第393話 シュトルムクラータ

 ミスト領シュトルムクラータ。スタッグ王国最東端の街であり、人口第4位の都市である。

 小高い丘の上に立地し、隣国であるシルトフリューゲルと事を構える最前線。それでもニールセン公爵率いるアップグルント騎士団のおかげで無敗を誇る都市でもある。

 しかしそれは表向き。確かに無敗ではあるのだが楽勝というよりも辛勝であり、危機的とは言わずとも予断を許さない状況。

 その戦争は300年前から続く因縁の歴史。それはスタッグ国王の暗殺を企てたローレンス卿こそが事の発端であった。

 戦争が人を呼び街を育て、その上に成り立っていると言ってもいい街。サザンゲイアほどではないにしろ、鍛冶に従事する職人も多数存在する。

 最近はシルトフリューゲルも大人しく、大きな戦争も起きてはいないが油断はできない。

 騎士団は魔物討伐なぞに出向いている暇はなく、それは全て冒険者に一任されている。

 冒険者はそのついでに斥候のようなことも任される為、仕事が多く稼ぎやすい。故にギルドも悲鳴を上げるほどの忙しさだ。


「ようこそ九条。歓迎するよ」


「九条さん。アンカース先生。お久しぶりです」


 街に着いた俺達を出迎えてくれたのはニールセン公爵と、今回の主役アレックスだ。

 満面の笑みを浮かべるアレックスに対し、ニールセン公は笑顔を見せてはいるものの、瞳の奥は笑ってはいない。少々緊張した面持ちである。

 そこはニールセン公の屋敷……いや、もう城と言ってもいいほどの建物が聳え立つ敷地内。

 辺りに見える招待客は疎らではあるが、2人の発汗量から既に相当数の客達を捌いているのだろう事が窺える。


「ごきげんようアレックス。そしておめでとう」


 ネストが馬車を降りアレックスに一礼すると、俺とバイスもそれに続く。


「九条さんはそんなに畏まらないでください。貴族じゃないのにそこまでは求めません。来てくれるとは思っていなかったので嬉しいです」


「正直助かるよ。付け焼き刃だから、至らぬ所があれば言ってくれ」


 出来れば本心であることを期待したいが、恐らくは社交辞令なのだろう。堅苦しいのは嫌いだが、俺の行動1つで派閥に迷惑を掛けてしまう事にもなりかねない為、慎重を期す。

 とは言え、久しぶりに見た2人の顔は、しっかりと親子をしているようでホッとした。

 ニールセン公は少し老けただろうか? いや、何処か穏やかにも見えてしまうのは頬を緩めている為だろう。

 アレックスの門出を心から喜んでいる。それがニールセン公の望みであり同時に夢でもあったはず。

 アレックスが身を固め、これで公爵家を任せられるという安心感が無意識に出てしまっていると考えれば、頷けるというものだ。


「では九条。挨拶はこれくらいにして部屋へと案内させよう。後程伺わせていただくから、そのつもりでいてくれ」


 その間にもぞろぞろとやって来る招待客。それに押し出されるようにその場を後にすると、使用人に案内されたのは俺達に割り当てられた3階の一室。

 もう説明することもない豪華な部屋。ネストの屋敷と寸分たがわぬ広い室内ではあるのだが、そこには俺以外にもミアと、白狐を除く従魔達が当然のように居座っていた。

 もちろんミアにも別の部屋が用意されているのだが、そこは空き部屋となるだろう。毎度の事である。

 自分達の荷物を置くと、その中からブラシを取り出したミアは、従魔達のブラッシングに精を出し、俺はというと窓から外を窺いながらも背伸びで硬くなった身体を解していた。

 そこから遠くに見えるのは、西日に照らされた国境となるフェルス砦である。防衛に従事する兵が数多く駐屯している場所であり、未だ破られてはいない難攻不落の城壁だ。


「ねぇ、おにーちゃん」


「なんだ?」


「折角の式典なんだから、カガリ達もおしゃれしないとダメだよね?」


「は?」


 振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべるミアと、綺麗に横一列に並んだ従魔達。


「なんだそりゃ……」


 いくつものリボンで毛を束ねられたカガリとコクセイ。ワダツミに至っては角に星が付いている。クリスマスの天辺につけるアレだ。


「くっ……殺せ……」


 カガリはまぁ、女の子だからいいとしても、コクセイとワダツミは酷すぎる。

 無理矢理やらされた感は否めず、それをオシャレと捉えるには些か疑問が残る出来栄えである。


「かわいいでしょ!?」


「そ……そうだな……」


 満足そうなミアに、引きつった笑顔を向ける。

 その時だ。扉がノックされ、入ってきたのはリリー王女と近衛兵のヒルバーク。そして出張中の白狐である。


「九条殿。お願いがあるのだが……」


 神妙な面持ちの2人に対し、白狐は他の従魔達を見てサッと目を逸らした。


「おい白狐! 言いたいことがあるならハッキリ言え!」


 凄むコクセイの迫力は皆無。全てはリボンの所為である。


「随分と愉快な格好をしておるな……。似合っているのではないか?」


「なんだと!? 貴様! もういっぺん言ってみろ!」


 いがみ合う従魔達を華麗にスルーし、ヒルバークの話に耳を傾ける。


「どうしました?」


「もしよかったら、隣の部屋を譲ってはいただけないだろうか?」


「それはミアの部屋の事ですか?」


「うむ。リリー様にと用意された部屋に少々問題があってな……」


「構いませんよ? どうせミアはこっちで寝ると思いますし……。それよりも問題とは?」


「リリー様の部屋の近くに……その……グリンダ様が……」


「ああ、なるほど……。理解しました」


 故ノルディックと共に、ミアを亡き者にしようとしたアバズレだ。

 俺の中では聞きたくない名前部門、第1位。思い出したくない顔部門、第1位。関わり合いになりたくない部門、第1位の3冠を達成している第2王女グリンダ。

 王族でなければ、今頃この世にはいなかったであろう人物でもある。

 妹であるリリーとの仲が悪いのは周知の事実。……と言っても、その原因を作っているのはグリンダ自身。典型的な利己主義的考え方の持ち主だ。


「すみません。九条。あまり迷惑は掛けたくないのですが……」


「いえいえ。お気になさらず」


 しゅんと俯くリリー。俺の所為ではないのに慌てて取り繕ってしまうのは、相手が王族だからという理由だけではない気がする。

 可哀想……などと言ったら不敬だと言われてしまいそうだが、王族とは言えまだまだ子供。周りから守られる存在であるのには変わらない。

 ニールセン公は表向き第2王女派閥に属している。ならばグリンダが招待されていてもおかしくはないと思ってはいた。

 リリーもグリンダも王族だ。あてがわれる部屋も最上級の物だろうし、優劣が付けられないとすれば部屋が近くなってしまうのも当然である。

 逆に気を利かせようものなら、ニールセン公が怪しまれてもおかしくはない。


「いくら第2王女とは言え、よそ様の式典で暴れたりは……。いや……やりかねないな……」


 こちらがやらないだろうと思う事すらやってのけるのがグリンダだ。そこに痺れも憧れもしないが、顎に手を当て憂慮する俺を見て、リリーはクスクスとはにかんだ笑顔を覗かせていた。

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