製だろうか?

 どう表現したらいいかわからないが、感覚的には金属の塊とは思えない重さ。体感だと2リットルのペットボトルより軽い。


「どお? おにーちゃん。使えそう?」


「あぁ、軽い。軽すぎて逆に痛くなさそうだ」


「それはきっと、適性が効いてるからだよ。おにーちゃんの適性ランクはカッパーだけど、いっぱい使って適性が成長すれば、もっと使いやすくなるよ。プラチナプレートの剣士さんは、剣で岩をバターみたいに切るんだって」


 元の世界で木魚を叩きまくってたから、その経験が適性として現れているのだろうか。

 木魚を実際に叩いたことがある人はそういないだろうが、あれは結構力を入れなければいい音は出ない。

 最近の物は、それほど力を必要としないと聞いているが、実家にあったのは結構な年季物だった。


「よし。じゃぁ折角ミアが選んでくれたことだし、これでいこう」


 まずは素振り。危ないので、ミアには少し下がってもらい、それを片手でぶんぶんと振り回す。

 それを見ていたソフィアとカイルの顔色は何時になく悪い。

 カイルは体調不良のようだが、ソフィアも大丈夫だろうか?


「うん、いい感じだ。とりあえず武器はこれでいこうと思うんですけど……」


「そ……そうですか……」


「じゃ……じゃぁ防御魔法を展開するので、なるべく穏便にお願いしますね?」


「おもいっきりやったれ兄ちゃん! ガハハ」


 ソフィアには悪いが思いっきりいこうと思う。

 この世界では、俺よりミアの方が先輩だ。ここで俺の実力を測ってもらえば、今後受ける依頼の選別もしやすいだろう。

 身の丈に合わない依頼を受けて、死んでしまうのは御免である。


「じゃぁ皆さん、柵の外に出て下さい」


「おにーちゃん、がんばってねー」


 ミアの応援に、片手を上げて答える。


「じゃぁミア。あなたは外側の防御魔法お願い」


「え? 私が外側担当するんですか? 支部長の方が、高度な魔法使えるんじゃ?」


「私は盾にかけるから。念の為……」


「はぁ。わかりました」


 ミアはあまり納得できない様子。

 しかし、それが上司の指示であればと、言われた通り魔法をかけた。


「【範囲フィールド防御術プロテクション(物理)フィジクス】」


 盾を中心に広がるドーム状の薄い膜が全体を覆い、その内側に俺だけが取り残された状態。


「【強化グランド防御術プロテクション(物理)フィジクス】」


 続いてソフィアは丸太に括り付けられた盾へと魔法をかけた。

 盾が輝き出し、表面が緑色の膜に覆われる。それは肉眼でハッキリ見えるほどの厚みだ。


「え? 強化グランド!? 支部長、そんなに強い魔法展開するんですか?」


「え……えぇまぁ……。一応予備として……。念の為……」


「きれいですね……。これちょっと触ってみてもいいですか?」


「えぇ、大丈夫ですよ」


 暑くもなく冷たくもない透明な膜が、盾に貼り付いているといった感じ。

 触り心地はガラスやアクリルに近いツルツルだ。


「よし、じゃぁいきますよ?」


「おにーちゃん、がんばれー」


 軽く深呼吸して気持ちを整えると片足を上げ、ハンマーをバットのように振りかぶる。


「せーのぉ……」


 最大限の空気を肺に溜め込み、足で地面をガッチリ掴む。

 そして可能な限り全体重を乗せた力で、ハンマーを一気に振り抜いた。

 それは渾身の力を込めた奇跡の一撃。


「おりゃぁぁぁぁ!」


 それが盾にインパクトした瞬間、激しい金属同士の擦れで火花が上がり、耳を塞ぎたくなるような轟音が辺りに響いたのだ。

 2人が張った防御魔法はどちらも粉々に砕け散り、バラバラになった盾の破片が魔法の残光を反射して、キラキラと輝き辺りに舞い上がる。

 持っていたハンマーの頭部はポッキリと折れ、村と森とを分け隔てていた木製の壁には、大きな穴が開いていた。

 皆、理解が追い付かず、口を開け固まっていたのだ。


 何より1番驚いていたのは、それをやった本人である。


「……そうはならんやろ……」

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