第244話 ダンジョンに彩りを
「さて……。どこから手を付けようか……」
コット村に帰って来た俺達は、魔法学院の生徒達を迎える準備をしていた。
と言っても、張り切っているのは俺達ではなく、むしろ村の住民達である。
何もない村にとっては、急遽決まった一大イベント。村はかつてないほどの活気に満ち溢れていた。
子供とは言え、近い将来何処かに領地を構える大貴族になるかもしれない相手。
汚い言い方ではあるが、今の内から唾をつけていおけば、いずれ村が潤うかもしれないと、俄然やる気になるのは当然である。
貴族の方々には失礼のないようにと、そのおもてなしに全力を注ぐ所存のようだ。
『ようこそ魔法学院のみなさん。モフモフアニマルビレッジは皆様の来訪を心より歓迎致します』
と、デカデカと書かれているアーチ状の看板は、文化祭のそれを思い出す。
モフモフアニマルビレッジの所をコット村に書き換えたい衝動に駆られ、カイルに手助けを申し出る。
「俺も何か手伝おうか?」
「いやいや、九条はダンジョンの準備に力を注いでくれよ。こっちは俺達だけで大丈夫だ。これで九条の評判が決まるんだろ? 村としては九条には世話になってるからな! これくらいやらせてくれよ!」
江戸っ子かとも見紛う程に威勢のいいカイル。頭には捩じった布を巻いていて、さらにそれっぽく見えてしまうのが笑いを誘う。
「生徒達は観光に来るわけじゃないんだぞ。別に村総出で迎えなくても……」
恥ずかしいからやめてほしい。……と言いたいのは山々であるが、俺の為にと言われると強くは言えないのが悲しいところ。
レベッカも村の女性達と協力して、おもてなし用の料理の開発に余念がない様子。皆が浮足立っているのが見て取れた。
その中で1人、手をこまねいていても居心地が悪く、手伝えることは何もない。
結局は言われた通り、1人寂しくダンジョンへと足を向けたのだ。
炭鉱を抜け、途中ゴブリン達に挨拶をしながらも、玉座が置いてある部屋まで降りる。
「108番、いるか?」
「はいはい。本日はどのようなご用件で?」
「このダンジョンは魔法学院の試験に使われることになった。後で詳しく教えるが、指定した生徒達を殺さないよう注意してくれ。それと、炭鉱入口の方は誰も入らないように封鎖し、ゴブリン達とデュラハンは一時的に最下層に避難させる。最下層には立ち入らせないつもりだが、入りそうなバカがいれば俺に知らせて……いや、殺していい」
「了解です。……他には?」
文句の1つも出ると思っていた。しかし、108番はあっさりとそれを受け入れたのだ。
少し前までは護衛がどうのと騒いでいたのに、この変わりよう。デュラハンを護衛として配置したことによる気持ちの変化だろうか?
「後は、魔物の配置だが、俺が適当にアンデッドを召喚しようと思っている。そのあたりも手出し無用だ」
「ダンジョンハートの魔力を使わせていただければ、こちらでも同じことは出来ますけど……」
「そうなのか?」
「ええ。と言いますか、あれだけの魔力があればどんな魔物でも引っ張って来れますよ?」
「……人を不安にさせるような言動はやめてくれ……。下級アンデッド程度で十分だ」
一応ネストからの注文は受けている。冒険者で言うところの、ブロンズ程度で狩れる魔物の配置を任されているのだが、俺が思っているより生徒達の方が強いから大丈夫だとは言われていた。
パーティで挑むのであれば、単体のリビングアーマー程度なら勝てるくらいの実力はあるそうだ。
ちなみにこの場合のリビングアーマーは通常のダンジョンで出現するレベルのものを指す。俺が作り出すものは例外である。
試験内容は、元の世界で言うところのオリエンテーリングに近い。
指定の場所まで行って戻ってくるだけという、冒険者の依頼を疑似的に再現した実戦形式のもの。本物の出る肝試しといったところか。
普段目にする事の出来ない、ダンジョンと言う場所の雰囲気に慣れる為の体験学習とも言える。
本来であれば、試験数日前にダンジョンをわざと解放し、低レベルの魔物を招き入れるという作業をするらしい。
それは全て監視されており、どんな魔物がどれだけダンジョンへと入ったかは、学院側で記録されている。
それだけ安全が考慮されているにも関わらず、いざという時の為に生徒達には帰還水晶が渡されるのは、少々過保護な気がしなくもない。
生徒達は4人、プラス冒険者1名の計5名で探索をする。
冒険者が1名入っているのは護衛の盾役。生徒は全員が魔法系なので、最低でもタンクは1人必要なのだ。
もちろん冒険者は生徒達に口を出さず、戦闘中は盾での護衛に専念するだけ。
