第229話 禁殺
――7番島。シーサーペント海賊団の持ち島の1つだ。
パッと見た感じは大きな山が海から突き出たような印象の島。海賊団のアジトとしての歴史は古く、外敵から身を守りやすい地形であることがその要因の1つである。
そこに存在する海蝕洞が海賊船を隠しておくのに丁度良く、東から西へと繋がる大きなトンネルになっているのだ。
その場所に白い悪魔を誘導し、出入口を崩落させて閉じ込めてしまおうというのがバルバロスの秘策であった。
その島が見えて来ると、目の前にはトンネルの入口。大きな海蝕洞ではあるが、さすがに6隻の船が横一列に並ぶほどの広さはなく、同時に入れるのは精々2隻が限界だ。
「イスハーク! ついて来い! それ以外は入口手前で切り離せ!!」
オルクスとイスハーク。中央に陣取る2隻の船は、更に速度を上げると海蝕洞へと吸い込まれ、残りの船は繋いでいた銛を切り離し、島を大きく迂回する。
その瞬間、船の速度が一気に落ちた。当たり前だ。2隻では白い悪魔を引っ張れるほどのパワーがない。
船は海蝕洞へと潜り込み、そのおかげで風は強く推進力は増しているのだが、壁面にピタリと張り付いた無数の足は、千切れそうなほど伸びきっているにも関わらず、微動だにしなかった。
脱出を試み、必至の抵抗を見せる白い悪魔。イスハークが声を上げ、オルクスからは盛大な舌打ちが漏れる。
「どうしたオルクス! もっと気張れ!」
「チッ! るせぇ! やってるよ!!」
ギシギシと悲鳴を上げるマスト。洞窟内に吹き荒れる風がゴウゴウと耳を劈き、飛ばされそうな勢いではあるが、やはり船は進まない。
「行くぞ! コクセイ!」
「応!」
甲板を蹴り上げ飛び出した2匹の魔獣は、洞窟の壁面を駆け抜け、蜘蛛の巣にように張られた足をすれ違いざまに切り刻む。
そして一気に進み始めた船は、ガクンとした衝撃の後、再びその歩みを止めた。
ワダツミとコクセイが斬り裂いた足は8本。触腕と呼ばれる2本の腕がまだ生き残っていたのである。
「"スパイラルショット"!」
止まっている船から動かない足を狙うのは、さほど難しくはない。
しかし、魔力による豪風の所為で、その狙いは酷く曖昧であった。恐らく以前のショートボウであれば、それに打ち負けていただろう。
だが、シャーリーの1撃は違った。その矢は風の隙間を舐めるよう飛翔し、その触腕の片方を見事千切って見せたのだ。
残りは1本の触腕だけ。それは、ほんの少しの切れ目で千切れてしまうほど伸びきっている。
なんでもよかった。それに1撃を加えるだけで良かったのに、それをやれる者がいなかったのだ。
コクセイとワダツミは既に勢いを無くしていて、海蝕洞を抜け海へと落下。シャーリーからは白い悪魔の巨体が邪魔で、射線が通っていない。
最悪なのは、徐々に足が再生を始めていることである。恐らく1分と経たずにそれは元へと戻り、全てが水の泡になる。
皆の頭に過ったのは、失敗の二文字。誰もが諦めかけた瞬間、白い悪魔は海蝕洞へと吸い込まれたのだ。
その窮地を救ったのはサハギン達であった。海面から顔を出した彼等の胸は、河豚のように膨らみ、それを口から一気に吐き出したのである。
「「”水撃”!」」
バランスボールほどもある無数の水弾の嵐。それが激しい水飛沫を上げながら、残る触腕が掴んでいた大岩を打ち砕いたのだ。
そして腹に響くような地鳴りが轟き、意図的に起こされた山崩れがその入口を覆った。
「「切り離せ!!」」
後方からの光が遮断され、オルクスとイスハークが同時に声を上げると、ピンと張られた金属製の鎖に、勢いよく振り下ろされる大斧。
金属同士のぶつかる音が洞窟内に響き渡り、大斧と鎖の間で火花が散ると、それは見事に切り離され、2隻の船は更に速度を上げたのだ。
白狐の狐火が誘導灯のように幾重にも連なり、出口までの道筋を淡く照らす。
