第321話 真の仲間

 焚き火から火のついた薪を1本拝借し、自然な感じを装って玉座の間奥へと歩き出す。

 見えてきたのは、俺のダンジョンにあるものと同じ玉座。崩落の影響か汚れが酷く、周囲にデスクラウンは確認できなかった。

 元々ないのか、土砂に埋まってしまったか。

 玉座の裏には……。


 ――あった……。


 隠す気のない隠し通路。誰もついて来ていないことを確認すると、長い下り階段を降りていく。


「デカイな……」


 そこにあったのは巨大なダンジョンハートだ。俺のダンジョンの物より大きいのは階層に関係しているからだろうか?

 見た感じ破損はなさそうだが、中身はすっからかん。

 いくつかの小部屋もめぼしい物は何もなく、書斎にあるような机と椅子。空の本棚だけであった。

 管理者の姿も見当たらず、やはりダンジョンとしての機能は停止しているのだろう。


「さて、どうすっかな……」


 ダンジョンハートに手を付き、寄りかかった瞬間だった。身体に感じたのは、慣れてしまった魔力を吸われる感覚。

 消火栓を全開にしてしまったかのような勢いで吹き出す液体。それがダンジョンハートの中へと流れ出す。

 瞬時に手を離したのだが、遅かった。

 壁に掛けられたランタンには薄暗いながらも光が戻り、滞留していた淀んだ空気も一気に晴れた。

 ダンジョンが息を吹き返したのである。


「――ッ!?」


 死んでいると思って油断していた。幸か不幸かダンジョンハート内に溜まっている液体は僅か。

 このダンジョンはこれをどれほどの期間に消費するのか? マスターじゃないとダメなんじゃないのか? やはりこれを壊されれば俺は死ぬのか? 何故、管理者は姿を見せない!?

 目まぐるしく思考が巡るも、答えは出ない。


「九条! どこだ!!」


 遠くから聞こえてきたのはバイスの声。

 そりゃそうだ。暗かったダンジョンに明かりが灯れば誰だって異変に気付く。

 すぐに戻れば怪しまれないかもしれない。まだ言い逃れは可能だ。

 俺は急ぎ階段を駆け上がり、壁の中から顔を出した。

 そこにいたのはシャロンで、しっかりと目が合ってしまったのだ。


「きゃぁぁぁぁ!!」


 シャロンから見れば、壁から首だけが出ているのだ。慎重になっているところにこれである。そりゃ驚きもするだろう。

 そのまま気絶でもしてくれれば、まだ夢で済んだかもしれない。

 同時に言い逃れは出来ない状況へと陥ってしまい、腹を括るしかなくなってしまった。


 ――――――――――


「これがダンジョンのコアか……。なんつったっけ?」


「ダンジョンハートと言うらしいです」


 結局全てを話した。自分の命が懸かっているのだ。言わない選択肢はなかった。

 盗賊に囚われ、ダンジョンマスターになることによって脱出できたこと。

 ダンジョンハートが魔力を糧にダンジョンとしての機能を維持していること。

 管理者が存在していること。

 ギルドがダンジョンハートを狙っていること。

 それを破壊されれば、マスターも死んでしまうこと……。


 もちろん自分のことだけではない。俺以外の者が間違って触れでもしたら、大変なことになってしまう。

 皆には俺の二の舞いにはなってほしくはなかった。


「じゃぁ、これを壊したら九条は死んじまうのか?」


「はい……。今まで黙っててすいません……」


「そうか……。ようやく謎が解けたよ。そりゃ自分の命が懸かってりゃダンジョンに人を寄せ付けたくないはずだ。……それで、俺達はどうすればいいんだ?」


「どう……とは?」


「これからだよ、これから。九条の命が懸かっているならギルドに教える訳にはいかねーだろ?」


「いいんですか?」


「何が?」


「いや、ギルドに虚偽の報告をしなきゃいけないって事ですよ? それが明るみに出てしまえば罰せられるんですよ?」


 それに気分を害してしまったのか、バイスは鋭い目つきで俺を睨みつけた。


「今更かよ。じゃぁ逆に聞くが、俺の命とプラチナプレート。九条だったらどっちを取る?」


「もちろんバイスさんですけど……」


「それと同じだよ。皆考えてることは一緒だと思うぜ?」


 皆がそれに力強く頷いたのだ。


「九条には世話になってる。何度も助けられた。その恩を返して何が悪い。言っただろ? 冒険者は仲間を裏切らない。まあ、これがギルドにバレたら冒険者じゃなくなっちまうかもしれないけどな」


