第276話 破綻作戦
扉の前で杖を構え、フィリップがそれを開け放つ。それと同時にアレックスは持てる最大火力の魔法を放った。
「【
爆発系統の魔法。文字通り爆発させるだけの魔法だが、それは火属性と風属性を高水準でコントロールする集中力を求められ、殺傷能力はずば抜けて高い。
ここはダンジョンの中である。魔法のコントロールに失敗すればその威力により崩落が起きかねない。しかし、アレックスは本番に強かった。
そのギリギリをも狙えるほど研ぎ澄まされた集中力は、一瞬であればネストにも匹敵するほどのものだ。
「【
立ち込める爆風の熱気。相手はまだ見えないが、反撃を考慮しアンナは素早く防御魔法を展開する。
そこに何かがぶつかった。それはクリアの証が入っていた宝箱の一部。爆発の威力で中身が散乱し、その破片が転がってきたのである。
それと同時に、クリアの証である学院の印が入ったコインも散らばると、レナはそれを瞬時に拾い上げた。
ひとまず最低限の目的は達成された。後はリッチを倒すのみ。運はこちらに味方している。
それを確認すると、爆風も収まらぬうちにフィリップは部屋の中へと走り込む。この1撃で倒せているとは思えないが、少なくともダメージは与えたはずである。
爆風が晴れればリッチは背を向け、フィリップと対峙しているはず。そこに2撃目を叩き込む――はずだった……。
――――そこにはフィリップはいなかったのだ。
アレックス達が見たのはフィリップの後ろ姿。それは奥に見える階段を降りて行った。何かの作戦かとも思ったが、そんな話は聞いていない。
目の前のリッチは、アレックスを睨みつけている。学院では5本の指に入るであろう実力者とは言え、リッチの攻撃を耐えることなど出来やしない。だからこそのフィリップだ。
「フィリップ! 何してる! 早く戻れ!!」
無情にもダンジョン内に木霊する爆発音の残響とアレックスの叫び声。フィリップがその声に反応することはなかった。
「えっ? 何? どういう事?」
魔力のシールドを張りながらも作戦とは違う結果にオロオロと慌てるアンナ。畏怖にも似た表情は、この先の運命を予感させていたからだ。
「アレックス様! フィリップ様は!?」
「わからん! アイツ……逃げたのか!?」
理解が追い付かず、固まっていたアレックス達だが、それを待ってくれるリッチではない。
「【
放たれた魔力の矢は僅か1本であった。……にもかかわらず、それはアンナの
小さな池に張ったうっすらとした氷の膜でも割られたような感覚。そんなものリッチにとっては、あってないようなものだ。
それは
「ひぃぃぃぃ!」
一瞬の出来事に尻もちをつくブライアン。頬には一筋の裂傷。耳たぶが千切れ、首筋から伝わる温かさなぞ気にならないほどの痛みで悲鳴を上げた。
レナはハッとした。窮地に陥り、九条にしつこく言われていた事を思い出したのだ。
『何があっても逃げることだけを考えろ――――』
「アレックス様! 逃げましょう! フィリップ様抜きで勝てる相手ではありません。幸い目的の物は手に入れました! 死んでしまっては元も子もありません!」
レナの言う通りである。殆ど魔力を使っていなかったアンナの
本気であれば10本以上出せるであろう魔力を持っているくせに、そうしないのは自分達が舐められているからである。
目の前にいるのは絶対的強者。向き合えばわかるそのプレッシャーは、心臓の鼓動をも止めてしまうのではないかと思うほどの威圧感。
「撤退だ!」
「はい!」
レナが後方へと帰還水晶を投げ、それが音を立てて砕けると、帰還ゲートが具現化する。
「アンナ様! ブライアン様! お早く!!」
最後方にいたアンナがゲートを抜け、レナは未だ座り込んでいるブライアンを立ち上がらせようと手を掴んだ。
「【
刹那、リッチから放たれたのは知らない魔法。わかるのはバインドと名の付く魔法が総じて拘束系統の魔法であることのみ。
四方八方から現れた無数の鎖がアレックスに絡みつくと、手足はもちろん身動き一つ許されない状態に。
「カハッ!」
その内の1本が、首に巻き付いていたのだ。その意味がわからぬ者はいない。
「アレックス様! 今解除します! 【
必死の形相で魔法を唱えるレナだが、それは不発に終わった。
「なんで!? 【
何度やっても結果は同じ。黒き鎖が輝きを放つも、それは一瞬にして元へと戻ってしまうのだ。
本来であれば
そんな時間がない時はどうすればいいのか。簡単である。相手よりも多くの魔力を込めて無理矢理解除すればいいのだ。
開かない扉の合鍵を作るのではなく、鍵ごと扉を破壊すればいいのである。
とは言え、レナにリッチを超えるほどの魔力を込められるわけがない。そもそも絶対量からしてレベルが違う。
それは数メートル先の針穴に、一発で糸を通さなければならないのと同義だ。
「レナ……逃げろ……」
レナは、まさかアレックスの口から他人を思うような言葉が出て来るとは思わなかった。それも、自分に向けられたものである。
そんなことを考えている暇はなかった。レナは諦めたくない一心で緩む涙腺を必死に抑え、アレックス脱出の糸口を探した。
帰還ゲートの残り時間は僅か。その間にどうにかしなければならない。
そこで閃いた。残っているブライアンと2人で力を合わせれば解除できるかもしれないと。
それを伝えようと振り向いた刹那、そのブライアンから腕を強く掴まれたのだ。
「ブライアン様! 何をなさるのです!?」
「アレックスが逃げろって言ったんだ。逃げるぞ。お前も来い」
「それよりも2人で
「バカか! ゲートが閉じるまで10秒もない! 早くしろ!!」
レナの細腕では、ブライアンの力に敵うわけがない。振りほどこうにも振りほどけない。
ブライアンは千切れた耳を押さえながらも、レナをズルズルと引きずっていく。
「アレックス様ぁ!!」
レナの悲痛な叫び声がダンジョン内に響き渡るも、それがアレックスの聞いた最後の言葉であったのだ。
強く締め付けられる首。呼吸も思うようにいかず、薄れゆく意識の中アレックスは過去の記憶がフラッシュバックしていくのを体験していた。
(何がいけなかったのか……。レナと会った時か……。冒険者になろうと決意した時か……。剣の適性も槍の適性も発現せず、騎士の家系に泥を塗ってしまった時か……)
徐々に遡る記憶を思い返しても、一向に答えは出てこない。遂には赤ん坊の頃まで戻ると、アレックスはようやく自分なりの答えを見つけ出した。
(貴族の家に産まれなければ、こんな事にはならなかったのかな……)
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