第243話 特別待遇クラス
先程と何も変わらない大きさの教室。そこにいたのはたった8人の生徒。室内の様子は至って普通。
人数の少なさからかそれとも行儀の良さからか。そこは静寂に包まれていて、俺達よりも先に教室へと足を踏み入れるネストの横顔からは、緊張の色が見え隠れしていた。
ネストが教壇に立ち、何かを喋っている。その内容までは聞き取れないが、ネストに呼ばれて教室の扉を開けたところで雰囲気がガラリと変わったのを感じ取った。
これこそが求めていた……いや、求めてはいないが、予想通りの反応である。
先程のクラスとは打って変わって、不穏な空気が漂う教室。
顔を合わせなくともわかる冷たい視線に晒されながらも、ネストの横へ並び立ち挨拶をする。
「冒険者の九条です。よろしく」
「チッ……、人殺しじゃねぇか」
直後、生徒の1人が激しい舌打ちを披露した。目を細め、俺を強く睨みつける。
俺はそんな程度で憤慨するほど子供じゃない。むしろ微笑ましいではないか。
ワザとらしく聞こえるように舌打ちした為それは限りなく不自然で、虚空に向かって投げキスでもしたのかと思ったほどだ。
とは言え、ここで笑ってしまえば新たな軋轢を生んでしまう。
相手は貴族のお坊ちゃん。パッと見た感じプライドは高そうで、それをへし折ることは簡単なのだが、そこはぐっと我慢である。
「アレックス!」
それをネストが咎めるも、アレックスと呼ばれた生徒はまったく動じていない様子。
顎を上げ、無理に見下そうとするその姿勢は、もはや賞賛に値する。自己顕示欲は人一倍強そうだ。
それに溜息をつくネスト。ミアの挨拶もそこそこに、それが終わると俺達は先にあてがわれていた自室へと戻った。
「大丈夫か? ミア」
「うん、平気。雰囲気が全然違うから、ちょっとびっくりしちゃったけど……」
「何故、人間は自分よりも強い者に牙を剥くのだろうか……」
「まったくだ」
床に伏せっているコクセイとワダツミは、何と言うか呆れた様子。
バカにしているようにも聞こえるが……いや、確実にバカにしているのだろう。
「自分の方が力があるとでも思ってるんだろうな」
「九条殿、あんな子供が強い訳なかろう。一瞬で噛み千切れるぞ?」
「いや、強さの意味が違う。純粋な力のぶつかり合いではなく、権力だよ。自分の方が偉いから逆らうなとでも言いたいんだろう」
「なるほど。そんなに偉いのか?」
「んー、ぶっちゃけると偉いのは親であって、あいつ自身ではないんじゃないか? まぁ貴族の産まれと言うだけで、そこそこの権力はあるのだろうが……」
この世界の住人ではない俺には貴族のイロハなぞ到底わかるはずもないし、わかりたくもない。
とは言え、郷に入っては郷に従うのが、その地で生きる賢いやり方である。
ある程度はネストやバイスに教わってはいるものの、その子息の権力関係なぞ知る由もない。
「九条殿は、あんなのに馬鹿にされて悔しくはないのか?」
「別に何とも思わないな。強いて言うなら頭が弱そうだと思うくらいだ」
「ふふっ……。確かにそうだけど、人は見かけによらないって言うし、もしかしたら頭だけは凄い良いのかも。実戦はダメだけど、知識は豊富な研究者タイプみたいな?」
笑顔を見せるミア。言いたいことはわかるが、そうじゃない。
ベクトルが違うのだ。俺が言っているのは知識ではなく、知恵の事である。
「本当に頭がよければ、人を見下すなんてことはしない。百害あって一利なしだ。心の中ではバカにしていても、従順なフリをして上手く使おうとする方が賢いとは思わないか?」
「なるほど、確かに……」
感心したように頷くミアに従魔達。
「流石、九条殿だ! 九条殿は後者ということだな!?」
「いや、俺の場合は面倒くさいから相手にしていないだけだ」
「……」
素直な気持ちで褒めたのに、返ってきた答えがこれでは報われないといった微妙な表情を浮かべる従魔達。
カランカランと大きな鐘の音が鳴り響くと、暫くして帰ってきたのはネストとリリー。
同時に運び込まれたのは、皆の昼食である。おいしそうな匂いを漂わせるそれらを手際よくテーブルへと並べた給仕は、仕事が終わると軽く頭を下げて去って行く。
「お疲れ様です、九条。ネストから話は聞きました。特別クラスではやはり酷かったようですね」
「まぁ、気にしてませんけど、予想通りでしたね。それよりも温度差に驚きました」
「そりゃぁ王女様のクラスで九条の評判が悪い訳ないでしょ? 王女様が毎日のように九条の武勇伝を語っているんだから」
「ネスト。言い過ぎですよ?」
