第228話 新生シーサーペント海賊団

「嘘だろ……」


 オルクスは愕然とした。10年前、自分達が戦った時よりも更に激しく強力な攻撃を浴びせていた九条達にも驚いたが、それさえも通じていない白い悪魔に改めて畏怖を覚えたのだ。

 そして白い悪魔が次なる獲物として狙いを定めたのは、コクセイとワダツミ。

 足場があるとはいえ、タライの上は陸地とは比べ物にならないほど不安定。そこを崩されては、いかに魔獣とて成す術なく海へと放り出されるだろう。


「【呪縛カースバインド】!」


 空中に浮き出た無数の小さな魔法陣。そこから延びる呪いの鎖が白い悪魔を拘束する。

 しかし、足りなかった。10本もの足を同時に全て押さえることなど不可能。それをカバーしたのが白狐である。


「"狐火"!」


 白い悪魔が蒼炎に包まれ身を焦がす。その隙をつきワダツミとコクセイは、タライを次から次へと飛び移り九条の元へと舞い戻る。


「すまない。九条殿」


「大丈夫だ。それよりも、思ったより厄介だな……」


 呪縛カースバインドも効果は薄い。1本ずつ確実に千切られていく呪いの鎖。その速度は決して早くはないが、再生をどうにかしなければ勝ち目は薄い。


(単純に再生能力を止めるか、それを上回る火力で圧倒すればいいのだろうが、コクセイの雷霆らいていを喰らっても生きているとなると……)


 海での戦いを見据えて、九条は色々と実験してきた。スケルトンやゾンビは泳げず役に立たない。とは言え、ゴーストやレイス程度の雑魚では、呼び出したところで時間稼ぎにもならないだろう。

 そこに水飛沫を上げ、船に飛び乗って来たのはサハギンの遊撃隊長だ。


「貴様! 我等を殺すつもりか!? 水中深くにいたからいいものを、水面に出ていたら死んでいたぞ!」


 恐らくコクセイの雷霆らいていに文句を言っているのだろう。確かに海水は電気を通す。知らなかったサハギン達からすれば、落雷は脅威だ。


(だからなんだよ……)


 彼らは仲間ではない。勝手について来ているだけである。サハギン討伐隊を追い払ったのも、海域を通してもらう為にやっただけのことだ。

 九条はイリヤスの頼みだから聞いてやっているのであって、決してサハギン達を助けるためにやっているわけではないのである。

 ハーヴェストギルドで受けたサハギンの討伐依頼は生きている。イリヤスが幽霊船の案を出さなければ、強行突破という選択肢もあったのだ。


「勘違いするな。俺はお前達のケツを拭っているわけじゃない」


「だが、我々は人間に被害が出ないように守って……」


「だからどうした? 別に頼んでないし、恩を着せようとするのはやめろ。俺は人間の代表じゃない。勘違いするな」


「くっ……」


 苦虫を噛み潰したような表情で九条を睨みつけると、海へと飛び込みその影は遠のいて行った。

 八つ当たりであることは理解しているが、九条は間違ったことは言っていない。


(せめて、陸上なら……)


 どうにもならず、苛立ちが募る。とは言え、打開策がないわけではない。

 バルバロスが仲間達に残した遺言。その裏に書かれている暗号。そこに白い悪魔に対抗しうる策が書かれていたのだから。


「オルクス! 作戦変更だ。バルバロスが残したという秘策をやろう」


「いや……それが……」


 口ごもるオルクスは、バツが悪そうに視線を逸らす。

 冗談みたいなやり取りをしている暇はない。この間にもシャーリーは白い悪魔に矢を射掛け、従魔達は船に迫り来る触手を切り刻んでいるのだ。


「すまん! 説明している暇はねぇが。あの話はなかったことにしてくれ!」


 どうにか間に合わせる予定だった船長の秘策は、どうにもならなかったのだ。

 自責の念に駆られ、オルクスの表情からは焦りと悔しさが滲み出ていた。

 伝手を頼りに動いてはみたものの、船長がいた頃とは勝手が違う。カネもなく人脈もない。

 だが、こちらには九条がいる。プラチナプレートの冒険者ならば、秘策に頼らずとも勝てるのではないかと高を括っていたのだ。

 それは予想を遥かに上回る戦力であったが、相手はそれ以上の怪物だった。


(俺の考えが甘かったと言わざるを得ない……。九条の旦那に合わせる顔がねぇ……)


 オルクスからは盛大な舌打ちが漏れ、早急な決断を迫られる。


(このまま戦うか、一度戻って体勢を立て直すか……)


 だが、それを聞いても九条は動じず、意味ありげな含み笑いを浮かべていたのだ。


「バルガスに頼んでいたデカイ銛のことだろ?」


「――ッ!?」


 目を見開くほどに驚くオルクス。何故知っているんだと言わんばかりの表情。だが、それは今重要ではない。


「そうだ。だが銛は1本しかない。本当なら6隻の船で撃ち込む手筈だったんだ」


 九条はもちろん知っている。バルバロスの残したメモに書かれていた暗号は、イスハークが書いたものだからだ。

 それを、イスハークが覚えていないわけがない。


「南へと舵を取れ!」


 オルクスは何故とは聞かなかった。九条の表情が自信に満ち溢れていたからである。


(俺達に出来ることはもうねぇ……。ならば、九条の旦那に全てを賭ける!)



