第353話 やくたたズ

「シーサーペントの船より遅かったね」


「ミア。もう少し小さい声で頼む……」


 俺達がグリムロックに到着したのは、ハーヴェストで旅客船へと乗り込んでから2週間後のことである。

 シーサーペントの船とは違い、マイペースな船旅であった。


「さて、これからどうするの?」


「リブレスからの迎えが来るまでここで待機……ですよね? シャロンさん」


「はい。許可がなければ国境を越えることは出来ませんので」


「なら、待機中に色々と手続きを済ませておこう」


 時間の有効活用である。待機中にギルドでの手続きや準備を済ませておく。シャロン曰く、パーティ名の登録は早めにしておいた方がいいとのこと。


「ここからは、二手に分かれよう。俺とミアはギルドに到着の報告に行ってくる。シャーリーは、シャロンさんと一緒に宿の確保を頼む」


「おっけー。宿は前のとこでいい? おっきくてお風呂もついてて快適だったし……」


「ああ。構わない。終わったらクリスタルソングで待ち合わせよう。晩飯もついでにな」


「ほーい。じゃぁ、後でね」


 くるりと踵を返し、背中でヒラヒラと手を振るシャーリーに、軽く頭を下げてからそれを追いかけるシャロン。


「俺達も行くか?」


「うん!」


 サハギン騒動が収まったからか、港には人通りが絶えず活気に溢れていた。

 ドワーフ達が掘り進めているという地下洞窟も久しぶりで、相変わらず音の反響が騒がしくもあるが、これもまた風情である。

 従魔達に驚く人々を横目にギルドへと到着すると、空いているカウンターへと顔を出す。


「お待ちしておりました。九条様」


「ひとまず到着の報告だけ。それと明日、作戦会議室をお借りしたい。リブレス国内で使うチーム名の登録も頼みたいのですが……」


「かしこまりました。消耗品類の在庫はこちらになります。本日中にお申し付けくだされば、明日までにご用意いたします」


「助かります。でもそこまで急いでないんで、仲間と相談して明日提出する予定です」


 報告は恙無く終了。消耗品の在庫が明記されている紙を受け取り、ついでに新しい洞窟のマップを貰うと、通路を挟んで対面にある食堂クリスタルソングへと足を延ばす。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」


「2人と4匹。後から2人ほど合流予定なんですが……」


 案内された席は前回と同じ場所だ。というか、従魔達も同席させる事を考えると、そこ以外にスペースがないのだろう。

 従魔達が店へ入ると目を丸くする客達ではあったが、それは純粋に驚いているだけであり、嫌な顔ひとつ見せない。

 従魔がしっかりアイアンプレートをしていれば、飲食店にペットを同伴させても寛容であるのはありがたいことだ。


「どれにしよっかなぁ?」


 ミアはテーブルに置かれたメニューを手に取り広げると、鼻歌を奏で楽しそう。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 注文を取りに来た給仕は、従魔達を意識しているのかチラチラと落ち着かない様子。