だが、白い悪魔は最後に足掻いて見せた。海水を体内に取り込み、それを噴射することによって勢いをつけ、ヒレから突撃するだけというシンプルな攻撃。有り体に言えば体当たりである。
その巨体故にまともに喰らおうものなら、大型船ですら海の藻屑は免れない。
――しかし、それは読めていた。
「【
九条が魔法書に手を伸ばすと。2隻の船の後ろには骨の壁が迫り上がる。
衝突は免れず、その衝撃は島全体をも揺るがすほどの威力。その残響とパラパラと落ちてくる土煙をその身に浴びながらも、船はようやく海蝕洞を抜け出した。
瞬時に上がる合図に反応し、崩れた土砂に埋まる出口。風がやみ、船は少しずつ速度を落とす。
先程とは違う静かな海。皆が島を見つめ、息を呑んだ。
「……やった……ついにやったぞぉぉ!!」
肩で息をしていたオルクスは勝利を確信し喜びの声を上げると、他の船からも歓声が巻き起こった。
ある者は抱き合い、ある者は涙する。10年越しの悲願である。ようやく船長の仇を討つことが出来たのだ。
だが、まだ全てが終わった訳ではない。ひとまずは無力化しただけ。本番はここからである。
「で? これからどうするんだ?」
「ああ。船長の計画では毒を流し込んで仕留める予定だった。どうせイスハークの野郎が用意してるんだろ?」
「細かい所は任せているからわからんが、そういう策ならそうなんだろう」
後の事はオルクスに任せ、喜びを分かち合う海賊達を横目に九条はミアの様子を見に船室へと降りていく。
船長室は荒れ果て、ミアはカガリを枕にぐったりとしていた。元気がなく、息が荒い。
「終わった?」
「ああ。あとは海賊達の後処理だけだが……。大丈夫か?」
「うん……」
船室はぐちゃぐちゃ。家具から荷物に至るまで、散らかり放題である。
カガリ曰く、ミアが元気がないのはただ体力を消耗しただけであり、激しく揺れる船室で飛んでくる荷物を避けながらバランスを取り続けていたらこうなったとのこと。
それを想像し、九条は僅かに笑顔を見せた。
「どうする?」
「んー。もう少しここにいる」
「そうか」
舷窓に目をやると、オルクスの言った通りイスハークの乗る船が島に接岸し、大きな樽をこれでもかと運び込んでいた。
それは大量の毒液だ。樽に焼き付けられているドクロのマークがそれを暗に物語る。
そしてそれを手伝う為か、自分達の乗る船も少しづつ岸へと近づいていた。
「じゃぁ、俺はコクセイとワダツミを迎えに行ってくる」
「いってらっしゃーい……」
元気のないミアが九条を見送ると、島へと接岸する船。ガラガラと船体に響く金属音。錨が下ろされると、船首に掛けられた縄梯子を使い、九条は島へと降り立った。
ゴツゴツとした岩が敷き詰められたような大地は、歩きにくいことこの上ない。
そんな中、しっかりとした足取りで九条に近づいて来たのはコクセイとワダツミ。海水で濡れた体を揺らしながらも凛々しく歩くその姿は、何かを成し遂げた達成感に満ち溢れていた。
「どうやら上手くいったようだな」
「ああ。お前達のおかげだ」
立派に戦ってくれたコクセイとワダツミを称えようと、九条が身を屈めた瞬間だった。2匹の魔獣は体をブルブルと震わせて、滴るほどの水気を切ったのである。
「……何かの当て付けか?」
びしょ濡れの九条を見てケラケラと笑うコクセイとワダツミ。もちろん嫌がらせじゃないことは百も承知だ。
そもそも、甲板で戦っていた者は、皆少なからず海水を被っているのだ。
ウルフ族は誇り高き種族。彼等が自分から進んで甘えてくることはなく、それは彼等なりの照れ隠しなのである。
(こうして笑い合える日常が戻ってくるのだと思えば、感慨もひとしおだな……)
ようやく全てが終わったのだと誰もが安堵し、皆の気は抜けきっていた。
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