第343話 エルフの文化
「九条の今日の仕事は?」
「村の子供達のお守りだ」
「えぇ、またぁ?」
シャーリーは口を尖らせ不満そうだ。
「またとはなんだまたとは。結構忙しいんだぞ?」
「それはおにーちゃんじゃなくて、従魔のみんながでしょ?」
「ぐっ……。ミアはどっちの味方なんだよ……」
食堂での朝食を食べながらの雑談。俺達以外には厨房にレベッカがいるだけで周りには誰1人いない早い時間帯だ。
ギルドへと出勤する職員達と挨拶を交わす何気ない1日の始まり。
一番早いのは支部長のソフィア。次にグレイスとニーナが続く。暫くするとギルドの階段を降りてきたのはシャロン。
まだギルドに仮住まい中の彼女は、寝間着にガウンを羽織っただけの姿。
恐らく今日はお休みなのだろうが、普段とは違った雰囲気にドキッとしてしまうほど魅惑的だ。
それもそのはずシャロンはエルフと呼ばれる種族である。
すらっとした肢体は白い肌と相まって華奢に見えるが、容姿端麗。整った顔立ちは近寄りがたさを感じさせ、高嶺の花という言葉が良く似合う。
「おはようございます。みなさん」
「おはよう」
シャロンがシャーリーの隣に腰掛けると、タイミングよく運ばれてくる朝定食。
「ほいよ。今日も時間通りだね」
「ありがとうございます。レベッカさん」
目の前に置かれた食事を前に、シャロンは胸の前で手を組み目を瞑ると、聞き取れないほどの小さな声でボソボソと呟く。
恐らくは神に祈っているのだろう。前回の旅の途中でも目にした光景であり、その時はさほど気にならなかったのだが、ヴィルザール神のこともありなんとなく話を振ってみた。
「それは何をしているんです?」
「強いて言えばエルフ族の伝統……でしょうか。今日も世界樹の恵みに感謝し、清い一日を送れるようにとお祈りを捧げるのが日課なんです。朝食の時だけですけどね」
「へぇ。そうだったんですね」
宗教の世界ではよくある話だ。エルフ族というのはその世界樹とやらを神格化しているのだろう。
「九条は、世界樹見たことある?」
「ないな。そういうシャーリーはあるのか?」
「1回だけね。リブレスには入れないけど国境近くまで行くと、遠目から見えるんだよね。小さい山くらい大きいんだよ?」
「さぞ空気が美味そうだな」
「九条は甘いなぁ。通は空気じゃなく魔素が美味いって言うんだよ?」
「魔素?」
「空気中の魔法元素は、世界樹が生み出してくれていると考えられていたんですよ?」
「ってことは、今は違うんですか?」
「いいえ。今もそうですが、全ての魔素を世界樹が生み出しているわけではありません。確かに世界樹の周りだけ魔素が濃いのは事実ですが、リブレスに住むエルフ族の子供達はそう教わるんです」
「エルフ族に魔術系適性が多いのは、そのおかげだって言われてるんだよ?」
ミアは得意気に補足を入れる。そんなことより気になったのは頬についた飯粒。
それをつまんで自分の口に放り込むと、ケシュアに言われた事を思い出した。
「そう言えば世界樹の枝って珍しいのか? 知り合いの
「リブレスでしか手に入らないから珍しいと言えば珍しいかな。価格は年代によるんじゃない?」
「年代?」
「九条は年輪って知ってる?」
「樹木の生長輪のことだよな? 輪切りにすると幾つもの層になってる……」
「そうそう。世界樹の枝は、その中心に近いほど魔素を多く含んでるから年代によって加工製品の性能が違うの」
「枝から杖を作るのに年輪なんて関係あるのか?」
「世界樹の枝だよ? 枝でも普通の木と同じくらいデカイんだから」
「ああ……なるほどな。そりゃそーだ」
枝の概念が常識の範囲外だった。ただでさえ高そうな名前なのに、それだけ大きければ値が張って当然である。
「毎年死亡事故も起きてるんだよ?」
