第250話 裏切り
「多すぎでしょ? 一体どれだけ危ない仕事をやらせる気なのよ……」
怪しんでもおかしくはないだけの報酬額。
怪訝な視線を向けるシャーリー。しかし、フィリップの表情に変化はなく、その返事は読んでいたとばかりに話を続けた。
「額がデカくてビビるのも仕方ねぇが、それは俺の依頼主が貴族だからなんだよ。それに俺への個人指名だ」
「貴族? バイスかネスト?」
「いや、違う。もっと上級だ。魔法学院の生徒なんだが、これ以上は仕事を受けてくれないと教えられない。守秘義務ってやつさ」
「……内容によるかな……」
「簡単だよ。シャーリーは九条と仲がいいだろ? 九条にダンジョンの入場許可をもらって、マッピングして来てくれるだけでいいんだ」
そういうことなら、確かにシャーリーにしか出来ない仕事だというのは理解出来る。
貴族のお坊ちゃんはダンジョンの地図を得て、試験を有利に進めようという魂胆らしい。
それだけのことにカネを出す貴族の浅はかさとくだらなさに、シャーリーは鼻で笑ってしまった。
シャーリーがそんなことに加担するわけがない。今更ダンジョンなんかに赴かなくとも、既にシャーリーの頭の中にはある程度のマップが出来ている。
だがそれを他人に教えるわけがない。それは九条を裏切る行為。例えそれがバイスやネスト、国王が懇願してきたとしても、首を縦に振ることは絶対にないのだ。
「はぁ。そういうことならお断りするわ。要は不正して試験を受けるって事でしょ? その貴族様が何を考えてるのか知らないけど、私には無理。他を当たって」
「じゃぁ、覚えてる部分だけでもいいからさ」
「そういう事じゃないって。そんなことしたら私が九条に怒られちゃうじゃない」
「だからシャーリーに頼んでるんじゃないか。シャーリーだったら例えバレても許してくれるって」
「無責任なこと言わないでよ……」
「九条にはシャーリーから聞いた事は黙っておく! 絶対にバレないよう手を回すから! ……わかった。じゃぁ報酬を倍にするってのはどうだ? 金貨1000枚。悪くないだろ?」
「仮に九条にバレたらどうするの? この事を九条がギルドに報告したらプレート剥奪もありえる。そんなことになったら金貨1000枚ぽっちで出来る仕事じゃない。もう九条はカッパーじゃないの。さっき自分で言ってたじゃない」
「じゃぁ、いくらなら受けてくれる?」
「はぁ。言い方が悪かったわね。私はいくら積まれてもやらない。お金の問題じゃないわ。……この話はこれで終わり。九条には言わないでおいてあげるから諦めて」
「そっか……。仕方ないな……」
落胆の表情を見せるフィリップ。やっと諦めてくれたかとほっとしたシャーリーであったが、その目はまだ諦めてはいなかった。
テーブルに置かれていた酒を一気に飲み干し、空のジョッキを明後日の方向へと投げ捨てたフィリップ。
思い通りにならなくて憤慨したようにも見えたが、そうではなかったのだ。
いきなりの出来事に他の客達も手を止め、床に転がるジョッキを眺めることしか出来なかった。
フィリップはその一瞬の隙をつき、座っていた椅子を蹴り飛ばすと、そのまま全速力で店を出たのだ。
食い逃げ……であればどれだけマシであっただろうか……。そこにはあるべき物がなかったのだ。
そう。シャーリーの弓である。
「――ッ!?」
不意を突かれたとは言え、シャーリーはすぐに後を追った。
まさか、フィリップが持ち逃げするなんてセコイ真似をするとは思わなかった。長年ペアを組んでいたのだ。
(どうしてこんなこと……)
シャーリーはフィリップを追いながらも、思考を巡らせた。
(貴族うんぬんの話は嘘で、最初から弓が狙いだった? 確かにあの弓は相当な価値がある。買えば金貨2000枚。売れば最低でもその半分にはなる……。でも、それに人生を捨てるほどの価値があるとは思えない……)
当たり前だが窃盗は犯罪だ。シャーリーがそれを報告すれば、フィリップは即座にお尋ね者。ゴールドプレートは剥奪され、ギルドは追放。今後一切街に入ることは許されないだろう。
目撃者は食堂にごまんといる。街中を全速力で走り去るフィリップを今まさに目撃している者達も合わせれば、言い逃れは出来ないのだ。
(いや、今はそんなことどうでもいい。兎に角フィリップを捕まえないと……)
シャーリーよりフィリップの方が体格は良い。筋肉もバランスよく付いているし、前衛職なだけあって体力もある。
しかし、ハーフプレートの鎧を着ていて、かつショートソードも腰に下げているのだ。そして軽いとはいえ、持っているのはミスリル製の弓。
それでも中々追い付けないのは、全速力で走るシャーリーとほぼ同じ速度だから。
(おかしい……。瞬足の魔法? やっぱり最初から弓が狙いだったの……?)
フィリップも全速力で走っているように見えるが、後ろを確認するだけの余裕がある。それはシャーリーを誘っているかのようにも見えた。
それが罠であったとしても、シャーリーは止まれなかった。その弓は金額では推し量れない大切な物だ。
それを無くしたとあっては、九条にもバルガスにも……、そしてイリヤスにも申し訳が立たない。
「フィリップを捕まえて!!」
街の北門が迫ってくると、2人の警備兵がその声を聞き振り向いた。
駆けて来るフィリップに気が付くと、緩慢な動きで手を伸ばす。
「おいおい。どうしたフィリップ。痴話喧嘩か?」
顔見知りだからこその油断があった。2人は街でも有名な冒険者のペア。だから本気ではないし、一声かければ止まってくれるだろうと警備兵の2人は武器も構えず安直に考えていた。
そこへ速度を緩めず突っ込んでいくフィリップ。そのまま腰のショートソードを抜き放つと、その迫真の形相に恐れをなし、警備兵の2人は道を空けてしまったのだ。
相手はフィリップ。冒険者としてはトップレベルのゴールドプレート。街の警備兵が勝てる相手ではないのは確かだが、それを通してしまっていては元も子もない。
突然の出来事で覚悟が足りず、保身を優先してしまったのだ。
そこをあっさりと駆け抜けていくフィリップ。
「役立たず!!」
シャーリーは擦れ違いざまに苛立ちを吐き捨てると、2人は夜の街道へと消えて行った。
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