第275話 予想外の敵影

「アレックス様? 魔力をセーブするのはいいんですけど、手を止めるのはやめていただけませんかね?」


「……わ……わかってる!」


 襲い掛かってくるスケルトン共を薙ぎ倒すフィリップ。囲まれた状態からでも汗ひとつかかずに立ち回っているのは、さすがはプロの冒険者だと言わざるを得ない。

 後方からの援護は目に見えて減っていて、フィリップは貴族様の機嫌を損ねないよう意見した。


(お子様だねぇ……)


 アレックスの精神状態が良くないのは、フィリップの目から見ても明らか。

 レナにも裏切られ、ブライアンも信用出来ない。このまま試験のトップを目指すべきなのだが、アレックスの想いは揺れていた。


(自分の夢を優先するべきだ。ノルディックさんも自分がよければそれでいいと教えてくれた。……だが、しかし……)


 レナを救うのは簡単だ。試験の結果がどうであろうと、アレックスが縁談をそのまま受ければいいだけ。だが、それは冒険者への道を閉ざすことに他ならない。

 そのどちらかを選ばなければならないのだが、どちらを選んでも後悔するのではないかという思いが、払拭できないでいたのだ。


「アレックス、どうした? もしかしてレナのこと引き摺ってんのか?」


「うるさい! ブライアン! 戦闘に集中しろ!」


「いやいや、自分の事を棚に上げるなよ……」


(うはっ……。めっちゃ修羅場ってて超ウケる……)


 その様子をニヤニヤしながら見守っているアンナだけが、唯一冷静でマイペースを保っていた。ある意味このパーティの中では1番冒険者向きである。


「もうどれくらい倒した? 30匹くらいか?」


「わかんねぇ。正直俺も余裕なくなってきた……」


「私はまだ平気だけど?」


「お前は補助と回復担当だからだろうが!」


 ブライアンからツッコまれ、アンナはわかっていたかのようにケタケタと笑い声をあげた。


「1番魔法力の高いアレックスを温存してるんだ。仕方ねぇだろ……」


 さすがのブライアンも魔物の多さに嫌気がさし、余裕がなくなって来ているのが見て取れる。


「フィリップ様、離れてください。一気に焼き払います! 【火炎嵐ファイアストーム】!」


 レナの掲げた杖から、紅蓮の炎が波のように襲い掛かる。その威力はアレックスにもブライアンにも劣るものだが雑魚の殲滅、ことアンデッドには十分な効果を見せていた。

 燃え盛る動く死体は膝を突き、バタバタと地面に倒れ込む。そこから発生する熱波が腐臭をさらに加速させるが、それにももう慣れたものだ。


「レナ、よくやった」


「はい! アレックス様!」


 魔物の多さに辟易とする中、唯一の救いはレナの動きが良くなったことであった。

 休憩前とは見違えるほどの活躍は、わざと手を抜いていたのではないかと思うほど。

 それを見ていたブライアンは、なんとも面白くないのである。


「チッ……」


 誰にも聞こえないほどの小さな舌打ち。なんの前触れもなく仲直りでもしたかのように自然に話している2人を見て、嫉妬にも似た感情を抱くのも不思議ではないだろう。


 ブライアンは産まれながらにアレックスに負けていたのだ。家柄も、ルックスも、財産も、魔法の才能もだ。

 それには羨望の眼差しを向ける他なかった。自分にもアレックスに劣らぬ何かがあればいいのにと思っていた。それは、何時しか妬みへと変わっていたのだ。

 アレックスが初めてレナを連れてきた時、ブライアンもそれが欲しいと思ってしまった。

 誰でもよかったわけじゃない。アレックスが連れているからこそレナを欲したのだ。だが、相手は公爵家の子息。その仲睦まじい姿には手が出せなかった。

 そして2人の婚約発表。それを惨めな思いで見つめていた。しかし、ブライアンに転機が訪れた。アレックスがそれを破棄すると言い出したのである。

 そして、アレックスが見放したレナを、遂にものに出来るのだ。

 アレックスとは長い付き合い。その性格から、一度口に出したことは取り消さないはず。公爵家のプライドがそれを許さないのは知っている。


(後はこのくだらない試験をさっさと終わらせてしまえばいいだけ……。どちらに転ぼうが、レナはすでに俺のモノだ……)