 気を取られて注文を間違えないといいのだが、それはシャーリーとシャロンが来るまで待ってもらおう。


「すいません。連れが来るまで少し待ってもらえませんか?」


「かしこまりました。では、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」


 2人なら先に食べていても文句なぞ言わないだろうが、同席するなら待つべきだ。


 ……それから待つこと20分。待てど暮らせど2人は来ない。さすがにお店に悪いので飲み物だけを注文したが、一体何をしているのか。


「おにーちゃん。まだぁ?」


 ミアの我慢も限界だ。食堂内に漂う美味しそうな香りは、より空腹を促進させる。


「仕方ない。先に注文だけしておこう」


「すいませーん!」


 ようやくかと元気よく給仕を呼ぶミア。メニューを指差しながら予め決めていた物を2品ほど頼むと、今度は俺の番である。


「ここからここまで全部ください」


 俺がメニューをなぞったのは、ドリンクとデザートを除いたほぼ全て。


「「えっ!?」」


 ミアと給仕の女性が驚きの声を上げる。もちろん俺だけが食べる訳ではない。シャーリーとシャロンの分も頼んだだけだ。

 合流した時、俺達がバクバクと食べているのを見ているだけというのも不憫だろうと思ってのこと。

 2人の好みがわからないので、適当に全部頼んだだけである。

 もちろん残さず食べるつもりだ。……従魔達が。


「本当によろしいのですか?」


「ええ。お願いします」


「かしこまりました」


 出来た料理が次々と運ばれ、テーブルには置ききれない程の皿の数。それが出揃ったタイミングで丁度良くシャーリー達が現れる。


「ごめんごめん遅くなっちゃった。……って何この料理の数」


「あまりにも遅かったから我慢しきれなくて先に頼んでおいた。好きに食ってくれ。もちろん俺が勝手に頼んだんだから奢りでいい」


「ホントに? さっすが九条!」


「よろしいのですか?」


「もちろんです。シャロンさんも是非」


「ありがとうございます」


 皆が席に着くと、並べられた料理に舌鼓を打つ。

 自分達の席だけがバイキングのようであるが、これはこれで楽しい食事だ。


「で? なんでこんなに時間かかったんだ? 宿が空いてなかったのか?」


「ううん。宿はすんなり取れたよ。ただちょっとランキングが見たくて、鉱石狩りを覗きに行ったんだよね」


「ランキング? 鉱石狩りって俺達がミスリル鉱石掘った所だろ?」


「そうそう。私達はまだ1位だったわよ?」


「そりゃあんだけ掘ればなぁ……。というか、そんなにランキングが気になるのか? 別に何位だろうが構わんだろ?」


「うん。順位はハッキリ言ってついで。私はそれをシャロンに見せたかったの」


「シャロンさんに? なんでまた……」


 シャーリーは、テーブルに立て掛けていたミスリル製の弓を手に取り、持ち上げて見せる。


「シャロンってば、この弓を九条から貰った物だと思ってるのよ。ミスリル鉱石を掘って作ってもらったんだって言っても、信用してくれなくて……」


 シャロンはそれに口を尖らせ、不貞腐れたように言い訳を漏らす。


「だってそんな高価な物、急に買えるわけないじゃないですか……。私はシャーリーの担当ですよ? シャーリーがどれだけ稼いでるのか、大体予想はつきますもん」


「なるほど。その証拠として鉱石狩りのランキング表を見に行ったのか」


「そういうこと。これでようやくシャロンも納得してくれたってわけ」


「それにしても、遅くないか?」


 シャーリーは、それに少しだけ顔を曇らせる。


「鉱石狩りの常連客達に囲まれちゃってね……」


「ああ……」


 ミスリル鉱石を掘る為のコツでも聞こうとしたのだろう。知ったところで出来るわけがないのに、欲深いことだ。


「大きい声じゃ言えないけどイスハークは本職に戻っちゃったから、もう予想屋稼業はやってないみたい。居場所を知ってたら教えてくれってうるさくてさ」


 肩を竦ませ呆れた様子を見せるシャーリーであったが、少々嬉しそうなのは気のせいだろうか?


「そりゃ難儀だったな……」


「それで? 九条の方はどうだったの?」


「ギルドに到着の報告をしただけだ。一応作戦会議室の予約は入れておいたから、諸々決めるのは明日になるな」


「ちゃんとパーティの名前も考えた?」


「ああ。バッチリだ」


 自信を持って言ったつもりだったのだが、シャーリーは怪訝そうに目を細める。


「一応登録前に聞かせてもらえる? これからそれを名乗ることになるんだし、へんなのだったらやだもん」


「『やくたたズ』だ」


「……誰が?」


「誰でもないが?」


「え?」


「え?」


「……」


 暫く無言で見つめ合う俺とシャーリー。


「私は、九条にパーティ名を聞いたんだけど?」


「だから『やくたたズ』だって」


 それを聞いた皆の手が止まった。和やかな雰囲気は一瞬にして険悪なムードに早変わり。

 シャーリーは、持っていたフォークとナイフを置き、盛大な溜息をついた。


「はぁ……。一応聞いておくわね? なんでそんな名前にしたの?」


「ダメか? 聞いただけで仕事の依頼を躊躇う名前だろ?」


「……ほんッと九条はブレないわね……。でも却下」


「何故だ!? クッソつまらん船の中で、ずっと考えてたんだぞ!?」


「ミアちゃんの顔を見ればわかるでしょ?」


「……」


 腕を組み、どう考えても納得できないとでも言いたげな表情。不満というより、最早怒りを感じるほど。


「ど……どうせ、今回だけだろ? 別になんだっていいじゃないか……」


「その理屈が通るなら、『やくたたズ』じゃなくてもいいのよね?」


「た……確かにそうだが……」


「じゃぁ、明日までに各自パーティ名を考えておくこと。それまで、この件は保留ね」


「はーい」


 ミアはそれに気を良くしたのか、元気よく片手を上げた。

 一方のシャロンは、シャーリーの意見に賛同していいものかを決めあぐねているといった様子。


「九条も、ちゃんと考え直しておいてね?」


「……わかったよ……」


 皆の不満は解消されたが、俺の不満は少し残る結果となった。

 どうやら明日の作戦会議は、パーティ名の人気投票になりそうである……。

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