第352話 リブレスへ
「シャロンさん。急で申し訳ない」
「いえいえ。これもお仕事ですから」
俺達はコット村を出発し、ハーヴェストへと向かう馬車に揺られていた。目的地はもちろんリブレスだ。
依頼を受けた特別な冒険者として、入国を許されてはいるが、土地勘は皆無。ということで今回は、エルフ族であるシャロンに同行を頼んだのだ。
「楽しみだね、ミアちゃん」
「うん!」
ミアと一緒に楽しそうにしているのはシャーリー。
シャロンを借りるには、シャーリーをパーティメンバーとして連れて行く以外に方法がなかった。
「シャーリー。カイルはいいのか?」
カイルは旅立つ俺達を嬉しそうに見送っていたのだ。
「まぁ大丈夫でしょ? 一応課題は出してきたし。やってなきゃ帰ってからとっちめればいいしね」
その内容は、聞かないでおこう。
「そうか……。まぁお手柔らかにな……」
従魔達をモフモフしながらも、シャーリーとミアは嬉しそうだ。
「どんな所かな? わくわくするぅ!」
ミアとシャーリーは、まだ見ぬ新天地へと思いを馳せているようだが、俺はと言うとそうでもない。
頭の中にどうしても仕事というワードが浮かんでしまうという点と、歳の所為か、素直に楽しめないというのが実情だ。
家族旅行で海に行くと、ほとんどの場合、父親は泳がずに荷物の番をしている。それはやらされているのではなく、進んでやっているのだ。
それほどに楽しめない身体になってしまっているのである。親は子供達が楽しんでいる様子を見ているだけで満足なのだ。
今の俺の状態は、まさしくそれである。ミアが楽しめればそれでいい。達観していると言っても過言ではない。
「シャロンさん。リブレスでの注意事項なんてあったりします?」
種族間の問題。それは根が深く、宗教問題にも似ている。故に軽視はできない。差別用語やマナー違反など、色々な制約があることは承知している。
ましてや、排他的種族であるエルフの里であるならば、守らなければならないルールはある程度存在するはずだ。
「そうですね……。普通にしていれば、特に問題はありませんが、樹木を傷める行為は酷く非難されます」
「それは禁止されているということですか?」
「いえ、そこまでは……。木材は建材として使いますし、許可があれば伐採も可能ですが……。大昔にドワーフ族と木材を巡り争ったことがありまして、その名残といいますか、他種族には特に厳しいというのが現状ですね」
「なるほど……。その樹木に明確な線引きはないんですか? 例えばその辺りの雑草とか……」
「雑草は大丈夫です。明確な線引きと言われると難しいですね……」
悩むシャロンを見かねたシャーリーが小言をぼやく。
「九条って案外細かいわよね」
「細かいんじゃない。慎重なんだよ」
郷に入っては郷に従えだ。仕事といえど、相手の敷地内にお邪魔するのであれば、それを尊重するのが作法である。
何も喧嘩を売りに行くわけじゃない。ちょっとした観光旅行のついでにお仕事をするだけ。
どうせ行くなら楽しむべきであり、無用な争いを避けるのは当たり前。俺のやっていることは、旅行のガイドブックを確認しているようなものなのだ。
ハーヴェストが近くなると、シャロンは俺の異変に気が付き、顔を覗き込んだ。
「九条様。もしかして体調が悪かったりします?」
「いえ、少し考え事を……」
「何かお悩みですか?」
「いや、大したことではないのですが、船酔いが気になって……」
「あら。九条様にも弱点があったのですね。でも大丈夫ですよ? 私、
「ディバ……なんです?」
「
初耳である。そんな魔法があるとは知らなかった。
ギルドは扱える魔法を公表しておくべきではないだろうか?
ギルド情報誌なぞ作っているのだから、ついでに載せておけばいいのに……。
個人差があるのは承知しているが、担当が使えなければ存在しないと思っても仕方がない。他の冒険者達はそういう情報を何処で手に入れているのだろうか?