「ぐふっ……ぐへっ……ぐへへっ……」


 無意識に薄気味悪い笑い声を垂れ流すブライアン。フィリップ以外の全員が、ブライアンが何を考えているのかを理解していた。彼等もまた長い付き合いなのだから。

 だが、フィリップにはそんな事どうでもよかったのだ。


「いよいよ地下7層ですが、行けそうですか? また休憩が必要なら先程の箱の部屋まで戻りますが?」


「大丈夫だ。行こう」


 アレックスが続行を宣言し地下7層への階段を降りると、そこには静かな空間が広がっていた。

 大きな通路に枝分かれしている無数の通路。迷路というほど入り組んではいないが、魔物の気配は感じない。


「さっきまではカラカラとうるさいくらい骨の擦れる音がしていたのに、ここはやけに静かだな……」


「いるとしたら、ここにデスナイトがいるのよね?」


「ああ。出来れば先に見つけて先手を取りたいところだが……。まずは探索からだな」


 アレックス達は他のパーティと違って、内部構造をある程度把握できる。14番目のパーティが作った、お手製のダンジョンマップがあるからだ。大雑把ではあるが、それはここまでほぼ間違いない。

 とは言え、魔物の掃除は不十分である為、念には念を入れて索敵から始めた。目的の場所はマップに記載されている。

 ここまで静かであるならば、デスナイトが下の階層に行ってしまっているという可能性もなくはない。

 他のパーティー全てが帰還しているなら箱の中の証だけを取って撤退がベストではあるが、そうじゃなかった時の場合を考えて、デスナイトは倒しておきたかった。

 フィリップに虚偽の報告を頼み、倒したとすることは容易だが、確認されればすぐにバレてしまうのだ。

 思った通り、他の部屋には魔物1匹いなかった。トラップらしき物も見当たらず。残すは最後の大部屋だけ。

 部屋の扉の隙間を覗くと、部屋の中央には宝箱が1つ。そしてそれに腰掛ける魔物を見て、フィリップの心臓が跳ね上がった。


「どうした、フィリップ?」


「あれはデスナイトなんかじゃない。むしろそれよりもヤバイもんだ……」


「もったいぶらずにさっさと言え」


「……リッチだ」


「「リッチ!?」」


「シーッ! 声が大きい!」


 フィリップの言う事が信じられず、交替しながら次々と部屋の中を覗いていく。


「アイツら……。どうやったらあれをデスナイトと見間違うんだよ……」


「どうします、アレックス様? 尻尾を巻いて逃げ帰りますか?」


「フィリップから見た勝率が知りたい」


 少々悩む様子を見せるも、フィリップはすぐに解答を出した。


「そうですねぇ……。半分……。いや、全員がしっかりと実力を発揮出来れば80%ほどでしょうか……」


「そんなに高いのか!? 討伐難易度も判明してない魔物なんだろ? それを相手に80%!?」


「プロの冒険者を舐めてもらっちゃ困ります。これでも俺はゴールドだ。一度戦ったこともありますよ? そして俺は生きてる。その結果はわかるでしょう?」


 得意気なフィリップに顔を見合わせる一同。誰もが判断に迷い困惑の表情を浮かべていたが、早々に決断を下したのはアレックスだ。


「よし、やろう」


「アレックス様!?」


「アレックス! 本気か!?」


「ああ。だが少しでも不利だと感じたら箱の中身だけ取って即帰還だ。作戦はフィリップに一任する。いいな?」


 皆が無言で頷くと、簡易ではあるが作戦を協議する。それはフィリップがリッチを押さえ、それ以外の者が背後から魔法を浴びせるというシンプルなものに落ち着いた。

 手練れの冒険者でもないアレックス達に難しい事を言っても、どうせできっこないからだ。


「いつでも逃げ帰れるように、箱の中身を最優先に考えましょう」


 フィリップが作戦に多少のアレンジを加えた。まず気付かれる前にアレックスが最大火力の魔法を撃ち込み、リッチの撃破を試みる。

 それで倒せれば儲けものだが、倒せなくとも気を引くことは可能。その隙にフィリップが近づき箱の中身を奪った後に、本格的な討滅戦の開始という運びだ。


「レナは常に帰還水晶を手にしておけ。俺が使えと言ったら迷わず使うんだ。いいな?」


「はい。わかりました」


「行きますよ? 皆準備は良いですか?」


 アレックスの緊張は最高潮に達していた。鼓動が高鳴っていくのを感じ、強く握りしめる杖が湿り気を帯びているのは手汗の所為。


(大丈夫だ。経験者のフィリップがそう言うのだから間違いない……)


 九条に大見得を切った手前、逃げ帰ることは最大の屈辱。ブライアンの事もある。アレックスにとって、これは絶対に落とせない戦いなのだ。

 レナのことは終わってから考えればいい。兎に角目の前の敵に集中しようと気持ちを切り替え、メンタルをも持ち直す。

 アレックスはこの状況下でただ1人、本来の実力を発揮できるほどの胆力を有していたのだ。こんなところで躓くわけにはいかないのである。

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