 言われた通りの針路を進み、オルクスは操舵を続けていた。風を操り南へと進んではいるが、白い悪魔とは付かず離れずを維持している。


「旦那ぁ! 帰りの分を考えると、魔力がもう限界だ! どうすればいい!?」


 九条は答えなかった。先程までの自信は何処へ行ってしまったのかと思うくらいに、その表情には余裕がなかったのだ。


(下準備は万全のはず。もう少しのはずなんだ……)


 時間になっても待ち合わせ場所に来ない友人を待っているかのような気持ちだ。そしてこの世界には連絡用のツールはない。それがまた九条の不安を加速させる。

 そんな心配を、一気に吹き飛ばしてくれたのはシャーリーであった。


「九条! 見えた!」


 見張り台の上から先を見通していたシャーリーが大声を上げ、それと同時に1本の矢を大空へと放った。


「”バーストショット”!!」


 その矢は特別製の物。天高く舞い上がったそれは空中で破裂すると、シャフトに仕込まれていた金属片がキラキラと日の光を反射させる。

 それを見上げているのは、何も知らないオルクスと船員達だけ。九条はそれに目もくれず、真っ直ぐ前を注視していた。


 数十秒の後、それと同じものが水平線から上がると、遠くの空で輝く金属片。

 なんとか間に合ったかと安堵した九条は、笑顔を見せるシャーリーに片手を上げて応えた。

 見張り台からギリギリ見えたのは5隻の船。シャーリーの合図に気が付いた船団は、船首をゆっくりとこちらへ向ける。

 米粒ほどだった船影がしっかり肉眼で確認できる距離まで迫ると、オルクスは目を見開いた。


「オルクーース!!」


 迫り来る船の船首から、身長ほどもある大きなサーベルを振っていたのは1人のドワーフ。イスハークである。

 予想屋だった時のボロボロの服ではない。この時の為に大切に仕舞っておいた一張羅だ。

 立派なコートに身を包み、頭には大きな黒いトリコーン。ワンポイントのドクロマークがチャーミングである。


「ガッハッハ。オルクス! ちょっと見ねぇ間に痩せたんじゃねぇか!?」


「イスハーク……」


「ハッハー。オルクス! 10年も腑抜けちまいやがって! あたしゃこの時をずっと待ってたよ!」


「バーバラ……」


 擦れ違いざまに声を掛けるのは、船を預かる離反した海賊達だ。

 九条がバルガスから6本の銛の話を聞いた時、何か知っているのではないかとイリヤスと共にイスハークを訪ねたのだ。

 そこでオルクスが白い悪魔を倒す計画を立てていることを話し、バルバロスの秘策を聞いたのである。

 それを実行するには6隻の船が必要だった。イスハークは離反してしまった4人の船長を集めることを約束し、5本の銛を預かってくれた。

 それをオルクスに話さなかったのは、反対される可能性があったからだ。

 バルバロスが亡くなると、シーサーペント海賊団は二分した。

 あの場から逃げ延びたのが正解だったと意見する者と、最後まで戦い抜くべきだったという者達である。

 他の船を預かる者達はオルクスを腰抜けだと嘲笑い、すぐに仇討ちに行くべきだと声を上げた。

 しかし、それをオルクスは容認しなかった。勝てるはずがない。無駄死にするようなものだと、それを止めたのだ。

 船長亡き後、副船長の命令は絶対だった。幾度となく繰り返された会合も平行線を辿り、1人、また1人と離反していったのだ。

 そして今日。長い年月を経て、ようやくそれが叶うのだ。船長の仇討ち。それはシーサーペント海賊団の悲願なのだ。


 お互いの船が交差し、5隻の船が扇状に広がると、その船尾から一斉に銛が発射され、その全てが白い悪魔に突き刺さった。

 暴れ回る白の悪魔の周りは、水飛沫で視界がぼやけてしまうほど。

 大きなかえしの付いた特製の銛。再生能力が仇となり、それは抜ける事のない呪いの楔だ。

 そこに繋がれている鎖も、ミスリルを練り込んだ高強度の物である。


「銛を撃ち込め! 急げ!!」


 オルクスの指示と共に射出された銛は、見事白い悪魔を貫いた。

 ここまでお膳立てされたのだ。目に涙を溜めていたオルクスは、零れ落ちそうな鼻水を一気に啜り、雄叫びにも似た号令を下したのである。


「7番島に針路を取る!!」


 かつての仲間が戻って来た。それがオルクスに希望と活力を与えたのだ。

 オルクスは魔力を振り絞り、6隻の船に風と言う名の命を吹き込む。

 生まれ変わった海賊艦隊は白い悪魔を引きずりながら、決戦の地へと舵を切ったのである。

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