第357話 モフモフ団 始動!

「ええっと……。モフモフ団の皆様……で、よろしかったでしょうか?」


 俺達を迎えに来た白いローブのエルフの男性。魔術師ウィザードというより神官に近い恰好の男は、引きつった笑顔を向けていた。


「ああ。そうだ」


 恐らく、パーティ名に疑問を持った訳じゃない。俺達の姿勢が気になったのだろう。

 迎えを待っている間やることがなく、従魔達とのモフモフに余念がなかった。名は体を表すとは良く言ったものだと自分でも感心する。

 最初は遠慮していたアニタも今ではその虜となり、コクセイの腹に顔を埋めている姿は立派な仲間と言えるだろう。

 俺達のパーティ名が決まったのが2週間前。シャーリー案の『死に仕える者達』と、ミア案の『モフモフ団』の一騎打ちとなり、僅差で『モフモフ団』に決まったのだ。

 誰が何に票を投じたのかは不明。だが、ミアとシャーリーは自分の案に票を入れただろう。俺はもちろんモフモフ団に入れた。

 となると残りはシャロンとアニタだが、シャロンがシャーリーに忖度したとすれば、残りは……。


「何見てんのよ?」


 その視線に気付いたアニタは、腕を組みながらも俺を鋭く睨みつける。


「いや……別に……」


 誰が票を入れたかなんて問題じゃない。重要なのは結果であり、俺的には満足のいく決着であった。


「はじめまして。今回、モフモフ団のご案内をさせていただきますジョゼフと申します。以後リブレス国内の移動は、全て私にお任せください」


 胸に手を当て一礼。見たことのないそれは、エルフ族の伝統的な挨拶なのだろう。

 見た目は20代そこそこの好青年だが、エルフの為実年齢は不明。そこに笑顔はなく真面目な表情は崩さない。


「こちらこそ。よろしくお願いします」


「では、早速ですがすぐに発ちますので、ご乗車下さいませ」


 出来るだけ爽やかな笑顔で差し出した右手は見事にスルー。

 行き場を失くした右手を引っ込めると、シャーリーとアニタに苦笑されながらも迎えの馬車に乗り込んだ。

 本来は数日の予定で迎えが来るという話だったのだが、この体たらくだ。しかもその詫びもなければ、握手も無視。こちらも礼儀を忘れるというものである。


「ジョゼフさんが俺達のパーティ名を知っているって事は、それが決まった後に出発したって事だろ? ちと舐められすぎじゃないか?」


「一概にはそうとも言えないかと……。どこから来たのかにもよりますし、アニタさんの追加で予定が狂ってしまったのかもしれません」


 それならそうと、連絡の1つくらい入れてよこすべきだが、まぁそこまで追求する事でもない。この世界での遅れなぞ日常茶飯事なのだろう。

 御者台へと座っているジョゼフに聞こえるよう、わざとらしく声を上げるのも億劫である。

 そもそも、仕事を終えるまでの付き合いになるのであれば、ここで機嫌を損ねるのは得策ではないはずだ。

 何故依頼を受ける側が憤らなければならないのかと首をかしげるも、疑問はそれだけではない。


「依頼について説明があると思っていたんだが、目的地に着くまでお預けって感じですかね?」


「どうでしょう……。国境を越えてからという可能性もあるかと……」


「え? あんた達、仕事内容知らないの?」


 アニタの反応は尤もだ。


「違う。内容は知ってる。目的地を知らされていないだけだ」


「どゆこと? リブレスのどこのギルドの依頼を受けたの?」


「フェルヴェフルールってとこだが……」


「わぉ……神樹都市じゃない。さすがはプラチナ……」


 大袈裟に驚いて見せるアニタ。それが何処かわざとらしく、本当にそう思っているのかは判断に悩む。


「そんなに驚くことか?」


「そりゃ世界樹の根元だもの……。それで?」


「それだけだ。フェルヴェフルールのギルドで依頼を受ける所までしか知らん。そこで目的地を教えてくれるんだろ?」


「ふぅん……」


 急に興味をなくしたかのような相槌は、まるで気分屋の猫のよう。アニタの中では俺との会話は終わったらしく、待っていても返事は返ってこなかった。

 暫くすると、噂の国境が見えてくる。世界樹は、天気の所為かあまり良く見えなかった。

 関所に建てられた巨大な城壁は、石を積み重ねた石垣を思わせる作りの壁である。

 それは水平ではなく、急な斜面といった佇まいで。所々に刺さっている丸太が返しのような役割を果たすのだろう。

 実用性はあるのだろうが、正直言って見た目は悪い。それが鬱蒼とした森の中にあるのだ。まるで敵国でゲリラ戦を強いられている臨時拠点といった雰囲気である。


「俺達はどうすればいい?」


「大丈夫です。許可は取っているので、乗車したままお待ちください」


 御者台に座るジョゼフがそう言うと、馬車を飛び降り駆けていく。

