第355話 新たな仲間

 次の日。ギルド入り口付近の壁に寄りかかり、立っていたのは魔術師風の冒険者。

 見覚えのある意匠の杖に、これまた見覚えのあるフード付きのローブ。それを深く被っている所為で顔の確認はできないが、背格好から誰なのかはすぐにわかった。


「もしかしてアニタか? こんな所で会うなんて奇遇だな」


 アニタが一瞬だけ見せたのは深刻そうな表情。それは俺を認識した途端に晴れ、嬉しそうな笑顔へと変わった。


「久しぶり、九条! ホントに奇遇ね!」


 だが、その表情もすぐに崩れる。


「……なんだ。1人じゃないんだ……」


「なんだとは何よ。失礼ね……」


 シャーリーとアニタが睨み合い、険悪な雰囲気を醸し出す。別に仲が悪い訳ではないのだろうが、アニタの気性が荒い為か度々反発し合う2人。

 正直このまま見ていても面白そうだが、ここはギルドの入口だ。行き交う人々の往来の邪魔になる。


「2人ともその辺にしておけ。……それで? アニタはどうしてここに? 誰かと待ち合わせか?」


「ううん。そうじゃなくて、ここのギルドが私のホームなの」


「ああ、そうだったのか。……急に話しかけて悪かったな。じゃぁ、俺達はこれで……」


「立ち話もなんだから中へ入りましょ? ここじゃ他の人の迷惑になっちゃうし」


 俺が別れを切り出そうとしたその時。アニタは俺の腕を掴むと、そのまま強引に中へと引っ張る。

 朝イチのギルドは非常に混雑していた。にも拘らず、綺麗に1つだけ開いているテーブルは、運がいいのか悪いのか。

 そこへ無理矢理座らせられると、アニタは前のめりにペラペラと喋り始めた。


「九条はどうしてここに? バイスは一緒じゃないの? 何かの仕事? 私で良ければ手伝ってあげようか? 報酬はいらないわ。私と九条の仲じゃない。ブラムエストでの恩を返すまたとない機会だからさ。……ね?」


「待て待て待て。少し落ち着け。なんなんだ急に……」


 それは最早アニタのペース。その勢いに、周りの冒険者達も目を奪われるほどだ。


「これが落ち着いていられるわけがないでしょ? 久しぶりの再会なんだし、ちょっとくらい浮かれたっていいじゃない? それよりどうなの? どんな仕事でも手伝うからさ。ゴールドの魔術師がこれだけ言ってるんだから当然いいわよね?」


 顔が近い。シャーリーもミアも、ついでに言うとシャロンや従魔達まで呆気に取られているといった状態だ。


「だから待てって。強引が過ぎるぞ。パーティを組むならシャーリーにも一応相談しないと……」


「はぁ? あんたプラチナでリーダーなんだから、そんなの聞かなくたっていいのよ。ねぇシャーリー?」


 隣で茫然と立ち尽くすシャーリーの表情が歪む。口に出さずとも嫌そうである。


「ほら。シャーリーもこう言ってるしさ」


「何も言ってないわよ……」


「ならいいってことよね? 否定はしてないんだから」


 またしてもお互い睨み合い、火花を散らす。


「あーもーわかったわかった。丁度作戦会議室を借りてるから、そこで話そう」


 ここでは人目が気になって仕方がない。作戦会議室ならゆっくりと話も聞けるだろうと、衆目に晒されながらもひとまずは話し合いの場を作戦会議室へと移した。



「へぇ。リブレスからの依頼なんだ。さすがは唯一無二のプラチナ死霊術師ネクロマンサーね」


 俺達がここにいる事情を簡単に説明すると、アニタは感心したように頷く。


「依頼の内容は詳しく話せないが、正直言ってアニタに手伝ってもらう作業は何もないぞ? これは俺にしか出来ないことだ」


「それは間違いないでしょうね。でも、途中魔物や盗賊に襲われるかもしれないじゃない?」


「そりゃそうだが、俺達が自衛も出来ない無能だとでも思っているのか?」


「そういう事じゃなくて、戦力としては多い方がいいでしょ? 獅子は兎を狩るにも全力を尽くすって言うじゃない?」


「言いたいことは理解できるが……」


「なら観光でもいいから連れてってよ。リブレスなんて滅多に入れないんだからさ」


 恐らくそっちが本音ではなかろうか? 先程からそわそわと落ち着かない様子は、仕事を真面目に手伝うような雰囲気ではない。

 個人的に興味はないが、それほどまでに人を引き付けるリブレスという国は、さぞ素晴らしい所なのだろう。


「まぁ、俺はどちらでも構わないが……」


 チラリとシャーリーの顔色を窺う。


「私も別にいいけどさぁ……」


 口ではそう言っても多少の不満はある様子。

 正直に言ってアニタを連れて行くメリットはほぼないのだが、デメリットがないかと言われると、些か疑問が残る。

 リブレスでは一蓮托生である。仮にアニタが悪さをすれば、その責任を全員が負わなければならない。

 疑っている訳ではないが、完全に信用しているわけでもないのである。


「ならば、条件を付けよう。それを守れるなら同行しても構わない」


「いいよ。なんでも言って?」


 得意気に胸を張るアニタ。どうせ何を言っても首を縦に振るのだろうが、こちらにはカガリがいるのだ。


「まずは、俺の仕事に口を出さない事。それと、仲間意識を持つことだ」


「仲間意識?」


「そうだ。ぶっちゃけて言えば仲良くしろってことだ。さっきみたいにシャーリーに突っかかるのはご法度。子供じゃないんだからそれくらい守れるだろう?」


 俺から見れば年齢的にはまだ子供と言っても差し支えないが、冒険者として独り立ちしているなら難しいことではないはずだ。


「いいわ。契約成立。これで今から私もパーティメンバーね」


 カガリに視線を向けるも反応はない。ならば何の問題もないのだが、正直意外だった。

 満面の笑みを浮かべ、興奮冷めやらぬ様子のアニタが、心の底から喜んでいるように見えたからだ。

 アニタが年齢の割に大人びて見えるのは、冒険者の実力もさることながら、何事にも冷静沈着を貫き通していたから。

 少なくとも、ブラバ卿に仕えていた当時はそう見えた。

 とは言え、俺はそれが上辺だけなことを知っている。アニタが対処しきれない事態に陥るとクールビューティーは鳴りを潜め、隠れていた感情が露になるのだ。

 今の状態がまさにそれであった。それが仲間だけに見せる本当のアニタであれば微笑ましい限りだが、リブレスへと行けることがそれほどに歓喜する事なのかと、疑問にも思ってしまうのである。

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