例外として、魔法攻撃の効かない魔物の場合のみ冒険者も手を出すことが可能だが、そんな魔物が現れることはないに等しい。
その場の立ち回りや、状況判断能力。仲間との連携や、攻撃方法など全てが評価され、盾役の冒険者が試験官としても採点するのだ。
そして最大の悩みどころはボス的位置取りの魔物の配置である。
捕獲したミノタウロス程度の魔物を1匹だけダンジョンに解き放ち。それと出くわした生徒達の反応を見るというものだ。
もちろん勝てそうなら戦うのも手だが、逃げることも戦術の1つである為、逃げ帰っても咎められることはない。
むしろ臨機応変に対応できているなら加点されることもある。
これはダンジョンの攻略を目的としたものではなく、ただの試験。言うなれば自動車教習所と同じだ。
教えたことが出来るかの見極めであり、決して無理をするためのものじゃない。
ネスト曰く強力な奴を用意してくれとのこと。どう考えても勝てない相手と対峙した時、即座に撤退の決断が出来るかを知りたいようだ。
生徒達に畏怖の念を抱かせつつも、手出しはしない。その状況を作り出すことが出来るのは、恐らく俺だけだろう。
というか、安全とは言え「出来れば見た目がめちゃめちゃ強そうなやつでお願いね?」と、笑顔で語るネストの方に畏怖の念を感じてしまうのは俺だけだろうか……。
「マスターは何を悩んでいるんです?」
「ああ。強力な魔物を1体配置する予定なんだが、何がいいかと思ってな……」
「ご希望の強さは?」
「単純に強いだけじゃなく、見た目的にも恐怖を煽るような……。そうだな、最低でも俺が作り出すリビングアーマーよりは強くないとダメかな……」
「スケルトンロードじゃダメなんです?」
「いや、それでもかまわないが、長時間維持するのが面倒でな。出来れば俺がここを離れていても、暫くは維持できる魔物がいい」
「じゃぁ、適任がいますよ!」
「適任?」
「ええ。魔王様の忠実なる
「ふぅん……」
108番は目をキラキラと輝かせ、やっと自分の出番が来たのかとばかりに声を大きく弾ませた。
俺はそれに疑いの目を向ける。信用していない訳ではないが、魔王の
108番の言うことは聞くのだろうが、俺の言う事を聞かなければ面倒な事この上ない。
何を伝えるにしても108番を通さなければならないし、伝言が上手く伝わるとは限らないからだ。
「こんなこともあろうかと復活させておいたんですよ!」
「それってアレか? 前に従魔達の友達がどうとか言ってた……」
「そうです! さすがマスター。察しがいいですね!」
「もしかして、ちょくちょくダンジョンハートの魔力が減っていたのもそれが原因か?」
「ゔっ……。さすがマスター……。察しがいいですね……」
それを咎められると思ったのか、引きつった表情を見せる108番。だが、自由に使っていいと言ったのは俺だ。
今更それを咎めようとは思わなかった。
「はぁ、まあいい。それで? 実際どんな魔獣なんだ?」
「4体の魔獣の内、今すぐ呼べるのは1体だけなんですけど……」
「どうして?」
「環境問題といいますか……。ちょっとここでは狭いかなと……」
この部屋はダンジョンという場所にしては広い方だ。それ故に光が届かず少し薄暗く感じるほど。
他のダンジョンがどれほどの大きさなのかは経験不足で比べることは出来ないが、最低でも大きな体育館程度の広さはある。
所々に立っている柱が邪魔と言えば邪魔ではあるが、目に付くのはそれくらいだ。
「さすがにそんな大きいのは勘弁してくれ。今すぐ呼べる奴でいい。後は見てから決める」
「マスターでしたら、絶対気に入ると思いますよ!」
満面の笑みを見せる108番は、そのまま俺に近寄ると、伸ばした腕は空を切る。
俺を腕を掴もうとしたのだろうが、触れられないのは当たり前。口をへの字に曲げると、恨めしそうにその手のひらを差し出した。
掴め、ということなのだろう。その手を握ってやると、グイグイと俺を引っ張り、向かった先は玉座である。
「じゃぁ、座って下さい。こういうのは威厳が大切なんです。形から入らないと!」
「立ってちゃダメなのか?」
「ダメに決まってるじゃないですか! ダンジョンの支配者たる風格を出していただかないと困ります!」
その上にデスクラウンは置かれていない。
溜息をつき仕方なくそれに腰を下ろすと、108番は満足したのか腰に手を当て、感慨深そうに頷いた。
「じゃぁいきます。驚かないでくださいね? 主従契約を結べばマスターには手出しできませんから」
「ああ。契約するかは、まだわからんがな……」
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