やはり経験の差だろうか? ……いや、違う。恐らくは担当が教えてくれるはずだ。
そこで俺は気付いてしまったのだ。なぜ、ミアがそれを俺に教えなかったのかを。
「なぁ、ミア……?」
ねっとりとした視線でミアを見つめると、それを嫌うようにミアはサッと視線を逸らした。
「ミアは、何故それを教えてくれなかったのかなぁ?」
ミアの頬に流れる一筋の冷や汗。気まずそうにしながらも、カガリの尻尾をいじくり回す。
あの時、グリムロックでのことだ。俺がそれを知っていれば、白い悪魔の討伐にミアを連れて行く事はなかった。
「何か申し開きがあるなら聞こうじゃないか」
と言っても、本気で怒っているわけじゃない。
俺だってダンジョンの事は、ミアも含め隠していたのだ。自分の事を棚に上げるつもりはない。
ミアの事だから、きっと俺と一緒にいたかったとでも言うのだろう。なんと健気で可愛らしい模範解答。
だが予想に反し、ミアからは想定外の答えが返って来た。
「シャーリーさんも知ってて黙ってたよ?」
「えっ! ちょっとミアちゃん!?」
急に名指しされたシャーリーは、まさかの共犯者扱いに動揺したのか声が裏返る。
「確かにシャーリーもあの場にいたな……。まさか知らなかったとは言わないよな?」
恐らくシャーリーは、ミアの顔を立てて黙っていたのだろう。
「いや……確かに黙ってたけど……」
俺に詰め寄られ、しどろもどろのシャーリーであったが、相手が悪いと悟ったのかわざとらしく視線を逸らし、その先のミアに愚痴をこぼす。
「ミアちゃん……。なんか最近、九条に似て来てない?」
ミアはしてやったりといった表情でクスクスと笑顔を見せていた。
シャーリーを巻き込み味方に付ければ、優位に立てるかもしれないとそう思っているのだろう。
そもそも、勝ち負けの勝負をしているわけではないのだが……。
「私は、ミアちゃんの為に……ねぇ?」
「頼んでないもん!」
何故か2人の間で起こる水掛け論。いつの間にか、俺は蚊帳の外である。
あーだこーだと言い合う2人に、カガリは気を悪くしたのか、不満を漏らす。
「うるさいですね……。どっちでもいいじゃないですか……」
まるで自分には関係がないとも言いたげな口調ではあったが、そうは問屋が卸さない。
「カガリ。お前だって同罪だぞ?」
「何故です!?」
「ミアが嘘をついていたのを知っていて、黙っていたんだろう?」
「う゛ッ……」
どうやら図星の様子。カガリの耳はぺたりと倒れ、気まずそうだ。
そんな賑やかな車内を静めたのはシャロンである。わざとらしい大きな咳払いに、注目が集まる。
「少し静かにしてください。まだ九条様には言っておかなければいけないことがあるのに……」
それに全員が首を傾げる。
「なんでしょう?」
「リブレスで冒険者がパーティを組んで活動する場合、チーム登録が必要になります。到着後、円滑な登録の為に、九条様にはその名前を今の内から考えていてほしいのです」
「へぇ……。そうなんですか。初耳ですね」
「リブレス国内限定なんです。1人の責任はパーティの責任になります。リブレスではそれが特に顕著で重いんです。パーティメンバーの誰かが罪を犯せば、全員が同様に罰せられます」
「意外と厳しいんですね……」
「はい。それとエルフは他の種族とあまりパーティを組みたがらないので、もしパーティメンバーの補充を考えているなら、ハーヴェストかグリムロックで探してからの方がよろしいかと……」
「わかりました。でも、パーティメンバーはこれ以上増やすつもりはないんで、その辺りは大丈夫でしょう」
パーティの名前。正直何でもいいのだが、そのうち適当に思いつくだろう。
ハーヴェストから約1週間の長旅である。急ぐ旅路でもないのだ。そんなことで頭のリソースを使いたくないと言うのが本音であった
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