第390話 諜報員ジョゼフ
「何故だと? それはジョゼフが我が組織の構成員だからじゃよ?」
「なんだとッ!?」
「仮面を見つけた時、あまりの嬉しさにネロ様と呼んでしまってバレたかもしれないとヒヤヒヤしていたようじゃぞ? 気付かんかったのか?」
正直覚えていない。あの時はアニタと仮面の存在に気を取られ過ぎていた。
カガリからの反応がないところを見ると、嘘ではないのだろう。
力が抜け手を離すと、ニヤリともせず襟元を直すエルザ。その様子は、騙していたことによる優越感なぞ微塵も感じないほどに冷静であった。
「どうやら本当に気付いてなかったようじゃの。ジョゼフには何か褒美を考えんとな……」
予想外の出来事に過去の記憶を思い返すので精一杯だった。ジョゼフに怪しい点なぞなかったはずだが、言われてみると全てが疑わしくも思えてくる。
俺達の迎えが遅かったのも引っかかるし、最初から俺達のパーティ名を知っていたのもそうだ。
ハーフエルフとダークエルフを毛嫌いする様子もやりすぎな様にも感じていたし、世界樹を崇拝するその姿も、わざとらしいと言えばわざとらしい。
ジョゼフがフェルヴェフルールでの宿泊場所の変更を知らなかったのも、本当の案内人ではなかったからだと言われれば合点がいく。
「俺達を案内するはずだったヤツはどうした?」
「そう怖い顔をするでない。御者共々買収しただけじゃ。エイブレストの街で豪遊しておったぞ? 馬車もそっくり返したし、今頃は何事もなかったかのように仕事に戻っとるんじゃないか?」
正直信じられなかった。カガリでさえも見抜けなかったのだ。いや、カガリが悪いのではない。ジョゼフが一枚上手だったのだ。
俺達の監視をしているだろうと聞いた時、ジョゼフはそれを否定せず、カガリは反応を見せなかった。
思い違いをしていたのだ。それはエルフ側の監視ではなく、ネクロガルド側の監視だったのである。
どちらにせよ監視されていることはわかっていたが、不愉快な事には変わりない。
「何故、俺を監視する」
「何故と言われてものぉ……。それが目的を達するのに近道じゃと思っているからじゃが?」
「ダンジョンハートの中身なら諦めろ。俺のダンジョンは既に枯れている」
「中身? もしかしてエーテルの事を言っているのか? 今更そんなものどうでもよいわ」
「なら何故……」
「はぁ。まぁ、これを返すついでに話そうとは思っていた事じゃから言うが、我等はネロの遺物を集めておる。もちろん本来の目的とは別じゃがな。元々この仮面は狙っていたんじゃ。じゃが、それはハイエルフどもの手の内じゃった。それが8年前に盗まれてからというもの、ワシ等も探し回っていたんじゃよ。そこでお主がリブレスから
「ネロの遺物とやらを集めてどうする? エーテルが目的じゃないなら、この仮面は不要だろう?」
「我が組織を甘く見るなよ? その仮面がエーテルを生み出す物ではないことくらい、とうの昔に知っておるわ。まぁ知っているからと言って、使えなければ意味はない。だからそれはお主に返そうと思っての」
その真意が読めなかった。返さずに隠しておけばよかったのではないだろうか?
