第320話 玉座の間
「九条……。これ……」
シャーリーが言葉を詰まらせてしまうのも当然だ。その景色に既視感を覚えたからだろう。その意味を理解していないのは、グラーゼンとシャロンだけ。
真っ直ぐに伸びる通路。崩落が酷いが、その奥に見えるのは金属製の立派な扉。
半開きなのはリッチが開けて入って行った名残であろう。ダンジョン自体が暗い為うっすらとしか見えてはいないが、俺の所有するダンジョンと同じ間取りだ。
その先にあるのは、間違いなく玉座の間だ。
「シャーリー?」
「大丈夫。リッチ以外の反応はない……」
バイスの声に食い気味に答えるシャーリー。それは予想通りだった。
ギギギと軋む扉をゆっくり開けると、広がっていたのは玉座の間。大きな柱が規則正しく並び、レッドカーペットが奥へと続く。
明かりがないとこれほどまでに暗いのかと思うほどの闇の中、リッチは茫然と佇んでいた。
「あれがリッチ……」
シャロンは初めて見るだろう。見た目は、ただ黒いローブを着ただけのスケルトン。
だが、纏っている魔力のオーラは肉眼で確認できるほどの濃さだ。
その威圧感は、魔物でさえ尻尾を巻いて逃げ出すほど。
「じゃぁ、マッピングしちゃうね?」
「ミア。王冠らしきものがあったら絶対に触るな。すぐに報告するんだ。いいな?」
「はーい」
「ようやく最下層か。ならば私は少し休憩させてもらおう」
トコトコと歩き出すカガリ。それに乗るミアは最後の仕上げに取り掛かり、グラーゼンは近くの柱に背中を預けた。
そんな中、俺の後ろではシャロンとシャーリーが取っ組み合っていたのだ。
「お先にどうぞ。シャーリー」
「何言ってんのよ!? シャロンが見たいって言ったんでしょ? シャロンが先に行けばいいじゃない」
2人で押し合い、前に出ては後ろに下がってを繰り返す。それはまるで、お化け屋敷を2人で進む仲良し女子のそれである。
動かないとわかっていてこれだ。ここまで来て何をやっているんだか……。という感想しか出てこない。
それを助長しているのが、俺の所為だということはわかっている。何せ魔物はほとんど掃除済。そこをマッピングしながら降りていくだけの簡単なお仕事である。
道中はそれでよかった。危険なことなぞ何もない。だが、この場所は違うのだ。気を張っているのは恐らく俺だけ。
俺のダンジョンと全く一緒であるならば、この下には恐らくアレがある……。
それをギルドに報告すれば、すぐにでもその確認に乗り出してくるだろう。死んでいるダンジョンだ。俺にはなんの関係もない。しかし、何処か心の中で引っかかっているのだ。
出発前、108番が俺に打ち明けてくれた秘密。それを話す108番の顔は何処か寂しそうであった。
ここのダンジョンが何番目なのかは俺にはわからない。だが、管理者である108番から見れば、それは家族とも呼べる存在なのではないだろうか。
それを死んだからと言って他人にいじくり回されるのは、盗人猛々しいと考えても不思議ではないはず。
まずは、本当に死んでいるのかを確認しよう。その為には、1人にならなければ……。
「九条? 大丈夫か? 体調が悪いなら少し休んだらどうだ?」
俺の肩に手を置いたのはバイス。それに驚き、体が跳ねた。
さすがと言うべきか、よく観察している。
顔には出さないようにしていたつもりではあるが、バイスには異変を感じ取られてしまったようだ。
「ええ。大丈夫です。心配させて申し訳ない。でもそうですね……。大事を取って今日はここで一晩を明かしましょう。後は帰るだけですし」
「そうだな。じゃぁイフリートで、その辺の氷を溶かして来るわ」
バイスが魔剣を抜くと、近くの氷の塊に突き刺す。
ジュッっという音と共に蒸発していく氷の塊。
湿気が多い所為か、全体的にしっとりとした室内の空気は淀んでいた。
管理者がいないだけで、こうも違うのかと無意識に比較してしまう。
そこに響き渡る妙にテンションの高い声。シャーリーとシャロンは未だにもみ合っていた。
大丈夫だと言っているのに、この体たらくだ。わざとやっているんじゃないかと疑いたくなるレベルである。
