第216話 専用武器製作開始
「それにしても酷い顔だ。皆真っ黒ではないか」
コクセイの言葉にお互い顔を見合わせると、全員が吹き出してしまうほど。その中でも特に酷いのがミアであった。
その後、宿へと戻り風呂でサッパリしたところで、鉱石を持ってバルガス工房を訪ねると、そこから出て来る1人の男性と出くわした。
黒いフードを深く被り、横付けしていた荷車を引き始める男。通りすがりに見えた荷物は、布に覆われた太い何かの棒状の物。
無言で立ち去るフードの男は、シーサーペント海賊団の副船長であるオルクスだ。
それにはどちらも気づいていたが、声を掛けるようなことはしなかった。
工房には、カウンターの向かいに腰を下ろしたバルガス。その表情は穏やかには見えず、憤っている様でもあるが、どこか寂しげにも見えた。
「今更来やがって!!」
扉を開けたらいきなりの怒号。間の悪い時に来てしまったと不安に駆られるのも無理もない。
「すいません。お邪魔でしたか?」
その声で九条達に気が付いたバルガスは、慌てた様子で体裁を取り繕うと、その表情は穏やかになった。
「あ……ああ、すまん。お前達のことじゃないんだ」
「今の人のことですか?」
「ああ、うん。まぁ、そうなんだが気にしないでくれ。客商売をやっていると色んな客が来るもんだ。とはいえ顧客のことは話せないから忘れてくれると助かる」
そしてバルガスは気持ちを切り替えるかのように大きな咳払いをすると、話題を変えた。
「で、どうした? ミスリルの加工か? どれくらい掘れた?」
その言葉を待ってましたとばかりに全員がニヤリと不敵な笑みを浮かべると、九条はコクセイとワダツミが背負っていた革袋をひっくり返した。
ゴロゴロと床に転がり出る大量のミスリル鉱石。その輝きは混じりっ気のない純粋なミスリルだった。
「嘘だろ……。これ、全部お前達が掘ったのか? 鉱石狩りで?」
無言で頷く九条に、ミアとシャーリーは得意気に胸を張る。
バルガスはわかっていた。鉱石に付いている傷が、素人が掘りだした物だという証明であるからだ。
熟練した採掘技術を持つドワーフ達は、そんな傷はつけない。とは言え、別に売り物にならないという訳じゃない。溶かしてインゴットにしてしまえば同じだ。だが、それは職人としてのプライドが許さないのである。
信じられない光景を目の当たりにし、バルガスは動揺を隠せなかったのだ。
結局、ミスリル鉱石は60キロ相当で、それを3人で20キロずつ山分けにした。
正直その殆どは九条が掘り当てた物だ。故にミアとシャーリーは、必要分以外は九条に譲る提案をしたのだが、参加費は3人で平等に支払ったのだからと、3等分に落ち着いた。
「これでシャーリーの弓と、俺の武器を作ってほしい」
「はいはーい。私はブレスレットがいい。あとピアス!」
「ガッハッハ。任せとけ! 最高の物を仕上げてやる!」
豪快に笑うバルガス。こんなにやりがいのある仕事は久しぶりだと言わんばかりに自分の顔をバチンと叩き、窯と同時に職人魂にも火を入れた。
「シャーリーと言ったか? 俺の両腕を握り潰すつもりで思いっきり握れ」
差し出されたバルガスの両腕を見て、ぽかんとしているシャーリー。
それはシャーリーの握力を測る為なのだ。シャーリーはもちろん、ミアも九条もフルスクラッチ製品の作成は初めて。その工程は全てにおいて新鮮であった。
身長から弓のサイズを決め、大まかな形をデッサンする。そこにいれる意匠や弦の素材を決めていき、最後に粘土で手の型を取ったら終了だ。
「これが私の武器になるの……。信じられない……」
その完成予想図を前に、シャーリーはここ最近で1番の笑顔を見せていた。
次はミアの番であるが、ミアは武器も防具もいらなかった。そんなものよりも欲しかったもの。それは思い出である。端的に言えば記念品だ。