どちらにしろエルザに言われるまで、デスマスクがネクロガルドに奪われていたとは知る由もなかったのだ。
「何故、今更返すのかと不思議そうな顔をしておるが、教えてやろう。今は必要ないだけじゃ。エルフどもの手元になければそれでよい。恐らくお主の手元が1番安全じゃ」
「俺が素直に所有すると思うのか? エルフ達に仮面を返すつもりだったのを知らない訳じゃないだろ」
「それはやめた方がよいと思うがの? 今頃エルフどもは偽物の仮面片手に小躍りしてるじゃろうて」
「偽物!?」
「そうじゃ。いつかはすり替えてやろうと用意してあった物をエルフ側にくれてやったわ。お主のおかげで随分と楽に事が進んだわい。お主がジョゼフに出した条件は全て裏で手を回させてもらったから安心せい。記録上のアニタはそろそろ死亡判定に切り替わっておるはずじゃし、フードルとかいう魔族もお主が殺したことになっておる」
カガリは相変わらず沈黙を貫いている。だが……。
「何故そこまでする……」
「先程も言うたが、ネロの遺物を集めておるのは目的の為であり、手段の1つでしかない。我々は常に先を見据えておるのじゃ。お主と事を構えたいわけではない。今でもお主が我が組織に入ってくれればと思っておる。じゃからこそ、面倒でも後処理はしっかりとやったつもりじゃ」
「……それほどまでに俺を求める理由はなんだ」
「全ては悲願達成の為……。その為にはお主の力が魅力的だというだけじゃ。もちろんお主がいなくとも目的は達成できよう。数年後か、あるいは数百年後か……。それでも我等は諦めぬ。僅かな可能性が残されている限り、歩み続けるのみじゃ。しかし、我等はギルドとは違う。無理矢理にお主を従わせようとは思っておらん」
「何がしたいのかは知らんが、俺にそんな力があると思うか?」
「この期に及んでまだ白を切るつもりか? ケシュアもそうだが、シーサーペントの船も使ったじゃろう? そもそもお主が持つその魔法書『デ・ウェルミス・ミステリイス』もネロの遺物だというのに、我々が知らんわけがなかろう。少なくとも感謝はしておるよ? 教会よりも先にその魔法書を見つけてくれたお主にの……」
「感謝? そうは感じないが?」
「そうか? ならば感謝の印として、1つ秘密を教えてやろう。その仮面の使い道は知っておるじゃろ?」
「もちろん知っているが、そんな見え見えの罠に引っ掛かると思ってるのか? 俺の口からそれを言わせたいだけなんだろ?」
「いいや。もちろん我々も知っておるさ。それはダンジョンを転移し魔界へと至る為の鍵じゃ」
「そうなのか?」
「そうじゃ……。…………いや、待て! お主、今知っておると言うたじゃろ」
「ダンジョンの転移に使うのは知ってる。魔界うんぬんは初耳だが……」
「……」
暫く続く無言の時間。エルザは視線を落とすと、震える手でお茶を啜った。
なんというか、とても気まずい雰囲気だ。
「どうした? それが、感謝の印の秘密か?」
「そ……そうじゃ……」
「あっ。それ嘘ですよ」
カガリに言われずともわかっている。エルザの落ち込みようは半端じゃない。目は泳ぎ、激しい動揺が見て取れる。
エルザはそれを俺が知っている前提で話していたのだろう。という事は、本来言うはずであった秘密は、他にあるのだ。
嘘でも知っていたと言ってやればよかっただろうか?
「……カガリの前でそれが通用しないことは知ってるだろ……」
「……」
従魔達がいても乗り込んできたのだ。ある程度は真実を話すつもりだったのだろうが、読みが外れた――といったところか……。
カガリを利用し、俺の信用を得ようとするその策は見事であるが、自分から墓穴を掘ってどうする……。
「で? それを俺が知っていたとして、何を教えてくれるんだ?」
「はぁ……。これ以上教えることなぞ出来るわけなかろう。ほしがりさんめ……」
何がほしがりさんだ……。自分から口を滑らせただけのクセに……。
「……これ以上聞きたいなら……わかるじゃろ?」
「そんなに俺をネクロガルドに入れたいなら全て話したらどうだ? 意気投合するかもしれんぞ?」
「ぬかせ。そんな危険な真似できんわい。……はぁ。もう用は済んだ……。帰るぞ」
「……帰さない……と言ったら?」
「大声で犯されると叫ぶだけじゃが?」
「チッ……。さっさと帰れ」
誰がババアなぞ犯すものか……。
とは言え、仮面が返ってきてリブレスとも平和的解決が図れているなら文句はない。
仮面の秘密なぞどうだっていいのだが、エルザが隠してもいずれは知ることになるだろう。
なんてことはない。知りたければ108番から聞けばいいだけなのだから。
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