第347話 想定内の来村者

 それから1週間後。明らかに貴族用だろう豪華な馬車がコット村の門を潜った。

 それ自体は予想していた事だが、その数は3台。

 1台目はレストール卿とシルビアの乗る馬車。2人が馬車を降りると、深々と頭を下げるソーニャ。


「お待ちしておりました。レストール様。シルビア様」


「ごきげんよう。九条様」


「どうも。お久しぶりです」


「ソーニャはしっかりとお仕えしていましたか?」


「ええ。使用人として良く仕えてくれています。俺が欲しいくらいですよ」


 もちろん世辞ではあるのだが、あながち間違ってはいない。

 相変わらず金魚のフンの如く付いて回るだけで、何の仕事も頼んではいないが、お手洗いに行けば何時の間にか出口でタオルを持っているし、食堂に行けば飲んだ傍からコップに水を注いでくれるしで、良く気が利く使用人であるということはちゃんと認めている。

 2人と再会の握手を交わし、連れて来た使用人達が荷物を降ろし始めると、もう1台の馬車から降りて来た女性に辟易とした表情を向ける。


「やっほー、九条」


 貴族のクセに、軽いノリで手を振っているのはアンカース家の御令嬢であるネストだ。何の為に来たのか……。

 その出で立ちはいつもの冒険者スタイルではなく、貴族の令嬢を思わせるドレス姿。周りの景色はド田舎の農村だ。似合ってはいるが、場違いも甚だしい。

 大方、バイスからダンジョンのことを聞き、レストール卿の面会許可ついでに顔を出した――といったところだろう。

 馬車を降り、ネストは笑顔を見せたまま俺の方へと駆けて来ると、勢いはそのままに俺にいきなり抱き着いたのだ。


「ちょ……ちょっとネストさん!?」


 慌てて離れようとした次の瞬間、耳元で囁かれた言葉に危機感を強めた。


「このまま聞きなさい。この後すぐギルドの幹部が来るわ。ダンジョンについて調査を要求してくる。気を付けて……。対策があるなら笑顔で応えて。なければいつも通り嫌な顔をしなさい。こっちで対処するわ」


 それを聞き返す間も無く俺から離れたネストは、満面の笑みで俺の肩をバシバシと叩く。


「会いたかったわぁ。元気してた? 4か月ぶりくらいよね?」


 そんなネストに精一杯の笑顔を作って見せた。


「そ……そうですね! そろそろ王都に顔を出そうとしてたところだったんですよ。えーっと……魔法学院の生徒達は元気にしていますか?」


「ええ! 皆も九条に会いたがっていたわ」


 ネストの後ろに見えているのは、立て続けに来訪した3台目の馬車だ。

 それが何かわかっているのだろう。レストール卿とシルビアの顔が強張りを見せると、そこから降りてきたのは色の違うギルドの制服を着た男性職員。俺と目が合うと、恭しく頭を下げる。

 胸にプレートをしていない職員は初めてだ。見た目は俺と同じくらい。短髪黒髪で凛々しい顔立ちは少々厳しそうな印象も受ける。

 清潔感に溢れ、背筋を伸ばし歩く姿は最早エリート。やり手の若者を彷彿とさせる。


「あなたが九条様ですね? 初めまして。本部で人事を担当しているマークスと申します。以後お見知りおきを」


「ああ。よろしく」


 差し出された手を取り握手を交わし、素知らぬ顔で首を傾げる。


「えーっと。今日は何か御用ですか?」


「ええ。少々頼みたいことが御座いまして……。九条様のことだ。この面子を見て、薄々感じていらっしゃるかもしれませんが、ここではなんですのでギルドへと参りましょう。もちろん従魔達もご一緒で構いませんよ?」


 ギルドではマークスが来ることを知らなかったようで、気付いたソフィアが驚きの声を上げたほどだ。


「マークス様!? お疲れ様です。当ギルドに何か不手際がありましたでしょうか?」


「お疲れ様ですソフィア。そんなことはありません。いつも通りしていてくれれば結構ですよ? 突然の訪問で驚かれたかもしれませんが、応接室は空いていますか?」


「はい。大丈夫です」


「では、少々お借りしますね。……九条様と皆様はどうぞこちらに」


 このマークスという男。途中廊下ですれ違うギルド職員の誰もが慌てて頭を下げるほどの役職のようだ。

 笑顔で丁寧な挨拶を返す様子は、パッと見た感じ仕事の出来る優しい上司といった雰囲気でもある。

 ギルドの応接室には何度もお世話になった。幾度となく呼び出され使用した部屋には実家のような安心感を覚える。

 ……なんて言うと思ったら大間違いだ。よくよく考えると厄介事は大体ここから始まっているのだ。

 バイスとネストが最初にダンジョンを訪れた日。無慈悲にも命を奪っていたら、俺がこの部屋に呼び出されることはなかっただろう。

 もちろん後悔はしていない。紆余曲折はあったものの、今の繋がりには十分満足している。

 だが、時々考えてしまうのだ。あの時こそが、人生のターニングポイントだったのかもしれないと……。


「お話と言うのは、九条様の所有するダンジョンについてで御座います。出来れば我々で1度調査をさせていただきたいと思っているのですが、その許可をいただきたく参った次第で御座います」