 すると、外側から馬車の中を覗くハーフエルフらしき男。その視線が俺の胸元にあるプレートを視認すると、何も言わずに馬車から離れ、馬車はそのまま走り出した。

 窓から見えるのは、大きな樹々。それをそのまま見張り台として使っているのだろう。弓を持ったエルフ族がチラホラと確認できる。

 その窓付きの扉が急に開くと、飛び込んできたのはジョゼフだ。


「驚かせてすみません。国境を越えたのでモフモフ団の皆様には、今回の経緯をお話しようと思いまして」


 それほど速くはないが、走っている馬車に飛び乗るとは、随分とアクティブな案内人である。


「まずは、今回の依頼をお引き受け下さり、誠にありがとうございます。これも神樹様のお導きでありましょう」


「はぁ……こちらこそ……」


 リブレスに住むエルフ達は、世界樹の事を神樹と呼ぶようだ。

 丁寧な挨拶ではあるのだが、どう返していいかわからず気の抜けた返事を返す。他宗教徒はどうにも苦手だ。


「皆様には今回、この馬車で移動してもらうことになります。外での行動は自由をお約束出来ますが、フェルヴェフルールの街中ではギルドと宿以外での外出はお控えください」


「えぇー」


 それに遠慮なく不満を漏らしたのはミアである。楽しみにしていた観光も出来ない。そう思ったのだろう。


「失礼ですが、その理由は?」


「ああ、勘違いさせてしまったのなら申し訳ございません。何もモフモフ団の皆様だけがそういう扱いなのではなく、住民以外はそういう決まりなのです」


「そうなんですか?」


 それはジョゼフではなく、シャロンへと向けたもの。


「いえ……。私が国を出た時は、それほど締め付けはきつくなかったはずですが……」


 その言い方から、少なからずよそ者を抑制する何かがあったということは窺える。


「8年前の出来事が原因で、各種族の規制が厳しくなりまして……」


 その言い辛そうな表情から、何となく察することは出来た。恐らくは、エルフ以外の何者かが悪事を働いた結果なのだろう。

 そもそもエルフは排他的な種族だと聞いている。他種族との溝が深まれば、それがより顕著になってしまうのも頷ける。


「観光すらできないほどなんですか?」


「馬車の中から出ないという条件付きであれば可能です。どうしても出たいというのならば、上の者に打診することも検討致しますが……」


 観光は出来るが、景色のみ。室内にずっと閉じ込められるよりはマシだが……。

 チラリとミアへ視線を向けると、一応は納得している様子。思い通りにならないからと駄々をこねるような真似はしないだろうが、出来るだけ観光できるように取り計らってもらおう。

 この旅の目的は、あくまでミアに喜んでもらう為であり、俺の仕事は二の次なのである。


「お買い物の御用命でしたら使いの者が買ってまいりますので、なんでもお申し付けください。費用はこちらで負担させていただきますので……」


「ねぇ。フェルヴェフルールは、マナポーションが買えるって聞いたんだけどホント?」


 ジョゼフの話を聞いて、割って入ってきたのはアニタだ。突然だったので目を丸くしたジョゼフではあったが、気を悪くすることもなく淡々と答える。


「残念ですがご期待には沿えないでしょう。フェルヴェフルールどころか、リブレス国内全域でも購入することは出来ません。マナポーションの管理は全て冒険者ギルドが担っておりますので……」


「……そう。ならいいわ」


 表情を曇らせるアニタであったが、それはほんの一瞬だけ。


「どんだけマナポーション欲しいんだよ……」


「うるさいわね。別にいいでしょ? 九条に迷惑はかけてないし」


「そりゃそうだが……。そもそもそんな話、何処から聞いたんだ?」


「単なる噂よ……」


 火のない所に煙は立たない。買えるか買えないかはひとまず置いておくとしても、その内容は気になった。

 俺の持つ賢者の石を譲渡したことで、マナポーションの在庫が回復傾向にあることは知っている。だが、それは予想よりも遥かに多かったのだ。

 ギルド側の錬金技術の向上により、より多く精製できるようになったのだろうと考えていたが、魔素が濃いと言われる世界樹の麓ならば、賢者の石がなくともマナポーションの精製が可能なのではないだろうか?

 マナポーションの精製は、少なくとも魔王の時代からあった技術。いずれなくなるであろう原料に、とって代わる物の研究をしていないはずがない。

 と言っても錬金術の知識は皆無であり、出来ればそうであってほしいと願っているだけだ。

 ギルドは当分の間大丈夫だとは思うが、ダンジョンを狙う者がいなくなれば、枕を高くして寝れるというものである。

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