第391話 魔界へと至る方法

 ババアから返却されたデスマスクを預けにダンジョンへと足を伸ばす。


「フードル。いるか?」


「おお九条。何用じゃ?」


「これからの事について、ちょっとな……」


 ダンジョンの地下9層。玉座の間から少し手前の骨が大量に詰め込まれていた小部屋の一角。そこがフードル専用の部屋に生まれ変わっていた。

 一通り生活には支障のない程度の家具が置かれただけの部屋だが、フードルが匿われていた小さな納屋よりは十分広く快適に見える。

 難点は、地下だけに圧迫感を覚えてしまうことくらいであろう。


「グリムロックの地下を思い出すな……。住みづらくないか?」


「ワシ等魔族は地下が住処みたいなもんじゃ。こういう所には慣れている。何かあればアーニャが世話を焼いてくれるし、何の問題もないわい」


「そうか。他に何かあれば言ってくれ。それと……これを返しておこうと思ってな」


 俺が差し出したのは、デスマスク。それに視線を落としたフードルはふと悲壮感を漂わせたが、すぐに首を横に振りそれを受け取ろうとはしなかった。


「いや、それはもうお主の物じゃ。好きにせい」


「好きにした結果、返そうと思ったんだが?」


 多少強引な物言いに頬を緩めたフードルは、鼻で笑いながらも肩を竦めた。


「そうか……。まぁよい。ならばワシの代わりに預かっていておいてくれ。そして誰にも見つからないダンジョンの奥底にでも隠しておいてはくれぬか?」


「……わかった」


 その時だ。耳がキーンとするほどの大声を上げ、108番が俺の隣に現れた。


「うわー! また懐かしい物を持ってるじゃないですかマスター!?」


 目をキラキラと輝かせて、俺の持つデスマスクを凝視する108番。


「急に出て来るなっつったろ……」


 耳を塞ぎながらも不躾な視線を向けると、108番は口を尖らせ反省した様子を見せる。……しかし、それはフリだけだ。


「そうでした。すいません。……でもでも、コレどうやって手に入れたんです? 結構前にエルフ族に盗まれたんですよ?」


「ああ。俺もそう聞いている。それをフードルが取り返し、隠してたんだよ。なんの因果か今は俺の手元にあるが……」


「で? それはどうするんです?」


「ひとまず最下層に置いておこうと思ってるんだが……」


「それだけですか?」


「何か問題でもあるのか?」


「いえ、使わないのかなと……。ダンジョン間を自由に行き来できて、条件を満たせば魔界にも転移可能なんですよ?」


「使い方、知らないんだよ」


「簡単ですよ。デスマスクは魔族の角と一緒です。ダンジョンハートのように魔力を吸い上げる機能はありませんが、別のダンジョンハートから移譲してやれば魔力を溜めておくことが出来ます。今は白い仮面ですけど、魔力を溜めると黒くなるんです」


「そうなのか!? なら、これに魔力を溜めればフードルも魔界に帰すことが出来ると?」


「……残念ながらそれは無理です。そのマスクは人間が使うようにデザインされた物。溜めておけるのは人間が使うのに適した魔力であり、魔族に適した魔力ではないのです。そもそも魔族は自分の体内でエーテルを自分用に変換します。人間用の魔力を使えない事もないですが、効率はすこぶる悪いです」


 なんとなくだが理解した。考え方としてはエーテルは原油に近いのだろう。それを用途別に精製していると考えるのが分かり易いだろうか……。

 錬金術を用いて精製すれば人間の使える魔力に……。魔族は体内で変換する。レギュラーガソリンとハイオクの違いのようなものだろう。

 それならネロが転移出来る理由にも納得はいくが、だからと言って俺が使うかと言われると微妙なところだ。


「そういう事か……。まぁ確かに便利だとは思うが、やっぱり使うのはやめておくよ。一瞬で何百キロも移動したら怪しすぎる。どこで誰が見てるかわからないしな」


 主に警戒しなければならないのはネクロガルドだが、ギルドだって俺の動向は調べているはず。むやみやたらにひょいひょい転移して、ダンジョンにエーテルが残っているのでは? と疑われるのも面倒である。