「ダメだ……と突っぱねるのは簡単ですが、一応理由を聞かせてください。何故、俺のダンジョンを調べる必要があるのですか?」


「ダンジョンには大きく分けて2種類が存在しているのはご存知かと思います。自然発生タイプと揺らぎの地下迷宮と呼ばれるもの。九条様の所有するダンジョンが揺らぎの地下迷宮であることは確認済みではありますが、それにはまだ謎が多く専門家による調査にご協力をと……」


「残念ですがお断りします。ダンジョンコアという物が存在していることは知っています。恐らくそれが調査対象なのだろうこともわかりますが、それは俺も同じです。俺の研究が終われば解放することも検討しますが、何時になるかはわかりません」


「九条様立ち合いの元でも結構でございます。ギルドの調査チームと共に謎を解き明かそうではありませんか」


「結構です。必要なら自分で研究チームを結成します。俺はまだその段階には至っていないだけです。そもそもダンジョンなんていくらでもあるでしょう? 個人でダンジョンを所有している者が少ないのは認めますが、俺はたった2カ所だけです。ギルドの方が多く所有しているのでは?」


「ギルド所有のダンジョンは既に調査を終えておりまして……。新しいダンジョンは目下探索中で、残りは九条様のところだけなのです」


「調査が終わっているならそれでいいのでは? 俺のダンジョンは2カ所とも他のダンジョンと、そう大きな違いは見られません。同じような結果が出るだけだと思いますよ?」


 しびれを切らし、シルビアが口を挟む。


「だから言ったではありませんか。九条様はきっと許可は出さないと。私達は九条様だからこそ管理を任せているのです。ギルドが余計なちょっかいを出してダンジョンから魔物が出て来る様な事態になってしまったら、ギルドは責任を取ってくれるのですか?」


「それは……」


 言葉に詰まるマークスに、追い打ちをかけるように捲し立てるシルビアとネスト。


「あの金の鬣きんのたてがみもダンジョンから発生したと聞いております。もしもローンデル領からそんなものが出て来てしまったら一大事。それを倒した九条様に管理をお任せして何がいけないのです? ねぇアンカース卿?」


「ええ。私も同意見ですわ。知っているでしょう? ここの西にある炭鉱と繋がるダンジョンのことを。九条に管理を任せてから魔物が溢れ出すような大規模な被害は確認できていません。それに比べてギルド管理のダンジョンは定期的に魔物討伐の依頼が出されている。その差は歴然。領主として討伐依頼を出すのもお金がかかりますし……。言いたい事、わかりますわよね?」


 ぐうの音も出ないといったところか。2人の領主に詰め寄られれば、口を噤む以外にないだろう。

 もちろん言っていることは事実であり、理に適っている。ギルドの幹部が出ていけば、俺が首を縦に振ると思っていたのだろうか。

 俺を言いくるめられれば、レストール卿とネストの許可を得られると思っていたのだろうが、それ以前の問題だ。

 こういう時には手土産くらい用意するべき。それが礼儀というものである。受け取るかどうかは別として、今のままではこちらに何のメリットもない。

 それがギルドの驕りなのだろう。世界を股に掛ける巨大な組織。自分達に逆らう冒険者はいないと自負しているのだ。

 一般の冒険者ならそれでもいいのだろうが、俺は違う。

 俺とギルドの関係は、その段階をとうに過ぎた。誠意を見せれば応えてくれるなんぞという甘い考えは捨てるべきなのである。


「九条様。そこをどうにかなりませんか? こちらも色々と譲歩しているではありませんか」


「譲歩? 何をです?」


「私は人事部を統括しておりますれば……」


 少々言いづらそうなのは、出来れば使いたくなかった手段なのだろう。

 どんな人事も思いのままという事を、暗に示しているのだ。ようやく人事の役職に就く者が使者として出向いた理由に納得がいった。

 恐らくは、ミアと一緒にいたいなら言う事を聞けということか。確かに有効な手段ではあるが、俺も舐められたものである。それで人質を取ったつもりなら片腹痛い。

 俺は、マークスを射抜くような鋭い視線で睨みつけた。


「よく考えて答えを選べ。……それは脅しと捉えていいんだな?」

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