やはり得意気に補足を入れてくれるミアだが、またご飯粒が付いている。
同じようにヒョイとつまんで口に放り込むも、それは何処かへ飛んで行ってしまった。
「死亡事故!?」
「悪天候とか、何かのはずみで枝が折れると、その下敷きになっちゃう不運な人もいるんです。エルフ族は世界樹の下で暮らしてるのでどうしても避けられず……」
「それを何とも思わないんですか?」
「確かに悲しい出来事ではありますが、エルフにとってはそれも世界樹の恵みの一部なんです。基本的には世界樹を傷付けてはいけないので、自然に落下してきた枝しか加工しません。故に貴重で高価なんです」
「随分とハードな生活を送られているんですね……」
「そうは言っても、死亡事故なんて年に1,2回なんで慣れちゃえばどうってことありませんよ?」
クスクスと笑顔で語るシャロンだが、それを慣れというのだろうか? どちらかと言えば諦めと言った方がいい気がする。
恐らくは雷に打たれる確率よりは高いような気はするが、それはもう毎年ランダムで決まる生贄だ。
価値観や文化の違いだと言われればそれまでだが、個人的には正直ちょっと受け入れがたい。
「九条、この後暇でしょ?」
「いや、子守りがあるっつっただろ」
「今日、私とシャロンは休みなんだよね」
「話聞けよ」
「どうせ従魔達に任せるんでしょ?」
「そうだよ」
「……そこは否定しないんだ……」
笑いを堪えるミアとシャロン。ウケを狙った訳ではないのだが、シャーリーの言いたいことはなんとなくわかっていた。
「私が九条の代役として子守りしてあげるから、シャロンと……」
「わかってるよ。デュラハンだろ?」
「なんだ。ちゃんと覚えてたんだ」
「当たり前だろ? ……まぁ、ギルドがそれでいいなら俺は構わないが……」
チラリとミアに視線を向ける。その表情は険しくはなく、あっけらかんとしていた。
「別にいいんじゃない? 私が支部長に話しとこうか?」
という訳で、俺とシャロンの2人はダンジョンへと駆けた。
ワダツミに乗っていても以前ほど寒さは感じない。防寒はまだ必要だが冬場のピークは過ぎ、季節は初春に近づいていた。
「大分暖かくなってきたな」
「そうだな。九条殿もそろそろ冬眠明けの時期か?」
「出来ればずっと冬眠していたいがな」
「口ではそう言っているが、九条殿は身体を動かしていないと落ち着かないタイプだろう?」
「なんでそう思うんだ?」
「なんだかんだ九条殿は面倒見がいいからな。我等のことだって放っておくことも出来ただろう?」
そうだろうか? 特に意識はしておらず、それは助け合っているだけだと思っている。
とは言え、そんなことを面と向かって言われると、気恥しくもありサラリと誤魔化した。
「それはあれだ。徳を積んでいるんだ」
「トク?」
「そうだ。良い行いをすれば、いずれ我が身に返ってくるということだ」
「ほう。なかなか面白い考え方だな。それで? 九条殿には何か良いことが返って来たのか?」
「……うーん。どうだろう……」
「ダメではないか……」
期待外れの答えに肩を落とすワダツミ。
「それは自分から求めてはいけないんだ。待つことも修行のうちなんだよ」
「なんだか気の長い話だな……」
呆れたように言うワダツミに揺られながらも、俺は頬を緩めた。
良いことなんて個人の考え方次第だが、俺は既にその恩恵に与っているのだ。
それは良縁であったこと。カガリに始まり、白狐にワダツミにコクセイ。それと他の獣達。
偶然か必然か。それは神のみぞ知るところだが、俺はこの出会いに感謝し、満足している。
それは
有り体に言えば、徳を積んだことによる御利益なのだろうと思い描いていたのである。
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