第356話 パーティ名投票

「で? 作戦会議室を借りてるって事は、これから色々と準備するんでしょ?」


「まぁ、そうだが……」


「何から決めるの? 消耗品? それとも経由地の選定?」


「パーティ名からだ」


「……は?」


 アニタの笑顔が一瞬にして消え去った。恐らくは予想もしなかった答えに戸惑っているのだろう。

 その落差の激しさには、さすがの従魔達も苦笑い。


「固まったぞ? 大丈夫かこの娘……」


「ワダツミ。静かになって良いではないか」


「うむ。コクセイの言う通りだ。のうカガリ?」


「私は別に、ミアに迷惑をかけるようなことがなければ……」


 従魔達の言葉が理解出来るのは俺だけとはいえ、言いたい放題である。

 恐らくアニタは、リブレス内のギルドルールを知らないのではないだろうか?


「リブレスでパーティを組む時は、名称をつける必要があるんだ」


 得意気に説明して見せたのだが、鼻で笑って返された。


「いや、それくらい知ってるし……。そうじゃなくて、そんなことで作戦会議室を使うのかって事。パーティの名前なんて適当に決めればいいじゃない」


 正論である。


「んなこたぁ言われなくてもわかってるよ。こだわりはないんだが、俺の案は却下されたんだ……」


「なんて名前にしたの?」


「『やくたたズ』だ」


「……それは却下ね」


「なんでだよ……。今なんでもいいっつったろ!?」


「勘違いしないで。一般的には受け入れられないってことを言いたいだけ。個人的には『やくたたズ』でもいいと思うよ?」


 それを聞いた俺は、アニタの手を強引に取ると、儚げに訴えて見せた。


「俺の気持ちをわかってくれるのは、アニタだけだよ……」


「べ……別に九条の事を考えた訳じゃないし! 勘違いしないでよねッ!?」


 頬を赤らめぷいっとそっぽを向くアニタであったが、心なしか嬉しそうにも見えたのは気のせいだろうか?

 とは言え、アニタが俺の味方であっても今更意見は覆らず、パーティ名の発表会は予定通り開催されることとなった。


「誰からいく? 九条? それともシャロン?」


「言い出しっぺのシャーリーからでいいだろ……」


「えぇ……恥ずかしいんだけど……」


「あ? もういっぺん言ってみろ……」


 手を伸ばし、シャーリーの頬をつねる。予想を超えた柔らかさに、思った以上に伸びる柔肌。


「いひゃいって。ひょーはん。ひょーはんやから……」


 溜息と共に手を離すと、シャーリーは自分の頬をさすりながらも俺を恨めしそうに睨む。


「そんなに強くはしてないだろ……。そんなことよりさっさと発表しろ。『やくたたズ』で強引に押し通すぞ?」


「わかったわよ」


 シャーリーは、ゴホンと軽く咳払い。少々照れくさそうだが、得意げに胸を張った。


「私の中で候補として残ったのは『追憶の屍ついおくのしかばね』と『死に仕える者達』の2つ。パーティのリーダーが九条だから、それを軸に考えてみたの。『追憶の屍ついおくのしかばね』は、死者の声を聞くことのできる死霊術師ネクロマンサーのイメージからで、『死に仕える者達』はそのままの意味で九条がリーダーだからってことなんだけど……どうかな?」


 何処か不安そうに聞き返す。恐らくは自信がないのだろう。


「へぇ。案外真面目に考えたんだな」


「当たり前でしょ!? 一生使っていくかも知れないのよ!?」


「いや待て。今回限りだろう?」


「確かにそうだけど本当にそうなる? また別の依頼でパーティ名を決めなきゃいけなくなったら、また1から考え直すの? 九条のことだから、面倒臭がって使いまわすと思うけど?」


 腰に手を当て、得意気に胸を張るシャーリー。それにはアニタ以外の全員が神妙な面持ちで頷いた。

 さすがはシャーリーというべきか、悔しいかな恐らくはそうなるであろうと俺自身も認めざるを得ない。


「ま……まぁ、悪くはないんじゃないか? ただ少し、俺が前面に出過ぎているような気もするが……」


「それは仕方なくない? パーティ共通の目標があるわけでもないし、だからと言って出身地とか統一感もないし……」


「それには同意です」


 隣で手を上げたのはシャロンだ。


「私が考えたのも2つです。1つは『百花繚乱ひゃっかりょうらん』。九条様の周りには優れた人物が多く集まっていると思ったので。それともう1つは『天涯比隣てんがいひりん』です。遠く離れていてもすぐ近くにいるくらいに親しいという意味を持つ言葉ですが、ネスト様やバイス様のことも考えて名付けました。シャーリーとは逆に、統一感のなさを強調した感じになってしまいましたが……」