 慎重すぎるかもしれないが、これでいいのだ。ビクビクしながら使うよりは精神的に楽である。


「マスターは気になりませんか? 魔界」


「別に……?」


「えぇ……」


 逆に聞きたいのだが、そんな危なそうなイメージの場所に行きたがる者がいるのだろうか? 敵国に1人でカチコミにいくようなものである。

 安全な場所からひっそり見ることが出来るというなら、少しは見てみたい気もするが行きたくはない。

 そもそも仕事、もしくはミアの為なら喜んで観光にも付き合うが、それ以外での遠出は控えたいというのが本音だ。

 家に籠るのは慣れている。もちろん引きこもりだったからという理由ではない。

 元の世界では、長期の外泊なんてもっての外であったのだ。お寺は年中無休が当たり前のこと。家族旅行なぞしたことがない。

 子供の頃は、長期休み明けに友人の旅行話を聞かされ、羨ましくも思ったものだ。


「ダンジョン転移と違って条件があるんだろ?」


「はい。魔界に行くにはもう1つの鍵と、原初であるダンジョンに赴く必要があります」


 警戒もせずあっさりと教えてくれたのは、恐らくそれが達成困難な為だろう。


「ふぅん。まぁ記憶の片隅にでも置いておくよ。どっちにしろ普段は使わないから倉庫の肥やしだけどな」


「ちょっとマスタぁ。少しくらい興味を持ってくれたっていいじゃないですか! 原初のダンジョンは私が知ってますよ?」


「俺が魔界に行くメリットを教えてくれよ。そもそも魔界って何が売りなんだ? 言っておくが観光には興味がないぞ?」


「それは……」


 言葉に詰まる108番。ということは、それ以外に何か理由があるのだろう。

 恐らくは、その最後の鍵を探して欲しいとかなんじゃないだろうか? 正直言って面倒臭い。


「九条。管理者殿と話しておるのか? 何か揉めているようだが……」


「ああ。魔界の話をしてたんだが、どんな所なのかと思ってな」


「そうじゃなぁ……。1日中暗く、陰湿な場所じゃ。風もなく陽の光も届かない。唯一の良い所といえばエーテルが豊富に湧き出していることくらいか……。地上で表現するならば雨上がりの夜の街……と言った方がわかりやすいかの? もちろん魔族しか住んでおらんから、人族が姿を見せれば大慌てじゃろうなぁ……。クックックッ……」


 故郷を思い出したのか、フードルは頬を緩め低い声で笑った。

 その慌てぶりは想像できなくもないが、それは魔族側の立場だからであろう。人族側としては、笑ってる場合じゃないと思うのだが……。


「……じゃが争いは殆どない良いところじゃ。……と言っても地上に住む人間共にはわからんじゃろうな……」


「まったくのゼロって訳じゃないだろ?」


「意見が対立することはあるが、基本的には話し合いで解決する。暴力行為にまで発展することは稀じゃな」


「魔族って実は温厚なのか?」


「どうじゃろうなぁ。ワシ等から見ればそれが普通じゃからのぉ。逆に人間共は争いすぎじゃ」


 耳が痛い話ではあるが、にわかには信じられない。


「そもそもワシ等は生きて行くのに食料を必要としないからの。エーテルがあれば十分。人間のように食料や土地を奪い合ったりはせん。ある程度の事は魔法で解決出来てしまうんじゃ。魔法は魔族の専売特許だったんじゃからな」


「マスター! 魔界のこと気になりますよね? 気が変わったんじゃないですか?」


「んー……別に……」


「えぇぇ……」


 残念そうに肩を落とす108番。

 争いがない世界。それこそまさに極楽浄土であろう。それが本当なのか、確かめに行ってみたいと思ってしまったのは事実。

 だが、それはあくまで安全であることが確認できたらである。

 108番がゴリ押ししてくる理由もわからないのだ。怪しんでしまうのも仕方のない事だろう。

 急に宇宙旅行に行こうと誘われているようなものだ。確かに他の人には出来ない貴重な体験が出来るのだろうが、興味より不安の方が大きいというのが最終的な結論である。


「まぁ、気が向いたらな」


 今はそんなことよりも、目先の結婚式なのだ……。

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