第394話 王女護衛計画
「あら王女様。こちらにいらしたのですね」
突如、姿を見せたのはネスト。その後ろからぞろぞろと部屋に入って来たのはバイスとニールセン公である。
王女を前に跪くニールセン公。挨拶も早々に済ませると、今度は俺が握手を求められその手を握り返す。
「九条。よく来てくれた。礼を言う」
「この度はおめでとうございます」
「ありがとう。これも九条のおかげだ」
その声からは喜びの感情が滲み出ていたが、それもすぐに消え失せた。
そして辺りを注意深く見渡したニールセン公は、小さな声で全員に席に着くようにと促したのだ。
「どうしたのですか? ニールセン公」
不穏な空気に目を細めるリリー。
「リリー様。是非ともお耳に入れたいお話が御座います……」
先程までの柔らかい笑みは消え失せ、ニールセン公の表情が険しさを増す。
それだけで何かを理解したネストは部屋の戸締りを確認し、カーテンを閉めていく。
従魔達は進んで扉の前へと移動すると、部屋の外に聞き耳を立てた。
「単刀直入に申しましょう。グリンダ様がリリー様をシルトフリューゲルに売り渡そうと企てている恐れが御座います」
それに誰もが驚きを見せたが、突拍子もなさすぎて半信半疑であったというのが正直な感想。
「えっ……」
一番驚いたのはリリー本人だろう。不安に駆られ、血の気を失くしていく顔。あまりの衝撃に視線は泳ぎ、喋ろうにも声は出ない。
「ニールセン公と言えど、間違いでは済まされませんよ?」
ニールセン公を鋭く睨みつけたのはネスト。それに憤ることもなく、ニールセン公は消沈した。
「確定ではないが、用心に越したことはないだろう? 私だって大事な息子の結婚式でこんな事言いたくはない……」
「それに足る理由があると?」
「ガルフォード卿。魔法学院試験の帰り道、私がグリンダ様に不穏な動きがあると言ったのを覚えているか?」
「はい。シルトフリューゲルに使者を送っているとか……」
「そうだ。それを私の手の者に探らせたところ、グリンダ様は相手国から多額の支援を受けているようなのだ」
「それは……」
「いや、もちろん大事になる前にやめるようにと言ってはいるが、グリンダ様が聞く耳を持つと思うか? 正直呆れて物も言えなかった……。その見返りとして相手側が求めているのが王族の血筋。ここまで言えばわかるだろう?」
グリンダならやりかねない。誰もがそう思っているからこそ、ニールセン公の話はすんなりと呑み込めた。
「リリー様を、無理矢理に引き渡す可能性が高い――と?」
「恐らく……。もちろんそれはグリンダ様でもいいはずだが、自分から進んで身を捧げるとは思えん。そして、その会場となるのが息子の結婚式だ。私の知り得ぬところでグリンダ様は相手国に招待状を送っていた。それは王家の親書。断る術がないのだ……」
自分の息子の晴れ舞台。それを体よく使われるのだ。表には出さずとも、そのやり場のない怒りは相当なものだろう。
「相手国の使者が到着するのは何時頃?」
「恐らくは明後日の婚約式当日。だが、私とてわかっていて手をこまねいているほど馬鹿ではない。非常に残念だが、リリー様の式典への出席は取りやめとし、お帰りになっていただこうと思うのだが……」
決断をするのはリリーだ。皆の視線がリリーに集まり、その返事を待つ。
「いえ……。私が出席しなければ、ニールセンの名にキズがつきましょう。なにより私にはシルトフリューゲルに赴く用事はありません。正面からキッチリとお断りすればいい話。幸い私には優秀な護衛がおりますし、いらぬ心配です」
皆に微笑みかけるリリー。しかしそれは気丈に振舞っているだけ。その手が小さく震えているのが何よりの証拠だ。
それが王族の仕事。とは言え、この歳の子に背負わせるには重すぎる責任である。
「リリー様の寛大なお心遣いに深く感謝致します……」
再度跪くニールセン公。その顔は悔恨の色に染まっていた。
「ならば、ちゃんとした護衛プランを考えねばなりませんね……」
それを聞いた全員が、俺の顔を凝視する。その表情は、まるで信じられないとでも言わんばかり。
「え? 何か変な事言いました?」
「いえ、別に……」
苦笑いを浮かべ視線を逸らすネスト。
わかっている。どうせやる気になっている俺が珍しいとか言うんだろう。
見くびらないでいただきたい。怠けていい時とそうでない時の見分けくらい付く。
本人の前でめんどくせぇ……なんて言えると思うか? そう聞いたらどうせ頷くだろうから口には出さないが、今回に至っては本気である。
相手はあの第2王女。容赦する必要もなく、むしろやる気も出るというものだ。
ここで相手の心を折っておけば、今後リリーに対する考え方を改めるかもしれない。長い目で見れば、俺の仕事が減るのである。
「九条? わかっているとは思うけど、殺しちゃだめよ?」
「わかってますって。全身全霊を掛けて王女様を守って見せます!」
親指をビシッと突き立てリリーに微笑みかける。それは明らかに王女を相手にした立ち振る舞いではなかった。
ハッと気づいた時にはもう遅く、ネストにまたどやされるとも思ったのだが、ネストとバイスはそれを静観しているだけ。
俺のやる気に免じて許されたのだろうとホッと一息つくと、リリーにしては珍しく惚けた顔で俺をジッと見上げていた。
その頬が若干染まっていた事と、その後ミアの機嫌が悪かった事の因果関係は不明である。
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