「いえ、すごくいいと思います。ただ、『百花繚乱ひゃっかりょうらん』はちょっと盛りすぎな気もしますね。それほど華やかという訳でもないですし、むしろダーク系?」


「確かにそうかもしれませんね」


 控えめに、はにかんで見せるシャロン。


「ちょっと九条。私とシャロンとミアちゃんがいるのよ? 十分華やかでしょ?」


「いや、まぁ否定はしないが、そういうのは自分から言うなよ……。黙ってりゃ可愛いんだからさ」


「えっ……嘘!? 私って可愛い?」


 テーブルに頬杖をつきながら面倒臭そうに言う俺に、顔を近づけ目を輝かせながらも嬉しそうに聞き返すシャーリー。


「だから、そういうところだって……」


 無意識なのかわざとなのか……。それを疑問に思いながらも、隣では盛大な溜息をつくアニタ。


「どうでもいいけど、早く決めてくれない?」


 同感である。いちいちツッコんでいてはキリがない。


「じゃぁ、次は私ね! いっぱい考えたけど、私は『モフモフ騎士団』がいい!」


 元気よく片手を上げたミア。コット村に、モフモフアニマルビレッジの看板を建てるくらいなのだから、ある意味予想通りではあった。

 それは最早『モフビレ』の愛称で通じてしまうほどの浸透ぶりを見せている。

 と言っても、それが通じるのは村の近所だけではあるが、そのうち村の名前が忘れ去られる日が来るのではないかと思うと、多少の責任も感じてしまう。


「ミアちゃん……。さすがにそれは……」


「ミア。悪くはないが、騎士団は不味くないか? 実際騎士じゃないし……」


「えぇ? じゃぁ『モフモフ団』とか『モフモフ愛護団体』とか『モフモフ愛惜機構あいせききこう』は?」


「……モフモフは外せないんだな?」


「うん!」


 妙なこだわりを持っているようだが、個人的にはアリだ。だって弱そうだから。


「その中で言ったら『モフモフ団』が一番マシかな……」


「マシは酷いよ、おにーちゃん! なんで他のはダメなの!?」


「『モフモフ愛護団体』は、勘違いして動物関係の依頼をしてくる奴が出てきそうだし、『モフモフ愛惜機構あいせききこう』は、仰々しいというか……。そもそも機構ってほど大規模な組織じゃないだろう?」


「確かに……」


 俯きボソッと呟くミア。それはダメ出しされてしょげているといった感じではなく、割とさっぱりしたものだ。

 聞き分けが良く、手がかからないのはいいことなのだが、ミアの場合は少し良すぎる感はある。


「そーいう九条は、ちゃんと考えてきたんでしょうね?」


「当たり前だろ? 一応2つ考えてきたぞ?」


「へぇ。やるじゃない……。でもヘンテコな奴だったら許さないわよ?」


「はいはい。それは聞いてから判断してくれ。まず1つ目は『色即是空しきそくぜくう』だ」


「しきそく……なに? どういう意味?」


色即是空しきそくぜくうしきいろの付いている物。つまりは目に見える全ての物事や現象を表し、くうは実体のない無を表す。物事の本質は、実体なきくうであり、何事にも執着することは良くないという意味だ」


 本当にわかっているのか、皆頷いてはいるのだが、なんとも煮え切らない表情である。


「へぇ……。まぁなんとなくわかったけど、その哲学がパーティとどう関係があるわけ?」


 哲学ではないのだが、この際それは置いておこう。


「目に見えぬもの。要は、この世ならざるものを当てにするなという戒めだ」


「わかった! 死霊術……つまりはおにーちゃんを頼るなってことでしょ?」


「はい! ミア正解!」


「やったぁ!」


 喜ぶミアの頭を豪快に撫でる。


「ああ、そういう事ね……。結局考え方は『やくたたズ』と一緒じゃない」


 呆れたように言うシャーリーに、不敵な笑みを浮かべて見せる。


「『やくたたズ』よりはマシだろう?」


「確かにそうだけど……。それよりもう1つは?」


「『子連れ狼』だ」


「あー……。確かに言いたいことはわかるかも……」


 皆の視線がミアへと集まり、当の本人は何故か照れくさそうである。

 ひとまず全ての案が出揃ったところで、従魔達を除く全員に小さな紙きれを配る。


「今出た案の中で、自分がいいと思う名前を1つ選んで紙に書く。ただし、自分が出したもの以外でだ。少ない物から排除していき、最後に残ったものをパーティ名として採用する。いいな?」


「最後の2択でも自分の案には入れちゃダメなの?」


「いいや、最後は気にしないでいい。それと急で悪いが、アニタも参加してくれ」


 今まで、我関せずといった雰囲気で話を聞いていただけのアニタであったが、急に話を振られた所為か驚いたようなそぶりを見せる。


「へ? 私も?」


「ああ。既に俺達の仲間だろう? それに偶数人じゃ決着がつかないかもしれないからな」


「し……しょうがないわね……」


 アニタは、まんざらでもなさそうに俺の手から紙を奪うと、こそこそと隠しながらも筆を走らせる。

 正直くだらないと一蹴されるかとも思ったのだが、素直に参加してくれたことが意外でもあり、その様子は微笑ましくも思えた。


 こうして皆がその小さな紙きれに思いを乗せ、俺達の新たな名刺とも言えるパーティ名が決まったのである。

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