第326話 受け継いだ想い
扉の前ではバイスが見張りを務めていた。
「どうです?」
「わかんねぇけど、なんか揉めてるみてーだぞ?」
「よかった。じゃぁグレッグはまだ死んでませんね」
「安心するとこ、そこかよ……」
呆れた様子でツッコミを入れるバイス。
部屋の扉を開けるとグレッグは俺を睨みつけ、グラーゼンとレストール卿は困惑の表情を浮かべていた。
「ホントに生きてた……」
「当たり前だ! アニタ! 九条は私を裏切ったのだ! 殺してしまえ!」
アニタは既にグレッグの護衛ではないのだ。裏切られたことも知らず、顔を真っ赤にして吼えている様子は実に滑稽である。
「アニタ! ドルトンとギースはどうしたッ!」
残念ながらアニタには何も話すなと言ってある。
「なぜ目を逸らす!? まさか、寝返ったのか!? 恩を仇で返すつもりかッ!?」
「仕事の見返りは正当な報酬でしょ!? それを恩とは言わない!」
カッとなって言い返したアニタの頭を優しく叩く。
「ややこしくなるから喋んなっつの……」
興奮気味のアニタを下がらせ、グラーゼンとレストール卿に視線を向けた。
「お優しいですね。正直拷問くらいしているのかと思いました」
あれだけ息巻いていたのだ。命乞いでも聞いて上げていたのだろうか?
「九条殿。それがシルビア様とセレナ様の居場所がまだ……」
「そうだ九条。残念だが2人の娘が人質なのだ。お前とて手は出せまい。悔しいだろう?」
何を勘違いしているのか、勝ち誇ったような表情を向けるグレッグ。
俺はそれを無視し、グラーゼンへと問い掛ける。
「それこそ拷問でもすればいいじゃないですか。どうせ殺すんでしょう?」
「私を無視するなッ!」
「うるせぇハゲ! ちょっと黙ってろ!!」
「――ッ!?」
さすがのグレッグも急に豹変した俺には驚いた様子。ちなみにグレッグは別にハゲてはいない。
「じゃぁ、こうしましょう。この後、俺がシルビアさんとセレナさんを見つけてあげます。そうすれば、後腐れなくグレッグとお別れできますよね?」
「違うのだ九条殿。グレッグを期日までに帰さなければ、シルビア様とセレナ様は殺されてしまうのだ」
なるほど。上手い事考えたものだ。だが、そんなことはどうでもよかった。
「グレッグが帰ればいいんですよね? 別に生きてなくてもいいのでは?」
「九条。それは本気で言っているのか? それとも言わねばわからぬのか?」
「……じゃぁ、2人は既に死んでいます。もう迷う必要はないですよね?」
「九条! 貴様、私をからかっているのか!?」
家族の命が懸かっているのだ。レストール卿が憤ってしまうのも無理もない。
確かに言い方が悪かったことは認めるが、俺はふざけてなぞいないのだ。
「違いますよレストール卿。そうじゃない。あなた達はどちらを信じるんですか? 俺ですか? それともグレッグですか?」
「――ッ!?」
簡単な話だ。殺してからやっぱり選択を間違えたと思われるのも心外。
正直言って面倒くさいと思いながらも、ここまでお膳立てしたのである。
その上でグレッグを信じると言うなら、それでもいいだろう。多少の怒りは覚えるだろうが、それまでの関係だったと思い諦める。
何も解決せぬまま、グレッグの下僕として娘を探し回ればいい。
しかし、その決断は早かった。レストール卿とは違い、グラーゼンの腹積もりは決まっている様子。
グラーゼンはレストール卿の前で膝を折ると、誓いを立てた。
「レストール様。私は九条殿を信じる所存でございます。願わくば、私を信じていただきたく……」
一瞬、迷いを見せたレストール卿。今日初めて会った男を信用するのは難しい。だが、グラーゼンのことならば信じることが出来るのだろう。
「それほどの男……なのか?」
「はい。私は命を懸けることも厭いませぬ」
その覚悟は素晴らしいのだが、命を懸けるのはやめていただきたい。
俺の一挙手一投足にそれが懸かっているかと思うとプレッシャーが半端ない。
「うむ。わかった。お前ほどの男がそこまで言うのなら信じよう」
「レストール! いいのか!? 娘が死ぬことになるぞ!?」
「構わん」
「ぐッ……」
中々の気概だ。どうやらレストール卿も腹を括った模様。これで心置きなくグレッグを殺せるというものだ。