ネストはそれに反省の色を見せず、リリーから目を逸らしただけ。
「私は真実をお話させていただいているだけです。皆がそれを信じてくれただけで、無理矢理に評判を上げている訳ではありません。……まぁ正直に言いますと、九条の評判はわたくしの評価にも繋がりますしね」
ニッコリと微笑みつつも、リリーは優雅にスープを口に運ぶ。
それを正直に言う辺り、好感が持てる。包み隠さずさらけ出すからこそ、信用に値するのだ。
「王女様のクラスだけ評判がいいってことですか?」
「そうとも限らないわ。特別クラス以外はそこそこ評判はいいと思うけど……」
「どういうことです?」
「ここは魔法学院よ? 全ての生徒がそうとは限らないけど、魔術の極みを目指そうと切磋琢磨している生徒達の集まり。魔術系冒険者の最高峰である九条の評判が悪い訳ないでしょ?」
ネストの言葉が信用出来なかったわけじゃない。なのだが、視線は自然とリリーの方へ向いてしまった。
「ええ。どちらかと言えば、悪くはないはずですよ? 貴族故に冒険者になる者は少ないですが、プラチナプレートは言わば強さの指標。目指す目標の1つであり、憧れでもありますからね」
言われてみればそうだ。正直最高峰と言われても実感はないが、評価の理由としては納得がいく。
「おにーちゃんは、もっと自分の立場を自覚してもいいと思うんだけどなぁ……」
一同はそれに強く頷いて見せる。
言いたいことはわかるのだが、立場と言われてもいまいちピンとこないのである。
この国で1番偉いのは国王様だ。それは理解している。その下に貴族がいて、その下に平民がいる。
恐らく俺は、貴族と平民の中間辺りに位置しているのだろうが、元々この世界の住人ではない為か、平民を下に見ることは出来ないし、貴族の理不尽な言動を素直に聞く気にもなれない。
この世界は平等ではない。頭ではわかっているのだが、それを否定している自分も存在しているのだ。
強き者が弱き者を助けるのが仏の教えであるとするならば、強き者が弱き者を虐げるのがこの世界の理。
もちろんそれが全てではないが、平和だった元の世界からこの世界へと投げ出されれば、そう感じても仕方がない。
リリーやネスト、バイスはその権力者の中でも例外中の例外だ。俺はまだ幸運であった方なのだ。
「問題は特別クラスなのよね……」
「彼らは?」
「あの子達は純粋に才能のある生徒達……と言いたいところだけど、大半は親が上級貴族……って言えばわかるかしら」
「ええ。なんとなく……」
「彼らの親は殆どが侯爵家以上で、第1王子の派閥か、第2王女……ノルディック派と言われている親の子供達」
「なるほど。面倒くさそうだ……」
「彼等には強く言えないのが正直なところなのよ。教師でさえ手を焼いているほどだもの……」
何処の世界にも問題児というのはいるのだろう。元の世界で言うところの、不良グループみたいなものだろうか……。
いや、権力がある分、それより
「彼等の評判も上げないといけないんですか? ちょっと厳しくはないですか?」
「あれは気にしないでいいわ。あそこの評判を上げれるなら一瞬にして九条の評判はうなぎ登りだろうけど、あそこが崩せるなら最初からそうしてるわよ」
「じゃぁ、なんでその特別クラスも一緒なんです? むしろ俺が彼らに油を注いでしまうなら離した方が得策では?」
それに悔しそうな表情を見せるネスト。下唇をぎゅっと噛みしめながらも、フォークを持つ手はぷるぷると震えていた。
何か言えない理由でもあるのかと勘繰るも、それは意外な答えであった。
「……しょうがないじゃない! くじ引きで負けたんだから!」
「えぇ……」
ドン引きである。誰も受け持ちたがらないクラスである為、引率クラスはくじ引きで決めたということのようだ。
まぁ、あの態度ではそうなるのも無理もないが、教師からも腫れ物扱いとは少々気の毒にも感じてしまう。
「私だって担任のクラスと一緒にピクニック気分で合宿したいわよ!」
「仮にも教師が合宿をピクニックと言っちゃまずいでしょ……」
そのやり取りに、ミアもリリーも笑いを堪えるのに必死であった。
「とにかく! 合宿は1か月後。それまでに九条の方はダンジョンの準備を進めておいて頂戴。わかった?」
「はいはい、やるだけやってみますよ……」
面倒ではあるのだが、これもミアの為だと思うと不思議とやる気が湧いてくる。
こうして俺は、重い腰を上げたのであった。
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