「バイスは一言余計なのよ……。でも私も同じ気持ち。炭鉱で遭難した時も、この弓も、フィリップのことも……。全部九条のおかげ。そもそも死霊術の禁呪を使ってることだって知ってるんだし、今更秘密が1つくらい増えたってどうってことないわよ。ねぇシャロン?」


「ええ。シャーリーを助けてくれただけじゃなく、私のことも真剣に考えてくれました。それだけで十分です。冒険者に秘密は付き物。それにデュラハンも見せていただかないといけませんしね」


「私は騎士の身でありながら、その道を外れようとしている。その片棒を担がせてしまうのは大変心苦しい。大した報酬も用意できず、申し訳ないが、この事は絶対に口外しないと剣に誓おう」


「私も言わないよ? おにーちゃんと一緒にいられなくなるのは嫌だもん」


「みんな……」


 悪戯っぽく笑うバイスに、何故か顔を赤くするシャーリー。シャロンは深々と頭を下げ、グラーゼンは騎士の誓いを立てた。

 そして満面の笑みを浮かべ、俺に抱き着いてくるミア。


「どうだ? 九条。これでも俺達が信用できないのか?」


「いえ、十分です。……ありがとうございます」


 皆を疑ってはいなかった。出会った頃とはわけが違うのだ。

 裏切るとは微塵も思ってはいないが、危ない橋を渡らせてしまうのは気が引ける。

 特にシャーリーとシャロンは、ギルドの収入で生活が成り立っているはず。俺の所為で、食い扶持がなくなってしまうことにもなりかねない。

 最悪、ダンジョンハートの存在をギルドに報告されても仕方のない事だとは思っていた。

 もちろんそうなれば本腰を入れて防衛策を考えるが、それを止める権利は、俺にはない。

 でも、嬉しかった。皆の素直な気持ちを聞けて、心の底から安堵した。

 それは目頭が熱くなってしまうほどだ。

 カガリを頼るまでもない。それが本当かどうかなんて、どうでもいい。

 俺を信じてくれたのだ。俺が皆を信じなくてどうする。



 ダンジョンハートを横目に緊急対策会議が開かれた。


「ギルドには、魔物がいて途中で断念したということで報告しましょう。中断したのは40層辺りでどうでしょうか? プラチナが攻略できなかったダンジョンであれば、暫くは挑もうとする冒険者は出ないかと」


「どうせだから何処かでワザと崩落させて、通路塞いじゃえば?」


「確かにシャーリーの案もあるとは思うが、正直言ってこのダンジョンハートがどういう位置づけなのかがわからない。道を塞ぐにしても108番にどういう状況なのかを聞いておきたい」


 先程から呼びかけているのだが、108番からの反応はない。

 遠すぎるからだろうか?


「シャーリーは何かトラッキングに反応はあるか?」


 バイスの問いに、シャーリーは黙って首を横に振った。


「なら、ある程度魔力を入れといた方がいいんじゃないか? 底の方にちょびっと入ってるみたいだが、これでどれくらい持つんだ?」


「わかりません。俺のダンジョンにある物より大きいんです。ダンジョンの深さに比例しているのならば、確かに補充しておいた方がいいかもしれない……」


「疑ってる訳じゃないが、見せてくれよ。触ると魔力を奪われるらしいが、俺達じゃ危ないんだろ?」


「はい。人間の魔力では少なすぎて数日しか持たないと聞いています。……なんというか俺は例外みたいで……」


 ダンジョンハートに手を振れると、滝のように流れ出る濃縮された魔力の液体。

 薄紫色に淡く輝く液体が波打ち、キラキラと輝いていた。


「はぇー。きれー」


 同時に壁に掛かるランタンの光量が増し、それはすでに別の明かりを必要としないくらいだ。

 蛍光色で珍しいのはわかるが、無意識のうちに触れてしまいそうになるミアを後ろから抱き上げ、ギリギリのところで回避する。


「危ないから止めてくれ……」


 ミアの頭を優しく撫でてから、カガリの上へと戻した。


「九条殿。よかったら我等がこのダンジョンを見張ろうか? こんな事で礼になるとは思わぬが、人手は必要だろう? 屈強な騎士団であればいくらでも貸し与えるぞ?」


「ありがとうございますグラーゼンさん。お気持ちだけで十分です」


「そうか? 他に何か出来る事があるなら言ってくれ」


「そうですね……。では、騎士団で使っていた鎧と武器をいくつか貸していただけませんか?」


「それは構わぬが……サイズは? ウチは皆ガタイがいいからな……。九条殿ではぶかぶかに……」


「それは大丈夫です。俺が着るわけじゃないので」


 首を傾げたのはグラーゼンとシャロン。

 見たことのない2人は、意味がわからなくて当然だが、それ以外の者は見当がついたようで、等しく怪しげな笑みを浮かべていた。

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