「では、その役目。私が果たして見せましょう」
グラーゼンが立ち上がり、魔剣を抜いた。溢れ出る暴風の凄まじさは、グラーゼンの怒りそのもの。
「待ってくれ。それには適任がいるんだ」
俺がそれを止めると、グラーゼンが浮かべていた怪しい笑みは鳴りを潜めた。
「適任?」
「レストール卿。約束の物は持って来ましたか?」
「ああ。だが、これを一体どうするつもりだ……」
レストール卿が後生大事に抱えている風呂敷。それは20センチほどの小さな箱だ。
風呂敷を解き箱の上蓋を開けると、柔らかなクッションに包まれた頭蓋骨が露になる。
俺はそれを慎重に取り出すと、そっと床に置いたのだ。
「ペライス――約束の時だ――【
頭蓋骨の周りに形成された赤紫色の魔法陣。膨大な魔力がそこへと集中する。
人間の骨格が作られ、それが肉を纏うと皮膚が呼吸を始めるのだ。
誰もが息を呑んだ瞬間だった。グレッグとレストール卿は見たことがあるはずだ。死者がよみがえる瞬間を。
魔法陣が輝きを失くすと、そこに立っていたのは1人の男。
「ペライス!」「ペライス様!!」
ペライスの頭蓋骨は曝涼式典で失ったが、それはレストール卿が持ち帰っていたのだ。
息子の遺骨だ。そのまま捨ておくことはないだろうとは思っていた。
ペライスはよみがえった意味を知っている。だからこそレストール卿とグラーゼンには目も暮れなかった。
それは、全てが終わってからなのだと理解しているのだ。
「死の王よ。私の望みを聞き届けて下さり、感謝します」
ペライスは俺の前に跪くと、胸に手を当て礼儀正しく頭を下げた。
「長らく待たせてすまなかった。これを使うといい」
俺が差し出したのは1本のロングソード。それは王家の紋章が入った特別製。グラーゼンの剣である。
ペライスはそれを手に取ると、グレッグと向き合った。
「ブラバ卿。覚悟はいいな?」
「ま……待ってくれ! どういう事だ! 何故お前がここにいるんだ! 九条! 説明しろ! 貴様が死の王なのか!?」
「見ててわからなかったのかよ。これから死ぬ奴に説明してどうする。冥途の土産か? それこそ無駄だろ。さっきも言ったが、自分のこれからを考えた方が有意義だと思うぞ?」
言われて移した視線の先には、剣を構えたペライス。
「ペライス! お前は勘違いをしている! 話を聞いてくれ!」
まだ言い逃れが出来ると思っているならば、図々しいにもほどがある。
騙し偽って来た分だけ罪を重ねていることを、未だに理解していない。
殺してしまえばそこで全てが終わりなのだと思っているのだろうが、そうではないのだ。
死者の想いは受け継がれるもの。
それは仲間から仲間へ。友人から友人へ。そして親から子へ……。その逆もまた
時には遺言として。またある時には形見として姿を変えることもある。
それは相続と呼ばれ、受け継がれなかった想いは未練として残り、死して尚現世に
その想いを俺が受け継いだのだ。
グレッグに殺されたであろう死者達の想いを清算する時が来たのである。
「グレッグ。後はお前を殺すことで浄霊は完了だ。お前の依頼は成就する。良かったな」
除霊と浄霊は似て非なるもの。
無理に祓うのではない。浄霊とは死者の願いを聞き届け、未練なく天へと還すということ。
それは死者達にとっての救いなのだ。
「九条ッ! 貴様ぁぁぁぁ!!」
グレッグは怒りを露にし、腰の剣を抜き放つ。
「わぁぁぁぁ!」
多少なりとも剣に覚えがあるのだろう。振り抜かれた太刀筋はそこそこのもの。
だが、それは俺に届く前に宙を舞うと、地面へと落ちた。
ペライスの斬撃が、グレッグの剣を弾いたのだ。
「ブラバ卿。見誤るな。お前の相手は俺だ!」
返す刀でグレッグを片腕を切り落とす。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
グレッグは、失くした腕の根元を押さえ、膝をつく。
地面が陰りを見せ、グレッグが顔を上げると、そこには剣を振りかぶるペライスの姿があった。
「あッ……助け……」
振り抜かれたロングソードに慈悲はない。
それは月光を思わせる冷やかな軌跡を残し、グレッグを一撃のもとに切り伏せたのだ。
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