悩みに悩んだ末、希望したのは3つのブレスレットに4つのピアス。その用途は自分を装飾する為の物ではない。
ブレスレットはこの場にいる3人で。4つのピアスは従魔達へのプレゼントである。
何とも欲のない望みであったが、バルガスはそれを甚く気に入った。
小柄なドワーフとは思えない大きな掌でわしゃわしゃとミアの頭をなでると、これも最高の物にしてやると胸を叩いたのだ。
「で、九条。お前さんの希望は? 見たところ
見た目から判断すればそうなのだが、残念ながらどちらもはずれである。
「言わないとダメですか?」
「いや、ダメじゃねぇが、情報は多い方がそれだけいいものが作れる。嬢ちゃんの弓もそうだが、使う物には必ずと言っていいほどそいつのクセが染みつくもんだ。俺はそれに合わせて作る。使う奴が武器に合わせるんじゃねぇ。武器が使う奴に合わせるんだ。それが職人ってもんだ。違うか?」
それこそがバルガスの信念だ。それだけの技術を売りにしているのだから、値が張って当然である。
「一応冒険者をやっています。適性は死霊術に鈍器。それに
「ほう、ハイブリッドか。なかなか珍しい。ちょっと手を見せてくれ」
ためらうことなく差し出された右手を、食い入るように見つめるバルガス。
「ふむ。綺麗な手だ。長年冒険者をやってるって感じの手じゃねぇな……。見たところ武器を振るうようになったのはここ最近。恐らく1年前後だ。違うか?」
「正解です……」
「中々の実力者だとは思うが、これに耐えられる武器か……」
瞬きを忘れるほどに九条の手のひらをジッと見つめ、低く唸るバルガス。
そしてそのまま数分が経過すると、バルガスは近くにあった紙を引き寄せ、そこに何かを描いていく。
「お前の手から見えてきた物はコレなんだが、何かわかるか?」
さすがの職人も絵心はないらしい。ものの数秒で描き上げられた雑な絵は、パッと見ると
「
「こん……なんだって?」
「
九条はバルガスの使っていた筆を執りそれを描くと、興味を惹かれたミアとシャーリー、それと従魔達までもがカウンターを覗き込む。
「こんな感じなんですが……」
描き上げたそれをバルガスに見せると、興奮気味に顔を近づける。
「そう! これだ! 頭に浮かんできた物にそっくりだ!」
「変なかたちー」
「何それ? どっちでも殴れるメイス?」
「まぁ、そんなもんかな」
ミアもシャーリーも見たことのない形に正直な感想を漏らす。それも当然。この世界には存在しない物だからだ。
真ん中に持ち手があり、両端に丸めたような爪が複数付いていて、その中心には槍状の刃が突き出ている。それは鈍器でもあり、刃物でもあるのだ。
神話の中ではインドラと呼ばれる神が、ヴリトラと呼ばれる悪魔を倒すのに使ったとされている武器である。
「作れそうですか?」
「初めて見る形だが問題ねぇ。俺に任せろ!」
白い歯が輝きを見せるほどの笑み。見たこともないような武器にバルガスは気分が高揚していた。久しぶりの大仕事である。
その後、あれやこれやと熱っぽく語るバルガスに気圧されながらも、今後の予定を話し合い、九条達は工房を後にした。
使わない分の鉱石はバルガスに預かってもらうことになった。素材持ち込みのオーダーメイドではよくあることで、酒場のボトルキープに近いシステムである。
あくまで目安だが、出来上がるのは数週間後とのこと。
(海賊達の依頼が先か、武器が出来上がるのが先か……)
ひとまず後は待つだけといった状況に、観光でもしながらのんびりしようと皆で決めると、一行は宿への帰路に就いた。
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