そちらから進まないのならばこちらから出向いてやろうと、こっそりリッチに指示を出す。
突如リッチの首がぐるりと回り、シャーリーとシャロンに向き直る。
それに気付いた2人はピタリと動きを止めた。
するとリッチは全速力で2人の方へと走り出したのである。
「ウケケケケ……」
「「ぎゃぁぁぁぁ!!」」
腰を抜かしそうなほどの叫び声。目の前で足を止めたリッチは、鮮血のように赤く光る双眸で2人をジッと見下ろした。
その絵面は控えめに言って最高である。
「「ぎゃははは……」」
俺とバイスはゲラゲラと声を上げ、厳格そうなグラーゼンでさえも俯きながら声を殺し笑っていた。
カガリとミアは悲鳴に驚き、マッピングを中断し戻ってくる始末。
「ちょっと! 九条!」
真っ赤な顔で異議を唱えるシャーリーに、顔面蒼白のシャロン。
それぞれの反応は全くの正反対。そこがまた笑いを誘うのだ。
「冗談だよ。冗談。リッチは魔物にしか反応しないから今の内に良く観察してくれ。それと今日の調査はここまでにしよう。2人はリッチの観察が終わったら飯の準備を頼む」
「わかったわよ!」
バイスと白狐が部屋の氷を溶かし切ると、軽い夕食を取って順番に仮眠をとる。
持って来ていた薪はまだ2日分ほど残っているが、帰るだけなら1日もあれば十分だ。
使い切る勢いで焚き火に薪を投入する。マッピングも全て終了。ここまでは完璧な仕事であった。
起きているのは、俺とシャーリーとシャロンの3人だけ。グラーゼンのリズミカルないびきをBGMに、見張りに精を出していたのだ。
「九条さんのおかげで、またひとつ見識が増えました」
笑顔でそう話すシャロンは、未だ興奮気味な様子。未知の物に対する探求。それこそが人間たる所以。……なんて哲学的なことを言うつもりはないが、シャロンから感じるそれは一種の知識欲なのだろう事がよくわかる。
世に出ていない魔物を目の前で、しかも通常ではありえない距離で観察できたのだ。
リッチのローブを脱がせ始めた時は、そういう趣味の人なのかと疑ってしまったほどである。
しかし、それは1つの実験であった。
「もしかしたら、ローブだけ持って帰れるんじゃないですか?」
奇抜な発想であったことは認めよう。レベッカの無限とんこつスープに近い考え方には舌を巻いた。
そして見事脱がされたリッチは、少し色黒なスケルトンといった風貌で、寒そうというより不憫にも思えた。
その状態でリッチをあるべき場所へと帰すと、自然とローブも消えてしまったのだ。
「貴重な経験でした。ギルドにない情報だと思うとわくわくしちゃいますね」
そうだろうか? まあ、シャロンがそれで満足したならそれでいい。
「シャロン。魔物なんかに興味があったの?」
「興味があると言うか……。後学の為にも知っておいて損はないでしょう?」
「まあ、そうだけど……」
シャーリーが言葉を濁してしまうのもわかる気がする。
たとえ相手を知り尽くしていても、リッチが出て来るような依頼はお断りしたいものだ。
「シャロンがデュラハンを見たら、卒倒するんじゃないの?」
シャーリーの余計な一言が、シャロンに火を点けたのは言うまでもない。
「デュラハン!? デュラハンってあの伝説の首なし騎士ですか!?」
シャーリーの首根っこを両手で掴み、ガクガクと揺さぶる。シャロンの表情は迫真だ。
「あがが……。うるさいって! 皆が起きちゃうから静かにしてよ!」
それが俺のダンジョンの門番だということを聞いたシャロンは、目をキラキラと輝かせて俺へと詰め寄った。
「機会があれば、見てみたいです!」
「……え……ええ……。機会があれば……」
何かに目覚めさせてしまったのか、元々こういう性格なのか……。その勢いは、隠れ魔物オタクという言葉がピッタリだ。
シャーリーがドン引きしている中、シャロンの鼻息は人一倍荒かった。
「さてと……」
丁度会話が途切れたところで、立ち上がる。
「どこいくの? 九条」
「便所だ。一緒に行くか?」
「そんな訳ないでしょ! 見えないところでして来てよね!」
「はいはい……」
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