第10話 疑いの目
「おにーちゃん、すごーい」
嬉しそうに俺の周りをピョンピョンと跳ねまわるミア。
「ウチのハンマーがぁぁぁぁ!」
「ウチの盾がぁぁぁぁ!」
防具屋はその場にガクッと膝から崩れ落ち、武器屋の親父は少し前までハンマーだった金属の棒を見て涙していた。
すっかり怯えてしまった子供達は、ソフィアのスカートの中に隠れているのかその膨らみはまるでドレス。
壁には人1人がすっぽりと通り抜けられそうな穴。その周りには破壊された盾の破片がいくつも突き刺さっていた。
カイルは気分が悪いのか、端の方でその壁に手をつき吐いている……。
ここに来て体調が悪化してしまった様だが、大丈夫だろうか……?
耳を劈くような轟音だった。それを聞いた近くの村人が、何事かと集まってきてしまったのは当然の結果である。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「すいません! すいません!」
俺とソフィアは平謝りだ。壊したハンマーや盾の弁償が出来ればそうしたいが、カネがない。
多分、ソフィアも同じ理由だろう。必死に謝っているところを見ると、ギルドでは保証してくれなそうだ。
「新人さんは、まぁ俺も思いっきりやれって言った手前、あまり責められないが……。ソフィアちゃん」
「はひ……」
「新人さんの力量を測るのも、ギルドの仕事なんじゃないの?」
「すみません……。まさか防御魔法が破られるとは思ってなくて……」
「はぁ……困るなぁ、商売道具なんだよねぇ……。これじゃカミさんに怒鳴られちまうよ……」
「でも……私も小突く程度でって、最初に言ったんですけど……」
「金貨30枚……」
「うぅ……ごめんなさい! ごめんなさい!」
「あ、うちの盾は金貨10枚だから」
「あの、すいません。壊したのは俺なんで……。今は持ち合わせがありませんが、お金が出来たら弁償しますので……」
「まぁ……それなら……」
「私が払うよ」
「「えっ?」」
その声の主は、ミアだ。
「冒険者の責任は、担当の責任でもあるから」
「いや、待てミア。これは俺の責任だ。時間は掛かるが、俺が払う」
「でも武器屋さんと防具屋さんは、早く払ってもらった方がいいでしょ?」
突然の申し出に、武器屋と防具屋は顔を見合わせ、拙い返事を返す。
「あ……あぁ。まぁ……」
子供から払ってもらうとなると気が引けるのか、2人とも返事は朧げだ。
流石にミアに払わせるのは良心が許さなかったのか、ソフィアもポケットマネーからいくらか出すことを提案した。
「俺も出すよ。今回の講習内容を決めたのは俺だしな」
カイルも嘔吐が一段落ついたのか、よろよろと近づいて来る。
その申し出はとてもありがたい。ありがたいが、それ以上近づいてくるな……。
そう思っていたのは俺だけではなかったようで、その場の誰もがカイルとの距離を一定以上に開けていた。
最終的にミアが20枚、ソフィアが10枚、カイルが10枚出すことで、話はまとまった。
もちろんミアの分は、俺が借りるという形でミアに返済していくことになる。
まさかの借金からのスタート。先が思いやられる……。
夕日が眩しい。一通りの掃除を手伝い、俺達はギルドに向かってゆっくりと歩みを進めていた。
「ミア、今日はすまなかったな」
「ううん。大丈夫。気にしないで」
大の大人が子供にカネを借りるとは……。
情けないこと、この上ない。
「ソフィアさんもすいません。思いっきりやってしまって……」
「いえいえ……。いいんですよ、九条さんの力量を測れなかった私も悪いですし……」
「それにしても、おにーちゃん凄かったね。ホントにカッパーなの?」
「そ……そうに決まってるじゃないですか!」
ミアの疑問に、上擦った声で答えたソフィア。
「……そうなの? おにーちゃん?」
「ん? あぁ、検査したらこのプレートが貰えたんだ。そうなんだろう」
「ふーん」
ミアはソフィアの顔をジーっと見つめていた。疑いの目とも取れるねっとりとした視線。
結局ギルドに到着するまで、ソフィアとミアの視線が絡み合う事はなかった。
ギルドに着くと、レベッカが笑顔で迎えてくれる。
「よう、3人ともおかえり。おっさんは今日も夕飯はウチで食うのか?」
「あぁ。お願いしたい」
「了解。2人は?」
「私はお仕事が残ってるので、今日は1人で……」
「私は、おにーちゃんと食べるぅ!」
「おっけー。じゃぁ2人分だな」
ひとまず部屋に戻ろうと階段に足をかけた時、俺はあることを思い出した。
「そうだ。レベッカさん」
「ん?」
「この店に生ハム原木ってありますか?」
「ん? あるけど……? それがどうした?」
レベッカは、カウンター下に保存してあった生ハム原木を持ち上げて見せてくれた。
それは先程の棍棒と瓜二つ。
俺とミアは、顔を見合わせケラケラと笑うも、ソフィアとレベッカは意味が分からず、首を傾げていた。
今日はさすがに宴会にはならなかった。
昨日ほどではないが一応客は来た。来たのだが、俺と楽しそうに話しているミアに遠慮して、手短に済ませたという感じであった。
相変わらず、沢山の農作物を置いていったが……。
一応断ってはいるのだが、「保存出来るから大丈夫」とか、「村を守ってくれるならこれくらい安いもんだ」などと言われて、断り切れないのだ……。
親切で良い人達なのだが、なんというか圧が凄い。
この野菜を換金して、借金返済の足しに――とも思ったが、それは人としてダメだろうな……。
「そういえば、温泉が無料で使えると聞いたんだが……」
「あるよ! 私もおにーちゃんと一緒に入る! 支部長に言ってくるから待ってて」
それから10分。待てど暮らせど一向に戻ってくる気配がないミア。
何かあったのかと思い迎えに行くと、ミアは残りの仕事を片付けていた。
「ミアはまだ仕事があるので、お風呂は1人で行ってきてください」
ソフィア曰く暫くかかりそうとのこと。まぁ、仕事なら仕方あるまい。
教えてもらった温泉は、ギルドに隣接する露天風呂。
渡り廊下で繋がっているそれは、温泉旅館にも似た趣があり悪くない。
浴槽は家族風呂より少し大きい位のサイズ感。
熱くもなく、温くもない湯加減は、控えめに言って俺好み。長く入っていられる為、個人的にはあまり熱くない方が好きだ。
村全体で源泉をシェアしているので、村人達がギルドの浴場を使う事もなく、ほぼ貸し切り状態。
のんびりと湯舟に浸かり空を見上げると、夜空に浮かぶ星々がキラキラと輝いていた。
「東京では、こんな星空見られなかったな……」
すると、急に脱衣所の扉がスパーンと勢いよく開いた。
公衆浴場なのだから、誰かが入って来てもおかしくはないのだが、その勢いは尋常ではない。
何が起こったのかと振り返ると、そこには素っ裸のミアが立っていたのだ。
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